パリ・東京雑感|忘れられた「音楽の力」に脳科学の助け船 |松浦茂長
忘れられた「音楽の力」に脳科学の助け船
Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)
中国映画『妻への家路』(チャン・イーモウ監督)に、忘れられない場面があった。文革が終わり、20年ぶりに収容所から解放された元教授が自宅に帰ると、妻(コン・リー)には彼がだれか分からない。元教授は近くに住み、ひんぱんに妻を訪問するが、彼女の警戒心は解けない。彼が20年のあいだ妻にあてて書いた、大きな箱いっぱいの手紙を、ひとつまたひとつと毎日読んで聞かせ、ようやく「手紙を読む人」の地位を獲得。夫の帰還を待ち続ける妻を助ける親切な隣人として、ともに老いていくという物語。
しかし、たった一度、妻の心に光がさす瞬間があった。元教授がピアノの調律を引き受け、彼の好きだった曲をひく。妻の顔のこわばりが解け、歓喜に似た表情があらわれる。ところが、夫が演奏をやめて妻に近寄ると、たちまち怒りの表情にかわり、彼をたたき出す。束の間の記憶回復だ。
実際、音楽には人生の記憶をよみがえらせる奇跡のような力があるらしい。昔聞いた曲の記憶と、その曲に結びついた人生の記憶をたくわえる脳の神経システムは、アルツハイマー病でもすぐにはやられない。とりわけ、思春期に親しんだ曲は深く記憶にきざまれていて、その音楽を聞くと、当時の思い出が、感情をともなっていきいきとよみがえる。アルツハイマー病の患者でも、音楽によって、自分がだれであったか、アイデンティティを取り戻し、こころが豊かな思いに満たされる場合がある。
以前NHKの番組に、名曲の冒頭をほんの一瞬聞かせ、曲名を当てさせるコーナーがあった。最初の3つ4つの音で見事に言い当てる音楽ファンが大勢いるのに驚嘆したけれど、人間は何秒聞けば、曲を認識できるだろう? ラジオ・フランスの番組『音楽の力』は、モーツァルトの『トルコ行進曲』を、まず四分の一秒、続いて二分の一秒聞かせた。曲名を言い当てることはできなくても、ほとんどの人が二分の一秒で曲の記憶を呼びさますことができる。そのあと、おなじ部分を一秒、二秒と長く聞かせても、二分の一秒のとき思った曲と違うと修正する人はほとんどいない。つまり一秒の二分の一で、心の中に曲の姿がほぼ完全によみがえるわけだ。たとえば詩はどうだろう? 冒頭二分一秒聞いたって、何の詩か判別できない。音楽って不思議だ。
音楽を聞くと心が揺さぶられるのは、だれでも経験する。ラジオ・フランスの『音楽の力』は、4つの曲を聞かせ、それぞれが呼びさます感情を①悲しく、静か②平和で、静か③いらだって、激しい④陽気で、力強い、とおおざっぱに分類した。曲を聞いてどんな気持ちになるかなんて、その時の体調にもよるし、人によって趣味が違うし、きわめて主観的なものだろうと思っていたが、テストすると意外に一致するらしい。音楽家をふくむ聴衆に、いくつかの曲の一部を聞かせ、「感情」別に曲を分類してもらうと、結果がほぼ一致する。しかも、別の日におなじテストをしても、彼らの判断はかわらない。音楽には、言語や絵とは次元の違う、普遍的で正確な感情喚起力があるのだろうか?
ずっと不思議に思っていたことがある。バッハはおなじ音楽を使い回し、とんでもなく違った歌詞をつけて平気だった。なぜだろう? 音楽のもたらす感情は、かなりあいまいで、歌詞にひきずられて悲しくも楽しくもなるから? いや、感情テストの結果を信じれば、その説はなりたたない。
バッハの世俗カンタータに、ヘラクレスを〈快楽〉が誘惑するシーンがある。
お眠り、最愛の人よ。そして安逸にふけり
燃えるような誘惑に従いなさい。
淫らな胸の
逸楽を味わい
とどまるところを知らぬように。
(カンタータ第213番『われらが気づかい、見守ろう』岐路に立つヘラクレス)
このいささかどぎつい歌詞につけられた音楽が、生まれたばかりのイエスを眠らせる子守歌に転用された。
眠れ、愛しの御子よ、安らぎを楽しんで、
その後でお目覚めください。皆の繁栄のために。
乳房をふくんで励まし、
歓びを味わい給え
それこそがわれらの心が喜ぶところ。
(『クリスマス・オラトリオ』第2部)
ヘラクレスの曲の方は、演奏する側も、はすっぱな押しつけがましさを強調するし、聞く側も、軽薄な快楽のつもりでいる。そういう感情を呼びさますべき曲だと思い込んで、そんな気分になったつもりで聞いている。でもそれは、感情の表層に立つさざなみに過ぎないのかもしれない。感情の深いうねりは、ヘラクレスの曲も、クリスマス・オラトリオの曲も同一。静かにひきこまれる〈眠り〉の魅惑のような、深い情感だ。音楽が生み出す感情は、言葉が喚起する感情と違う階層に属するのだろう。
ヨーロッパでは、コロナ禍のあいだ、人々がベランダに出て歌ったり、楽器をひいたり、ちょっとした音楽ブームがおこった。ヨーロッパ各国の1000人以上について調べた研究によると、新型コロナが流行した期間、ふだんよりも音楽に費やす時間が増えた。医療関係者をはじめコロナで仕事がきつくなった人々ほど、一層音楽に熱心だった。楽器を演奏したり歌ったりした人たちだけでなく、音楽を聞くだけの人々も、音楽のおかげでなんとかあのたいへんな試練を乗り越えられたと答えたそうだ。音楽には、人を苦しみから救う治癒力がある。
音楽の癒しの力は、旧約聖書の昔から知られていた。サウル王がひどいうつ病に悩まされたとき、しもべたちは、「琴をひくのが上手な者をさがしましょう。」と音楽療法を提案した。そして選ばれたのが美青年ダビデである。
神の霊がサウルを襲う度に、ダビデは琴を手にして爪弾いた。するとサウルの霊は休まり、良くなって、悪い霊は彼を離れた。(『サムエル記上』16章23節)
古代ギリシャでも中国でも、病気とは心と体の調和の乱れなのだから、音楽によってバランスを回復させるのが治療の本筋だった。その証拠に、「薬」という字は、音「楽」の上に「草」がのっかっている。つまり、(一説によれば)本来音楽でいやすべき症状を、薬草で代用しても治癒できるという意味とか。今は逆に、もしかしたら音楽が薬の代用になるかも?と、音楽治癒力がちょっとばかり見直されはじめたところだ。進歩した脳科学によって、音楽力のメカニズムが明らかになってきたおかげである。
ギターが大好きな実験心理学者イザベル・ペレツは音楽の治癒力をたたえ、「クスリは効くまでに20分はかかるけれど、音楽は聞いた瞬間に効き目が出る。副作用もありません。」と言う。彼女はこの分野の先駆者で、カナダのモントリオール大学に「脳、音楽、音に関する国際研究所」を設立した。
音楽の鎮痛効果は、良く研究されている。手術の前、手術中、手術後に音楽を聞かされた患者は、痛みの感じ方が弱いから、鎮痛剤の量を減らせる。心拍数、血圧、コルチゾール(ストレスホルモン)の減少といった生命活動の変化が見られるので、音楽の鎮痛効果が単なる「気をそらすこと」や「自己暗示」の結果ではないことがわかる。当然ながら、参加者が自分で曲を選んだ場合、鎮痛効果は大きくなる。やわらかな鎮静的音楽の方が良く効くと決まっているわけではなく、ヘビーメタルのファンには、あの刺激的な音の洪水が一番効き目があるそうだ。
音楽のリズムも病気の人の助けになる。カラダが震えたり、動きがゆっくりになったり、ぎごちなくなったりするパーキンソン病の患者に、リズミカルな音楽を聞かせると、滑らかに、自然な歩き方ができる。いわば聴覚松葉杖。音楽が、患者の動きを外から支えてくれるのだ。
そもそも昔、音楽はいまよりずっと尊ばれていた。治癒とか鎮痛とか、病気を治す実利的パワーは、音楽の力のほんの一部に過ぎない。孔子様は素敵な曲を聴いて感動のあまり3ヵ月も肉の味が分からなくなったそうだし、中世の大聖堂のステンドグラスや浮彫りをながめると〈音楽〉が他の学問より上に置かれている。昔の人は音楽の超自然的パワーをしっかり受け取っていたのだ。実用、効率が幅をきかす近現代になって、音楽は趣味、暇つぶし、せいぜい芸術という特別枠の中に押し込められてしまった。
それでも、音楽がただの気晴らしではないことを納得させてくれる、わかりやすい研究がある。赤ちゃんが言葉を覚えたり、人とのつながりを築く社会性を獲得したりするために、音楽が大切な役割を果たしているのに、早産の赤ちゃんは、お母さんの声から乱暴に切り離されるので、言語や社会性に関わる脳神経の発達に遅れが出ると言うのだ。
こんな当たり前のことを実験した研究者がいる。赤ちゃんと遊んでいるお母さんに、急にそっけない顔をしてもらう。赤ちゃんは途方に暮れて、泣き始める。赤ちゃんのご機嫌をなおすのに何が一番有効か? ①歌う②話しかける③遊びを続ける? お母さんにこの3つを試してもらうと、言うまでもなく、歌ってやるのが一番手っ取り早い。
では、歌うと赤ちゃんが泣き止み、お母さんの気持ちもやさしくなるのはなぜ? そんなの当たり前じゃないかと私たち素人は思うけれど、脳の研究者は、赤ちゃんの脳と音楽のつながりがどれほど奥深いかを教えてくれる。歌は、お母さんと赤ちゃんの両方の脳でオキシトシン(愛情ホルモン)をたっぷり出させる。オキシトシンには赤ちゃんの不安と苦痛をやわらげる働きがある。歌は脳の栄養なのだ。
音楽は、赤ちゃんを泣き止ませるだけでなく、脳神経を刺激し発達を助ける大切な役割を担っている。未熟児は、胎内でお母さんの声を聞いてきたのに、突如、その親密なつながりから切断され、保育器に入れられ、いろんな機械の無機質な音に囲まれる。赤ちゃんにとって恐るべきストレスだ。でも、その状態の赤ちゃんに音楽を聞かせ続けると、普通に生まれた赤ちゃんの脳と変わりない程度に、脳神経が発達するのだそうだ。
胎児は5ヵ月目から音を聞きはじめ、おなかの中で聞いた音楽をちゃんと覚えている! どうやって調べたのだろう? こんな研究だ。妊娠したお母さんにCDを渡し、くりかえしかけてもらう。そして赤ちゃんが生まれたらすぐ、おなじ曲を聞かせて脳波を調べる。ただし、まったくおなじメロディーではなく、ちょっと音譜をいじってある。すると赤ちゃんは胎内で聞いたメロディーと違う音に反応し、脳波が変化する。4ヵ月後におなじテストをしても、忘れていない。なんと、早産の赤ちゃんもテストしたらおなじように反応したそうだ。
人間は生まれる前から音楽の「文法」を身につけている! 未熟児でさえ、音程、メロディー、協和音、不協和音、リズムを理解するというのだ。目も見えない、未完成状態のうちから人間に音楽の能力が与えられるとしたら、音楽は暇つぶしどころか、人間の知性と感情と他者とのきずなを養うために必須のものだからに違いない。
ラジオ・フランスの番組『音楽の力』を制作した脳神経の研究者バルバラ・ティルマンは、番組の最後に「研究者たちは音楽を手がかりに、脳のしくみを理解しようとしてきました。その結果、音楽が人間にとってどれほど根本的な重要性をもっているかが、より深く理解できるようになったのです。」と告白した。皮肉な話だ。人間の根幹に音楽がどっしりと据えられているのは、昔の人には自明だったのに、近代の精神がそれを見えなくした。科学(近代精神の精華)に説明してもらって、やっと私たちに、その片鱗がほの見えてきたのだとすれば……
(2026/7/15)



