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2024年 第10回年間企画賞

Mercure des Artsは執筆陣による選考の結果、2024年(2023年11月1日〜2024年10月31日までの公演)の年間企画賞1〜3位を選出し、ここに発表いたします。

ステージの企画や上演に携わる皆さまの日々のご尽力に対し、改めて敬意を表します。
メルキュール・デザールの年間企画賞は今年で10回目を迎えました。今回は、古楽から現代音楽まで、バランスの取れた選出になりました。プログラミングや演出の巧みさ、そして高い演奏水準、これらの要素を兼ね備えた稀有な取り組みに票が集まりました。
なお、惜しくも3位までに選出されませんでしたが、「サントリーホール・サマーフェスティバル2024〈ザ・プロデューサー・シリーズ──アーヴィン・アルディッティがひらく〉」の評価も高かったことを付言します。

【1位】
サルヴァトーレ・シャリーノ オペラ『ローエングリン』
2024年10月5日、6日 神奈川県民ホール 大ホール

【2位】
ディオティマ弦楽四重奏団 シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会
2024年4月6日 東京藝術大学奏楽堂

【同率2位】
妙なる楽の音 マルカントワーヌ・シャルパンティエ 牧歌劇《花咲ける芸術》
2024年1月6日 ルーテル市ヶ谷ホール

【3位】
東京二期会オペラ劇場《蝶々夫人》
2024年7月18日~21日 東京文化会館 大ホール

 

◆選定にあたって
【1位】
神奈川県民ホールの名誉芸術総監督であった故・一柳慧が企画した同ホールの「オペラシリーズ」、その第1弾、2022年の『浜辺のアインシュタイン』上演時、「タイトルこそ「オペラシリーズ」と冠しておりますが、私がめざしているのは、これまで皆さまが見聞きされてきた「オペラ」ではありません。」と一柳は述べたが、これを裏付けるかのように今回の第2弾における演目はサルヴァトーレ・シャリーノの『ローエングリン』(日本初演)。あまりにチャレンジングなこの企画を実現させた神奈川県民ホール、これもチャレンジングな橋本愛の起用の大成功、杉山洋一を初めとする演奏陣、演出・美術を担当した吉開菜央、山崎阿弥、さらには修辞の大崎清夏らの見事な共同作業によるレアリゼーションは感嘆すべき高い水準に達していたと言えよう。いわゆる現代音楽界隈の狭い枠に留まらずに集まった聴衆の満場の喝采が現代音楽・現代歌劇が時空を超えた普遍性を持ち得る証左となっていた。その喜びと希望をこめて本年度企画賞第1位とするものである。

★参考レビュー
サルヴァトーレ・シャリーノ オペラ『ローエングリン』|齋藤俊夫

 

【2位】
今年(2024年)はシェーンベルクの生誕150年であったわけだが、それを記念するようなモニュメンタルなイベントは思いのほか少なかったように思う。そんな中、東京・春・音楽祭ではこの作曲家の弦楽四重奏曲全曲演奏会+αという極めて重量級かつ実施の稀なコンサートを敢行した。しかも、単に作曲年代順に並べて演奏しました、ではなく、ディオティマSQの提案したコンセプトにより、ロマンティックな作品とモダンな作品を交互に演奏、これにより作品間の関係性/影響関係がより明確となる。どんなジャンルにも当てはまるだろうが、ある特定の作者の創作の全体を俯瞰的に捉えれば、個別の作品がどのようなコンテクストから生み出されたのかが把握できる。シェーンベルクの弦楽四重奏曲のような晦渋な作品をまとめて聴取する機会もそうはあるまいが、むろん録音物でそれを行うことは可能ではあるにせよ、実演で生身の演奏者の身振りと共に接する「生音」の説得力には及ぶべくもない。東京・春・音楽祭の企画陣およびディオティマSQのコンセプチュアルなアイデア、そして献身的な演奏に敬意を表して。

★参考レビュー
ディオティマ弦楽四重奏団 シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会|藤原聡

 

【同率2位】
この演奏会のレビューをこんな一文で始めた。
「年明け早々、今年の年間企画賞候補に出会ってしまった。」
予言したつもりはなかったが、素直に書いた言葉が見事に当たってしまった。
バロック音楽、とくにフランス・バロックにある程度通じている人ならば、シャルパンティエの名前くらいは知っていても、牧歌劇《花咲ける芸術》をよく知っているという人はそれほど多くはないだろう。そこにフランソワ・クープランやジャケ・ド・ラ・ゲールなど同時代の作品を組み合わせて、全体として1つの作品であるかのように仕立て上げたプログラミングが見事だった。
いわゆる古楽の演奏家にはプログラミングの名手が多く、なるほどと唸る演奏会が数々あるが、その中でも群を抜いており、演奏者全員がこのコンセプトに共感を寄せ、思いを共有していたことが演奏のレベルの高さによって裏づけられた。
このレビューを書いたときよりも世界はさらに混迷の度を増している。「平和」という言葉にここまで心を奪われるような世の中でなくなることを祈りたい。

★参考レビュー
マルカントワーヌ・シャルパンティエ 牧歌劇《花咲ける芸術》|大河内文恵

 

【3位】
アメリカの海軍士官ピンカートンと日本の芸者蝶々さんとの結婚と、それによる悲劇を描いたプッチーニの《蝶々夫人》。宮本亞門ならではの視点による演出には圧倒されずにはいられない。
今際の際にあるピンカートンが、蝶々夫人との間にできた息子に対し、母親についての物語を語るという設定で、成人した息子の目線から話が進んでいく。詳細はレビューを参照されたいが、単なる「悲劇」としては終わらせず、ピンカートンと蝶々夫人、そして息子それぞれの立場から、この物語が愛へと昇華される点は見事であろう。
「作品」というものに如何に向き合うか、独自の視座で捉え直す可能性、およびそのような試みを行う意義などについても、考えさせられる公演であった。

★参考レビュー
東京二期会オペラ劇場公演 プッチーニ:《蝶々夫人》|藤堂清
東京二期会オペラ劇場《蝶々夫人》| 岸野羽衣

(2024/12/15)