久末航 凱旋リサイタル|丘山万里子
久末航 凱旋リサイタル
Wataru Hisasue Piano Recital
2025年12月2日 サントリーホール
2025/12/2 Suntory Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
<曲目> →foreign language
ラヴェル: 高雅で感傷的なワルツ
デュザパン: ピアノのためのエチュード より 第2番
リスト: 巡礼の年 第1年「スイス」S.160 より
第4曲「泉のほとりで」/第5曲「嵐」/第9曲「ジュネーヴの鐘」
リスト: ウィーンの夜会 より 第6番
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バルトーク: 3つのブルレスク 作品8c
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」へ短調 作品57
(アンコール)
シベリウス:ピアノのための13の小品 作品76-10「悲歌的に」
リスト:超絶技巧練習曲 第12曲「雪かき」
ブラームス:ワルツ 作品39-15
久末航のエリザベート王妃国際音楽コンクール第2位受賞凱旋リサイタル。私はこの種の公演はあまり行かないのだが、久末ということで出かけたのである。2018年紀尾井ホール「明日への扉」に登場以来、室内楽も含め折に触れ聴いてきたピアニスト。サントリーホール前の広場が開場前から老若男女で埋まっているのには驚いた。いわゆる若手コンクール覇者の「凱旋」公演は若い女性を多く見かけ賑々しいが、やや落ち着いた空気であるのにほっとする。
久末の魅力は、音に対する本能的嗅覚と、演奏坐形に見てとれる知情意三角錐の美しさ。「映え」盛りすることなく、あくまで端正、無駄なく揺るぎなく、音色パレットの繊細豊饒かつ選曲構成の思考の筋がしっかり見える。デュオやトリオで見せる自在でしなやかなアンサンブル能力も素晴らしく、昨今の若手の中でも群を抜く。
ここ10年、個性豊かな若手の輩出で聴衆層もバラエティに富み、幸福な時代になった。たとえば自己プロデュース力に富む反田恭平の「底辺拡大」ポピュラー路線、北村朋幹の「我思うゆえに我あり」孤高路線、あるいは藤田真央「世界はみんな友達」友愛路線などなど。
久末はといえば、その手の主張や位置取り、はたまたカリスマ性からは距離を置きつつ、この人ならではの心の「糧」を必ず胸に置き残していってくれる。「正格」の音楽家で、私が惹かれるのはそこ。
当夜の曲目はラヴェル、デュザパン、リスト、バルトーク、ベートーヴェンと相貌の異なる作品を並べたが、一回り大きく、骨格ががっしりして来たという印象。
本能的嗅覚は変わらず鋭く、当夜の全演目で見られた。すなわち、どこで音を生みどこで終わらせるかの呼吸あるいは筆捌きの瞬間的判断・選択と瞬応力で、これはもう「本能」というほかない。音の立ち上がりと消え方こそが「音楽」の命。それをこれほど実感させる音楽家はそうはいない。ここぞ、で見せるとりわけ「音のあとじまい」(ひゅっと掬い取ったり、じいっと減衰を待ったり、ザックと斬りあげたり、そのニュアンス、パターンはいろいろ)の巧みと美しさに、度ごと私は、わぁ、と見(聴き)惚れた。
この規模のホールでは、持ち前の音色のグラデーション染め分けの妙を味わうのは難しかったが、リストでの雲母のような音の輝面の透度はあたかも「凍れる炎」。この「冷静と情熱」こそがこの人のキモだな、と改めて思った。
付け加えるが、私たちは解像度うんぬんに始まるデジタル化や、スマホ画像での様々操作といった日常の中で、「自然光」のもと、穏やかに揺れる色彩感覚をどれほど失っているか。紅葉のライトアップにレーザーをあてギラギラ照り映えらせ、それを愛でるような「眼」と、たとえば印象派の画家のそれとの違い。久末の色彩感覚が後者であることは言うまでもないが、それはやはり適切な場でこそ伝わるものだろう。こうした巨大キャパでの自分を鍛えることもたまには必要だが、地力というのは日々の小さなステージの積み重ねと私は思う。それを聴きに行く聴衆がいることを信じていい。
ともあれ、キモたる「冷静と情熱」は、ベートーヴェンに集約されていたのではないか。両極往来は誰でも演じられるが、彼は坐形三角錐をピシッと保ち、決して極端に走らない。ベートーヴェンの裡なる「熱情」を深々とした低音から、凍れる炎の切片高音まで、本能的嗅覚で駆け巡る。第2楽章、さまざまに現れる左手下降音形は作曲家の心の深奥まで降りてゆくように大切に弾かれたし、終楽章での騎馬ぶりがまさに「拍車をかける」そのもので、これは「車」のアクセルには決して無い感覚と疾駆。こちらも私たちの生活からは失われた動態感覚で、それを久々味わったのである。聴衆、大歓呼。
ではあったが、実は2018年時も今回も、一番楽しんだのはデュザパンだったことを告白しておく。鍵盤の上を跳ねる柔らかな俊敏。そうそう、これこれ。震えるトレモロや旋回運動、鐘音の如き倍音響振など、私としてはこうした作品へのそれこそ本能全開をもっと楽しみたいと切に思ったのであった。
にしても、ラヴェルの「ワルツ」で開始、リストの「夜会」(シューベルトのワルツの超絶編曲版)を挟み、アンコールの最後をブラームスの「ワルツ」で締める。一見、あれもこれも弾けます、のようで、実は一捻りの組み立てであったのか…。そういえば前半最後のリストに、私はなぜかアラン(私が好きな仏の哲学者)の舞踊論の「舞踊とは最も古い会話、それ自体以外の何ものをも言いあらわさない会話だ」という深〜い一節を、それとなく身体を揺らしつつ想起したのだったが…?
関連評:
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(2026/1/15)
<Program>
Ravel: Valses nobles et sentimentales
Dusapin: Étude pour Piano No. 2 “Igra”
Liszt: Années de pèlerinage, Première année, Suisse
Au bord d’une source
Orage
Les cloches de Genève
Liszt: Soirées de Vienne No.6
Bartók: 3 Burlesques, Op. 8c
Quarrel
A little drunk
Molto vivo, Capriccioso
Beethoven: Piano Sonata No. 23 in F minor, Op. 57 “Appassionata”
(Encore)
Sibelius: 13 Pieces for Piano, Op. 76-10 “Elegiac”
Liszt: Transcendental Études No. 12 “Snowshoveling”
Brahms: Waltz, Op. 39-15

