評論|三善晃の声を聴く(13)遠方より無へ(Ⅱ)『レオス』の「眺め」〜水は水|丘山万里子
(13)遠方より無へ(Ⅱ)『レオス』の「眺め」〜水は水
Text by 丘山万里子(Mariko Okayama)
『レオス』(1976)での仏教的「永遠への回帰という死の安らぎ」「無、空へのいざない」から、なぜ突如、ドイツ現象学を援用した『ノエシス』へ飛んだのか?
その経緯は、『レオス』の自作解説に示されている。三善は『レオス』京都初演後の自分を想像し、こう述べる。
「寒気と寂寥の古都のどこかで、灯と酒に寄りそい、たった今自分を分裂させた十数分の異常感覚が、やがて津波のようにあらぬ形で襲ってくるのにおびえながら、自分の、軽口と無口の不器用な連鎖をもてあましているに違いない」。(『遠方より無へ』p.158)
そうしてその寒気に、十数年前に訪れた冬のアムステルダムを想い出す。青春期、彼が愛したカミュが事故死(1960)して間もない頃のこと。港近くの酒場の扉を押し、港内にいくつか船影の見える窓辺で三善はジュニエーブル(杜松酒)を注文、『転落』(カミュ作)の冒頭シーン、アムステルダムのバー「メキシコ・シティー」の片隅へとまぎれ込むのだ。
「アルジェの太陽を血のなかに宿したために、ついには古典的な実存主義の矛盾律のなかに回帰せざるをえなかったカミュを『転落』の忘れがたい一句をつぶやくことで私なりに葬(とむら)う心算もあったかもしれないが。――A Moins vous ne m’authorisiez à plaider votre cause, il ne devinera pas que vous desirez du genièvre.」(同上)
『転落』の前後の文脈からこの一句、「私に代弁を任せてくれないと、あなたがジュニエーブルを所望であることを彼は察知できないでしょう」とでも訳しておく。主人公たる「告解者にして裁判官」のクラマンスが、バーを訪れた旅人に語りかけるこのセリフは、オランダ語しか解さないゴリラ(gorille:文明と野蛮の文脈だ)のような店の主人の紹介に次いで出てくる。
三善はなぜこのセリフを、その胸に忘れがたく刻んでいたのか。
『転落』は、かつてパリで栄光に満ちた弁護士生活を送っていたクラマンスが、小雨ふる晩秋の深夜、セーヌに落ちた女の叫び声を耳にしながらその場を去った時から始まる転落人生を旅人相手に語るもの。何度も聞こえながら遠去かり、やがてぷつりと声の消えたしじまで、彼の頭に浮かんだのは「もう遅すぎる、もう間に合わない……」。
小説の最終節で、彼は旅人が同業の弁護士と知り、頼むのだ。自分の頭をぐるぐる回り続けている言葉、「おお、うら若き娘よ、もう一度水の中に飛び込んでくれ!そうすれば今一度、私たち二人ともを救い出す機会が持てるんだ!」(『転落』前山悠新訳、p.181)を、彼の口から言って欲しい、と。小説冒頭、旅人の代弁者となることを提案したクラマンスは、最後、同業者に代弁を請うている。だが、その最後のセリフは、「もう遅すぎるんです。今となっては、そしてこれからもずっと手遅れのままです。幸いなことに!」(同上、p.181)。
そこに口をあけるのは、カミュその人の抱える魂の空洞、私もあなたも永遠の地獄の円環、底なしの実存苦に堕ちてゆくのだ、という絶望で、若い三善はそれを我がものと感じていたのだろう。アムステルダムの同心円状の河が「地獄の円環」(ダンテ『神曲』)そっくりだ、というくだりでの「ブルジョワの地獄、悪しき夢がふんだんに詰め込まれた」それ、「外からやって来た者は同心円の内側へとひとつひとつ踏み入っていく。それにつれ、問われる人生の罪は色濃く、どす黒いものへと変わっていく。そして今わたしたちがたどり着いたのは最後の円。(後略)」(同上、p.24~25)
最後の地獄の円の行き止まりは、かつての三善の希死願望の描く放物線の終着点でもあったろう。
だが、忘れがたい一句の後に続くのは、『転落』の実存地獄を我がものと感じていた自身への疑念だ。
「こうして、死は、生の末端で小さい輝きを放つ出来事のように、私には思われていた。
だが、はたしてそうだろうか。」
そうして2年前の初秋、母を焼く煙が山肌を伝い云々の「永遠への回帰という死の安らぎ」へと想いは流れてゆく。
『レオス』解説におけるこの転回は、1971年に書かれた以下の一文にも示されている。
「かつて死は選ぶことのできるものと思っていた。生の毎瞬を選ぶように。それが、生きることの最も明白なあかしになるのだし、と。(中略)私たちは、生まれてしまったことで死を予約し、毎日の生でこれを分割払いし続け、やがて人生の最期に支払い終えたものを手中にする。それならば、“それ”を与えられるのではなく、どのような形であれ自分の意志により自分の手で、創れないものだろうか――せめて、そうして永遠の時間のなかの人間的な一点として。」
だが続けて、「けれどもいったい、一個の人間の即自性などは、カミュもそこへ堕ちてしまった<我思う、ゆえに我あり>の小さな循環を出るものではあるまい。」「自殺もまた、自然の摂理の、ほんの微細な塵埃なのだ。」(『遠方より無へ』―生の最高の瞬間―p.173~174)
『レオス』より5年、『レクイエム』より1年早く、ここに三善の生と死の転回点、即ちカミュと共震する自身の西欧的実存意識への懐疑が示されている。おそらく『王孫不帰』(1970)で能の謡へと心が動いたのも、それ。続く『オデコのこいつ』(1971)での「この子はボク」という自覚にこそ、観念的実存論の空疎が三善の中で顕在化したのだ、と言えよう。日々伝わる60年代半ばからのベトナム戦争、ビアフラの悲劇の生々しさに、世界苦(人間苦)はかつても今も、等しく在る。「これも、ボクの日常だった…….。」ゆえこそ『レクイエム』(1972)の「葬い」を、生者のあいだに限られる、と自ら厳しく峻別した。
『転落』のあちこちに散らばる「rien」と「néant」は、セーヌの川底に流れる実存主義の矛盾律の通奏低音であったろう。カミュはサルトルの実存と相容れなかったが、三善は「出来のいいサルトルのイマジネールよりも、失敗したカミュの古典的な絶望を愛していた。」(同上、p.210)
サルトルの『嘔吐』にもまた、「rien」と「néant」が並ぶ。主人公ロカンタンはマロニエの根の、言葉では言い表せない生のままの黒々とふしくれだった恐ろしい塊に「嘔吐」するが、そこで起きているのは、言語化不能な「何か」の露呈(存在の顕現)に対する人間の表層意識の混濁だ。物語終節でのラグタイム『Some of These Days』の「Some of these days / You’ll miss me, honey…」のメロディはロカンタンの「多少の光明」(『嘔吐』鈴木道彦訳、p.279)ともなるが、三善はそれより転落するクラマンスの絶望を愛した。
だが、カミュであれサルトルであれ、彼らは逃れようなく神(キリスト教世界)をその背に負っている。それが西欧精神文化世界の核心であり、天国も地獄も存在も無も、その世界内での「人間論」(人間とは何か)でしかない。無神論は、有神であってこそ成り立つもの。一方、三善に神は居らず、仏も居ない。「遠方より無へ」という観想は、『王孫不帰』からぼんやりと感触され、作品ごとにそれが膨らんでいったと思える。
であるなら、『シェーヌ』(1973)の「rien」は、もはやカミュやサルトルのそれではなく、三善独自の「rien」(無)であり、けれども未だ見えぬ「何か」であった。
『プロターズ(Protase de loin à rien)』(2台ギターのための/1974)のprotaseを彼は「前景」とし、翌年の『エピターズ(Épitase)』(ギター独奏のための/1975)をギリシア劇の「転」あるいは「変動」と語るが、そのように『レオス』に至る一つ一つが、次第に三善に一つの「眺め」すなわち「遠方より無」を、明らめて行ったのだ。
私がここで「眺め」という言葉を使うのには理由がある。言語学者かつ世界の思想・芸術・宗教全般を広く俯瞰、そこに通底する普遍原理を探究した碩学、井筒俊彦がその著作『意識と本質〜精神的東洋を索(もと)めて』(岩波書店)で言及している日本の古典文学に、「ながめ」の深さを説く一節があるからだ。曰く。
「ながむれば我が心さへはてもなく、行くへも知らぬ月の影かな」「帰る雁過ぎぬる空に雲消えていかに詠めん春の行くかた」(式子内親王)。
月は照り、雲は流れ、飛ぶ雁が視界をかすめる。だがこの詩人の意識はそれらの事物に鋭く焦点を合わせていない。それらは遠い彼方に、限りなく遠いところに「眺め」られている。この「眺め」の焦点をぼかした視線の先で、事物はその「本質」的限定を超える。そこに詩的情緒の纏綿があり、存在深層の開顕がある。「眺め」は一種独特な存在体験、世界に対する意識の独特な関わりである。『新古今』的幽玄追求の雰囲気のさなかで完全に展開し切った形においては、「眺め」の意識とは、むしろ事物の「本質」的規定性を朦朧化して、そこに現成する茫漠たる情趣空間のなかに存在の深みを感得しようとする意識主体的態度ではなかったろうか。
(『意識と本質』p.53~54)
「本質」を対象とする「……の意識」の対象志向性の尖端をできるだけぼかすことにより、「本質」の本来的機能である存在規定性を強度に弱めようとする。井筒の言う古典的日本文化の「眺め」の姿勢とは、これだ。
私は思う。三善の真言「遠方より無へ」こそ、この「眺め」そのものの表象ではないか、と。これは、前回触れたブッダの悟り「十二支縁起」の縁起の連関、仏教で言うところの「あるがまま」を「眺め」て真理を会得する姿勢に通じよう。ついでに言うと、『シェーヌ』のシェーネット(鎖)は、鎖という目に見える「モノ(物)」の一方で、「縁起」という目に見えない働き(作用)をこそ、その音に響かせているように私には聴こえるのだ。だから、「à rien」……。
カミュとサルトルの「rien」と「néant」がそれぞれに何であるか、は私の手にあまる。
「rien」が日常の具体において事物が「何も無いこと」を意味するのに対し、「néant」は哲学概念における「無」あるいは「虚無」である、とは一般論で、カミュとサルトルがこれらにどのようなイメージを持っていたかは哲学・文学の専門家の知見を仰ぎたいが、今は先を急ぐ。現時点では、『シェーヌ』の「rien」はフランス実存主義のそれではなかろう、とだけ。
ここに、カミュの眺め、『転落』に描かれるマルケン島での「まさしく負の風景、その中でも最も美しいもの」を旅人に示すシーンを引いておこう (Ebooks libres et gratuits p.53)。
Voilà, n’est-ce pas, le plus beau des paysages négatifs ! Voyez, à notre gauche, ce tas de cendres qu’on appelle ici une dune, la digue grise à notre droite, la grève livide à nos pieds et, devant nous, la mer couleur de lessive faible, le vaste ciel où se reflètent les eaux blêmes. Un enfer mou, vraiment !
Rien que des horizontales, aucun éclat, l’espace est incolore, la vie morte. N’est-ce pas l’effacement universel, le néant sensible aux yeux ? Pas d’hommes, surtout, pas d’hommes ! Vous et moi, seulement, devant la planète enfin déserte !
以下、前山悠新訳の要約。
「これぞまさしく負の風景、その中でも最も美しいものと言えましょう!――左手には灰の積もったような砂丘、右手には灰色の堤防、足元には鉛色の砂浜、正面には洗剤を薄めたような色の海、その水の青白さが映り込んだ広大なる空。まったく、しなびた地獄のような風景! ただ水平線のみ、光はなく、無色なる空間、生命も死に絶えている。全面的な漂白、目に痛いほどの虚無ではありませんか? 人がいない、そう何よりも人間がいない!ついに空っぽとなったこの星で、いるのはわたしとあなただけ!」(同上、p.93)
ここで『遠い帆』の月の浦、海と空と雲を思い浮かべるのは私だけだろうか。長い苦難の旅の果て、帰還した月の浦の浜に立つ支倉常長と三善が眺めたのは、決して「負の風景」でも「しなびた地獄」でもなかった。「正負」を超えた、何か…..。
ともあれ、『変化嘆詠』(1975)で「人間を含めた、弱いものとしての生きものと自然との、いたわりに満ちた合一の図」に心動き、「村人、一休、三変化とも、なんと哀しく、優しいのであろう」と呟く三善は、もはやカミュの負の景色からは抜け出ている。
「若いカミュは、アルジェの旅先で、海や風や太陽との合一を謳う。彼が背負った文明では、自然は日常と対(む)きあっている。―日常の鎖―(1965)」(同上、p.47)「“死”だけがカミュを“もの”に還すことで、合一を許した」(同上、p.209)。
そのように、人間と自然との隔絶に立ち竦む西欧実存主義から離れ、三善の眼差しは、村人も一休も三変化も互いを分け隔てなく一緒くたにくるみ込む「慈悲」に注がれる。対象との合一ではなく自分もまたそこに含まれる溶融感覚、それが生死を分たぬ『レオス』の世界であった。その音景を再び辿ってみよう。
冒頭、しじまから浮かび上がる微小な水泡を思わせるコンチキや貝鳴子の不可思議な響き、広がる幻想。時に薄明、時に玲瓏、時にメロディアス、時に切迫と表情は変わるものの一貫して水は水。一瞬の鳥影、魚影。深山幽谷かつ飛流直下の自在なその姿。打の轟きに瀑布を眺め、飛沫を浴び、引き込まれ、呑み込まれ、はたまた水底(水面ではない)に揺れる月影星影。弦のうにゃうにゃ小蛇行絡み合いのカオスからの追い込み、裂帛ffff。一気に沈潜ののち、一雫一雫から広がる水輪の微細、フラクタルな美。スコアを見ると、三善の求める響きの切実に胸打たれる。終尾、弦の深い保続音にチェレスタが澄明に滴り、遥か彼方、貝鳴子がppで「lontane」(遠い)……。
そう、lontane、だ。



前稿では『レオス』を道元の《有時》(うじ)における「永遠の今」としたが、今はそれとは異なる眺めが見える。鎌倉時代の曹洞宗開祖、道元は『正法眼蔵』(彼が会得した仏法の正法・極意・真理の解説書)を著したが、《山水経》は、その中の一つで(《有時》も)、ここでは「水」に関する一節を引いておく。
「仏言く、一切の諸法は畢竟解脱にして、所住有ること無しと。(中略)しかあるに人間の水をみるに、流注(るちゅう)してとどまらざるとみる一途(いちず)あり。その流に多般あり、これ人見(にんけん)の一端なり、いはゆる地を流通(るづう)し、空(くう)を流通し、上方に流通し、下方に流通す。一曲にもながれ、九淵(きゅうえん)にもながる。のぼりて雲をなし、くだりてふちをなす。(中略)しかあれば、仏土のなかに水あるにあらず。水裏(すいり)に仏土あるにあらず。水の所在すでに三際にかかはれず、しかもかくのごとくなりといへども、水現成(みずげんじょう)の公案なり。」(現代語訳『正法眼蔵1』玉城康四郎 p.421)
およその意味は、分かろう。
この一文への玉城康四郎による訳文・解説を添えておく。
「ありとあらゆるものは、いかなるものからも解放されていて、束縛はないけれども、しかもそれぞれの境位に安住している。そうであるのに、人間が水を見る場合に、水は流れ流れて止まらない、と見る一方的な見方がある。(後略)」(同上、p.422)
あるいは、
「水の道は、水自身が知覚しているのでもなく、また知覚していないのでもないけれども、水は水の道に従って作用しているのである。」
(同上、p.423)
これが道元の「眺め」(正法)であり、つまりは見方によって水はどうにでも見えようが、水は水だ。どう姿を変えようと、変わらず水は水だ。
カミュもサルトルも、「我見」(我の意識)で世界に対峙、対象(モノ)の本質(存在)に迫ろうとする。そうして同心円の地獄や、負の風景に絶望し、あるいは言語化不能なマロニエの根に対峙してそのおどろおどろしい黒い塊に嘔吐する。
道元は、「我見」を離れ、ああでもこうでもどうでもそのように「在る」ものはありのまま「在る」のだと心得よ、と説く。坐禅は半眼だが、これは対象に対峙するな、凝視するな、識別するな、分節するな、事物(世界)の輪郭を曖昧にぼんやり眺め、内に向けよ、という指導であろう。
と、こう頭を巡らせると、『レオス』の音の成り行きが、まさに「水は水」と語りかけてくるのである。「水は水」という存在の瀬音が聴こえてくるのである。
ではあるが、三善に「無、空へのいざない」がいかに強い誘惑であったとして、慈悲に溶けたい強い情動があったとして、そうそうたやすく生もなく死もなく、流不流に身を預けられようか。「死」は、戦時の無数の「死者」は、なお彼の眼前に対置され続ける。だが、母は蒼穹に煙となって溶けた。この安心はどこから来るのか?
三善の煩悶は長かった。
* * *
サルトルの『存在と無』(L’Être et le néant) の副題が「現象学的存在論の試み」(Essai d’ontologie phénoménologique)であることを思えば、また、サルトルがフッサールの現象学を学ぶべくベルリンに留学し(1933~1934)、彼の地で『嘔吐』の執筆に取り掛かっていることを思えば、三善が『ノエシス』へゆくのは必然だった。「我思うゆえに我あり」の「我」の「意識」構造を再検討すること。フランス実存主義からドイツ現象学へ、人間の「意識」に改めて向き合うことで、三善は自己検証を試みる。
それが『ノエシス』だ。
『ノエシス』に行くにあたり、サルトルの『嘔吐』のマロニエの根の長い長い一節から、私が気になった箇所を抜き出しておく。マロニエを前にしての吐き気の何たるかについての抜粋である。(『嘔吐』鈴木道彦訳)
「もしも存在とは何かと訊かれたら、私は本気でこう答えただろう。それは何でもない、せいぜい、外から物につけ加わった空虚な形式にすぎず、物の性質を何一つ変えるものではない、と。それから不意に、存在がそこに在った。それは火を見るよりも明らかだった。存在はとつぜんヴェールを脱いだのである。存在は抽象的な範疇に属する無害な様子を失った。それは物の生地そのもので、この根は、存在の中で捏ねられ形成されたのだった。と言うよりもむしろ、根や、公園の鉄柵や、ベンチや、禿げた芝生などは、ことごとく消えてしまった。物の多様性、物の個別性は、仮像にすぎず、表面を覆うニスにすぎない。そのニスは溶けてしまった。あとには怪物じみた、ぶよぶよした、混乱した塊が残った―― むき出しの塊、恐るべき、また猥褻な裸形の塊である。」(p.212)
「存在するとは単に、“そこにある”ということなのだ。存在者は出現し、“出会い”に身を委ねるが、人間は絶対にこれを“演繹”できない。そのことを理解した人もいるだろう。ただし彼らは、必然的な自己原因の存在を作り上げて、この偶然性を乗り越えようと試みたのだ。(中略)存在の偶然性は見せかけでもなく、消し去ることのできる仮象でもない。それは絶対であり、したがって完全な無償性である。すべては無償だ、この公園も、この町も、私自身も。それを理解すると胸がむかむかして、すべてはふわふわと漂い始める。」(p.217~218)
「無償性gratuité」を、私は「根拠のなさ」と捉える(ふと三善の「根こそぎ喪失」を思う)。偶然性、無償性、不条理性(『嘔吐』文中より)など、説明できない状況、剥き出しの「存在」に出会った、触れた驚愕、不気味、不快による吐き気を、井筒は『意識と本質』で、こう述べる(適宜私的解釈と要約 p.4~20)。
人間は常日頃、感覚、知覚、意志、欲望、思惟などからなる「表層意識」によって「本質」を認知しようとし(これは「公園の」「マロニエの」「根」だ云々探求)自分を取り巻く世界の安定(構築)に努めるが、その意識レベルで捉え得ないところにこそ「存在の絶対無分節的真相」の深淵がある。
東洋の精神的伝統はこの絶対無分節の「存在」に直面しても狼狽しない。東洋の哲人は深層意識が拓かれ、そこに身を据え表層意識次元の事物、様態を深層の地平に置く。ゆえ、表層・深層の両領域にわたり、絶対無分節の「存在」と、千々に分節された「存在」とが、同時にありのままに現れている、と捉える。
禅者の「山はこれ山、水はこれ水」とは、無数の「本質」によってさまざまに区切られ、複雑に聯関し合う「本質」の網目を通して分節的に眺める地平と同時に、無分節の存在の無数のさざめきをあるがままに眺める地平(本質なき「無」、自律なき「無自性」)とを併せ持つ、表層深層からの語り出し。「深層意識と表層意識とを二つながら同時に機能させることによって、“存在”の無と有とをいわば二重写に観ることのできる」、それが東洋的哲人の姿勢(p.14)。
この深層意識を体験的事実として認めるのが東洋哲学一般の根本的な一つの特徴で、前回のブッダの十二支縁起(全ては関係性)と重なろう。なお、井筒は東洋だけでなく、プロティノス(エジプト生まれ 205? – 270)の説く「一者 to hen」(「有」の彼方、「実在性」の彼方、「思考力」の彼方なるもの、すなわち言詮の彼方なる絶対窮極者)もまた「厳密に言えば、“かのもの”とも“このもの”とも言ってはならないのである。どんな言葉を使ってみても、我々はそれの外側を、むなしく駆け廻っているだけのことだ」と、存在の本源的無名性を指摘する。どこまでも言語化を拒む無分節の「何か」であって、だからこそ東洋は存在の極所に種々の名称すなわち、「無」「真」「道」「空」などなど便宜上の「仮名」(けみょう)をつけ、コトバ圏内にこれを引き入れた……。
と、こう追えば、「古代普遍の哲人の叡智」が、みな同じところに立っていることが見えてこよう(井筒はこれをイスラーム圏まで俯瞰して説いている)。
おそらく三善もまた、この叡智を直覚していた。セーヌの暗い川底と、信州の山肌を縫い昇る慕わしい母の煙の行方の間に。それが「遠方より無へ」の朧な眺めであった。
ゆえ、ここで立ち止まり、もう一度、青春期に馴染んだフランス実存主義を別の方向から検証、あるいは自己点検しよう、とフッサールの現象学「ノエシス・ノエマ」に足を踏み入れたのだ。
* * *
カミュは、おそらく三善にとって最も近しい西欧だったのではないか。私は『レオス』の背後にもう一つ、『異邦人』(窪田啓作訳p.6)の最初の句が響くのを聴く。
「Aujourd’hui, maman est morte.」 きょう、ママンが死んだ。
そう、母が死んだ、のだ。
だが続く、
「Ou peut-être hier, je ne sais pas.」 もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。
もしかすると〜わからない、は、殺人を犯した理由を「太陽のせい」とする主人公ムルソーが、最終節でママンを思い出し、最後の「望み」として口にする終句「すべてが終わって、私がより孤独でないことを感じるために、この私に残された望みといっては、私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだった。」(p.127)と響き合う。神への懺悔を促す司祭を憤怒とともに独房から叩き出したムルソーが最後に悟った「幸福」を、三善は覗き込む。
永遠の生死の瀬音は、何処へ自分を誘なおうとしているのか。
(続く)
(2026/8/15)
参考資料)
◆書籍
『遠方より無へ』三善晃著 白水社 1979
『鬩ぎ合うもの超えゆくもの』丘山万里子著 深夜叢書社 1990
『波のあわいに』三善晃+丘山万里子 春秋社 2006
『ブッダの言葉』中村元訳 ワイド版岩波文庫7 2007
『転落』カミュ 前山悠新訳 光文社 2023
『異邦人』カミュ 窪田啓作訳 新潮文庫 2000
『嘔吐』(新訳)サルトル 鈴木道彦訳 2010
『存在と無 現象学的存在論の試み』上下 サルトル 松浪信三郎訳 人文書院 1999
『意識と本質 精神的東洋を索めて』井筒俊彦 岩波書店 1983
『意識の形而上学』東洋哲学覚書 井筒俊彦 中公文庫 2001
『正法眼蔵6』現代語訳 玉城康四郎 大蔵出版 1994
◆楽譜
『レオス』 全音楽譜出版社 同上 1976 レンタル
『ノエシス』 同上 1978
◆CD
『三善晃の音楽』〜管弦楽曲と協奏曲・響きの世界・言葉の世界
カメラータ・トウキョウ CMCD-99036-8 2008
◆YouTube
『レオス』
『プロターズ』Protase de loin à rien : pour deux guitares
◆『転落』仏文サイト: Ebooks libres et gratuits
Albert Camus LA CHUTE
