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三つ目の日記(2026年1月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2026年1月) 

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio) 

 

2026年1月4日(日)
右足首が痛くてここ数日あまり歩かないようにしていた。今日もまだ痛いがなんとかなりそう。新宿駅に着いて立ち食いのカレーライスを食べて東口へ。かつての新宿アルタの裏の出口から外へ出る。この出口、新しくなってはいたものの、かつてよく利用していた出口と同じ場所ではないだろうか。なつかしいラーメン屋が見える。すこし歩き、ビルの2階へ。看板のようなものは見当たらない。そこにいた人に「今日イベントやるのはここですか?」と尋ねる。
「精・叩」という催し。展示なのかライブ・パフォーマンスなのかよくわからないまま、もともとはいくつかに区切られていた痕跡のある空間をさまよう。展示らしきものはあまりに雑然としていて、なにをどう見たらいいのか。工事現場などにある朱色の三角コーンがさかさまに天井に設置されその先にシンバルがついている。ドラムセットの部分と思われる器具がばらばらにされなんらかの設置を施されている。目の高さあたりに金属線が張ってあり気をつけていても引っ掛けてしまいそうになる。ワインかなにかの瓶がさかさまに点滴をぶらさげる器具からぶら下がっている。その上部の天井が透けていて、なにかと思って見ていると、雨漏りした水をパイプで外に排出するようになっているのだと教えてくれた。古いテープレコーダー。額装されたようなドラムスティック。壁面には犬がペロペロとなにかを舐めている映像がうつし出されている。など、ここに記述したのはごく一部にすぎない。数名の来場者。これからパフォーマンスを行うと思われる数名は、おそらくはすこしずつその準備に取り掛かってはまた離れているようである。そのうちに、なんだか、なにをどう見るということよりも、この展示にからだが馴染んできたような感覚があり、ああこれでいいやと思い身を委ねる。ここはかつてクリニックと〇〇であったと聞いた。〇〇がなんだったか忘れてしまった。ガラス張りの壁面から夜景を眺める。高校生のころこの辺をよく歩いた。映画の看板がずらっと並んでいた場所。記憶では、どこかに西口への通路があり、ペットショップがあり、古着屋が並んでいた。
19時をすこし過ぎて、いつからともなくパフォーマンスが始まった。全体を見渡せる場所というのはおそらくなく、自分のいるところからは、キーボードやハーモニカなどを演奏する様子の齋藤浩太、床に膝をつき木材をのこぎりで切り始めることになる田中啓一郎が見えていて、スマホを手にした東亭順がなにをしているかはほとんどわからなかった。齋藤と東亭のふたりは、「ソフトコンクリート」という「サウンド&アート・パフォーマンス・デュオ」。齋藤がすこし離れたところに置かれていたカセットテープレコーダーの再生ボタンを押す。音量をすこし上げてキーボードの前に戻る。カセットの音からは、外国語がまざっていて聞き取れない内容もあったが、きのうか今日のニュース番組を録音したのだと思われる日本語も聞こえていた。ちらちらと見え隠れする東亭は、その行動から、光や動きを扱っているのかもしれなかった。自分のいる位置から一番よく見えるのは田中のパフォーマンスだった。小さなL字定規で木材を計測しているようにも、指を伸ばした状態いくつ分、のように計測しているようにも見えた。気がつくと鑿を手にして金槌で叩いている。その後、前に人が立ち見えなくなり、しばらくしてまた見えるようになると、木材は枠になっていた。布状のものをその木枠に張る行為が始まる。布状のものは、絵画のキャンバス用の布には見えない。瓦礫や廃材などを入れるガラ袋に似た素材ではないだろうか。ところで、布を張る行為を始める直前、田中の右側に、いつのまにか、それまで使っていたいくつもの道具が整理整頓したかのように並べ整えられていることに気づいて息が止まった。布が張られたことで、絵画の制作がなされ、それは床に置かれた。制作者はいくつかの音を放ってどこかへ去っていった。カセットの音が終わり、なんらかのきっかけがあったのかどうかわからないがパフォーマンスが終わった。
この場所は数日後から開催される展示を最後に閉じるのだという。 

 

1月9日(金)
池袋のGALLERY PUNTO久松温子の展示を見る。多くの作品のタイトルに「pour la mélodie blanche」とある。白い旋律のために。モチーフとしている、糸をもちいてつくられたレースのことを、作者は「la mélodie blanche」と呼んでいるようだ。レースを編む。レースを織る。細い線が薄く透ける面になっていくとき、思わず込められてしまったかもしれない誰かの意識や無意識。そしてその誰か。つくるために費やされた時間。旋律という、感知できても見えないものをつうじて思う。レースという、見えるものをつうじて見える作品を制作する。作品を前に、そこに、さらに見えないものを感知する。作者は、描くことで版をつくり、プレス機で版の上のインキを紙に刷る、ということを何度か繰り返す。その上からさらに描くこともあるという。pour。ために。この語に感じられる客体との距離。そこに糸を張って話をする。なんらかの接触が行われることもあるのかもしれない。 

 

1月13日(火)
テオ・アンゲロプロスの『こうのとり、たちずさんで』を見る。再会の場面がある。映画のなかのカメラがその出来事をとらえる。その様子がモニターにうつっている、ということが映画にはうつし出されている。出来事と動揺がモニターに表示される。映画の画面のなかのモニターの外側に、カメラの向こうで実際に起こっている出来事そのものがぼやけてかすかに認識される。
肉体の外側にある傷が見えないように服を着る。服を脱ぐと傷が見える。内面の傷は見えず、でも存在している。河の水の空気に接する面が動いているのが見える。そのため、その奥にあるはずの水のかたまりも動いているのではと推測する。それを底が支えているだろう。河の向こうに群生している細長い落葉樹の先端が山並みのような曲線を描いている。撮影者あるいは目撃者の視点が岸から移動して河をわたっていく。 

 

1月16日(金)
山手線で停電が発生した影響を受け遅延しているという電車に乗り浦和駅へ。うらわ美術館で開催されている「うらわ美術館開館25周年記念 約束の場所で:ブック・アートで広がるイマジネーション」に入場する。受付の方から、入口すぐの赤い本は手に取ることができる、そのほかはできない、という旨の説明がある。赤い本に達するまでにいくつかの掲示物。そのなかに、「この展覧会では、あなたが共感する作品1点を撮影できます。本展出品作品の中で、あなたの思う「ブック・アート」に近い作品を選んでみませんか。」という文言を見つける。この提案に共感できず、写真を撮らないことを決めて奥へ。すぐに戻り、その掲示物を写真に撮る。
イギリスのブック・アーティストたちの作品と、館所蔵作品で構成されているこの展覧会。どうしてその組み合わせなのかはわからなかった。
出口手前の一室。ほかとは異質な暗い空間に、奥村綱雄の作品が展示されていた。夜警として過ごしたいく年にもわたる長い時間が刺繍の作品として結実している。机の上に置かれている、2点、3点、4点と並んだ作品。これらはブックカバーであると思われる。針、糸、刺繍枠。ゴミ箱のなかには糸のなくなった数多くのボビン。机の上に置かれているちいさな時計は5時ごろで止まっている。それなのに時計の音が聞こえている。裏側にまわると、止まっている時計からは見えない奥の方に同じ時計が置かれていて、おそらくはその時計の音が聞こえている。椅子の背もたれに、夜警としての制服の上半身がたたんで掛けられている。椅子の座面には、夜警としての制服の下半身が、まるでそこで脱いでどこかに逃げていったような状態で放置されている。夜警として勤務中の作者の写真が額装されて机の上に寝かせた状態で置かれている。
美術館近くの甘味処であんみつを食べて電車に乗る。 

 

同日
新宿駅東口。先日訪れたビルの2階へ。この場所での最後の展示。そういう事情もあるからなのか、壁が赤やオレンジや緑や黄に塗られていたり、床材が切り取られて大きな猫になっていたりする。展示に使われる以前から、展示に使われるようになってから、これまでここで行われてきたことの痕跡が、作品の依るところとして備わっている。この場所で4つの企画を続けてきた田中啓一郎は、ここでの最後の5つ目の企画を他者に委ねた。それがこの「波・空・川・一」。展示している作家は、古屋湖都美、神農理恵、田中昌樹、荻野僚介の4名。田中昌樹が今回の企画者である。企画者があらかじめ場所の素地をつくり、たとえばほかの人には伝えずに壁を塗ってしまうということを行い、一日に一名ずつこの場所を訪れて展示作業を行ってゆく。次の日には別の人がそのときの状況をうけて自分の作品展示を行う、といった具合。事前に集まって打ち合わせなどもしなかったという。後で展示した人は自分の作業時にその場がどうなっているか知らないし、先に展示した人はその後どうなったか知らない。そのような展示が公開されて、告知をたよりに見に行くということを、われわれ見に行くものは行う。そして展示にまみれる。会場名を持たず、住所だけがあるこの場所。その理由。
企画者の田中昌樹から、上記のいくつかのことを聞く。ほかにも、田中と荻野の絵画作品における側面の話、この会場というばかりでなく、ビルごと解体されるのだという話、など。入口のカーペットが不自然に折れ曲がっていることに気づく。
記憶とか、記録とかするなどということはせずに、今日のことは忘れてしまった方がいいのだろうか……。
外に出て、4日の日記で「どこかに西口への通路があり」と記したその通路か?と思われる道を発見。歩いてみる。ペットショップも古着屋もなく、違ったようである。 

 

1月23日(金)
電話。容体を心配していた方がすこし恢復して病院から、絵を描く意欲とともに自宅へ戻ったと聞く。 

 

1月25日(日)
不安なことがあたまに残ったまま眠りすぐに覚醒。閉じたまぶたのまんなかで、緑、青、ピンク、赤など色とりどりのネオン管みたいな線画がアニメーションのようにうつっている。線画は複数の不定形のいきもののようであるが顔や手足などはなくただひかり、運動を推移させている。 

 

1月30日(金)
広がる平地
痕跡。とてつもない、壮絶なことがここでは行われたであろうこと(起こった)
〈非〉生命のようなものが胎動している
暗黒。ひかりを発する物体(這いつくばる)
経過、かわらないもの
一原有徳の大きな作品の前に設置されていた腰掛けに座り、眺め、そのようにスマホでメモする。作品にあてられた壁面の余白があまりにもすくなくて、もっと広ければ、と思う。監視係の人がこちらを凝視している。かまわず作品とわたしの関わり合いを探る。ときが推移し、立ち上がって壁面の掲示物を読むと、作者は写実的な風景を描いたつもりではないというようなことが記されていた。それでも……という解釈も添えられていた。武蔵野市立吉祥寺美術館での「所蔵作品展 版画の魅力 技法の共演」にて。 

 

1月31日(土)
高田馬場へ。Alt_MediumIn Other Rooms 波多野祐貴」を見てから、ギャラリーの方に教えてもらった喫茶店へ。臨時休業していたのでもうすこし歩いて、チェーン店で食事する。初めての店でシステムがいまいちわからない。着席して、セルフサービスのお茶を取りにいく。温かいお茶をと、湯呑みを探すがコップしかないのでコップに熱いお茶を注ぐ。注文したものができたことが音声とともに番号で表示される。食べ物をテーブルに運んで食べ始める。店員に聞いたわけではないが、まず間違いなく成型肉をつかったカツ。これで1000円するなら、いま食べるのをがまんして、あとで別の店でとんかつを食べればよかった。食べ終えてお茶を飲む。最近の曲だろうか、ペテンみたいな音楽が流れている。隣で食事している人がその曲を口ずさんで、その連れに「大好きな曲!」と言っている。もうだめだ。コーヒーのチェーン店に移動する。本を読む。時間になりAlt_Mediumへ戻り、波多野祐貴と川崎祐のトークを聞く。 

 

〈写真掲載の展示〉
◆「精・叩」 会場:〒160-0022東京都新宿区新宿3丁目23-1都里一ビル2F 会期:2026年1月4日
◆「波・空・川・一」 会場:〒160-0022東京都新宿区新宿3丁目23-1都里一ビル2F 会期:2026年1月10日〜1月18日 

(2026/2/15)

 

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、2024年にウェブサイトとして再開した『etc.』を展開中。https://tenrankai-etc.com/