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1月の2公演短評|齋藤俊夫

1月の2公演短評

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪プラットフォーム #00 ―夜明け―
♪大石将紀サクソフォンリサイタル「30年の時の深み」細川俊夫生誕70年記念コンサート

♪プラットフォーム #00 ―夜明け→演奏:演目

2025年1月29日ティアラこうとう小ホール

これから現代音楽家が向き合わねばならない課題は「調性」である、というのが筆者の持論である。くだくだしくは述べないが、クセナキスと吉松隆を架橋するような姿勢、またはクセナキスと吉松隆を共に批判(critique)するような姿勢こそが音楽の未来を作ると本気で信じている。もう随分と昔になってしまったがこんな記事を書いたこともあるし、2024年にはこんな評も書いた。この2024年の評に登場した波立裕矢が制作陣として名を連ねる「プラットフォーム」の旗揚げ公演ならば行かざるべからず、だったのだが、やはり波立は本物であった。
波立作品『月に憑かれた二人、セレナーデ』、序盤は暖かい陽射しを浴びるような気分で聴ける美しい調性音楽。しかしどういうわけだかそこから駒の近くや駒の上を擦るスル・ポンティチェロなどで弦楽器が掠れていき、ピアノは何かに取り憑かれたかのように最高音域を叩き続ける。これはどうしたことだ、と驚いているとジャズ風の楽想に至って皆で指を弾いたりする。さらに進めば……いや、進んでいるかどうかわからない歪んだシューマン風の楽想がネトネトと這いずる。最期は擦弦楽器3人が完全にホワイトノイズの超弱音で了。調性音楽の異化、というだけには収まらない若く新しい奇曲であった。
また、今回取り上げられた沖山千佳子のピアノ四重奏曲は前期から中期ロマン派を思わせる安らかで喜びに満ちた調性音楽。現代音楽的コンセプトを一切まとわせずにコンポジションに徹したその姿は2025年の今では至極新鮮だ。このような作品を発掘して他の所謂ゲンダイオンガクと組み合わせるところにもプラットフォームの方向性が示されていよう。今後どのような展開を見せて・聴かせてくれるのか大いに期待したい。

♪大石将紀サクソフォンリサイタル「30年の時の深み」細川俊夫生誕70年記念コンサート→演奏:演目

2025年1月30日 ゲーテ・インスティトゥート東京

筆者が細川俊夫の音楽の「恐ろしさ」に気づいたのはそれほど昔ではなく、その真髄に触れたのも2018年度本誌年間企画賞に選ばれたオペラ『松風』の体験であったと思う。細川と言うと、しきりに武満徹との親近性を述べる言葉が多く、そこに筆者はなにか疑わしげな視線を向けざるを得なかったというのも本当のことだろう。
だが、今回細川の「恐ろしい」音楽が連なる中で武満の『ディスタンス』が演奏された時、両者の決定的な相違が理解できたように思えた。
武満の音楽は客観的、つまり音を外側から見てその外身(そとみ)のみから音楽を構築するのに対して、細川の音楽は主観的、つまり自分の内奥から発せられる音や声を表出しようとして音楽を描くのである。武満は冷たい。細川は熱い。武満は人間から遠ざかる。細川は人間に内攻する。この音楽の主観性は細川が影響されたというベリオとイサン・ユンにも聴き取ることができよう。
今回最も興味深く鑑賞したのは小㞍健太のダンスが加わった『ヴァーティカル・タイム・スタディII』である。物凄くゆっくりとした小㞍の動きに細川の音楽が加わった時のその視覚・聴覚的光景の緊張により目と耳が釘付けとなり、しわぶき1つ許されなくなる。やがて音楽が猛々しくなり、ダンスも動作を増すが、音楽とダンスが互いに互いを傷つけ合うような痛々しい雰囲気をまとい、やはり目と耳がよそを向くことができない。最期は大石のサクソフォンが息音からデクレッシェンドして、小㞍は棒立ちで遠くを見つめ、ゆっくりゆっくりと腕をおろし、了。死に始まり死に終わるかのような演奏・演技であった。
今年でもう70歳というのがにわかには信じがたいが、細川がこれまで積み上げてきた音楽を新鮮な舞台で体験できて誠に嬉しかった。

関連評:大石将紀サクソフォンリサイタル「30年の時の深み」細川俊夫生誕70年記念コンサート|柿木伸之

(2025/2/15)

♪プラットフォーム #00 ―夜明け―

<演奏>
Vn: 石上真由子、Vla: 對馬佳祐、Vc: 竹本聖子、Pf: 田中翔一朗
<曲目>
(全てピアノ四重奏曲)
沖山千佳子(1944-2012):ピアノ四重奏曲(1968)
ジェラール・ペソン(1958-):『我が至福』(1994/95)
波立裕矢(1995-):『月に憑かれた二人、セレナーデ』(2024)
クリストフ・ベルトラン(1981-2010):ヘンデカ(2007)

♪大石将紀サクソフォンリサイタル「30年の時の深み」細川俊夫生誕70年記念コンサート

<演奏・出演>
Sax: 大石将紀、笙: 宮田まゆみ、Hp: 吉野直子、Sp: 田口智子
Pf: 大宅さおり、Perc: 葛西友子、ダンス:小㞍健太、書家: 白石雪妃
<曲目>
細川俊夫:日本民謡より『黒田節』(2004)
細川俊夫:独奏ソプラノサクソフォンのための『3つのエッセイ』(2016/19)
ルチアーノ・ベリオ:『セクエンツィアVIIb』(1995)
細川俊夫:ソプラノサクソフォンとハープのための『弧のうた』(1999/2015)
細川俊夫:笙とサクソフォン(ソプラノとテナー)のための『明暗』(2020/21)
細川俊夫:ソプラノとアルト・サクソフォンのための『3つの愛のうた』(2006)
武満徹:『ディスタンス』(1972)
細川俊夫:テナー・サクソフォン、ピアノ、打楽器のための『ヴァーティカル・タイム・スタディII』(1993/94)