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Trio Rizzle meets イリア・グリンゴルツ|齋藤俊夫

Trio Rizzle meets イリア・グリンゴルツ
Trio Rizzle meets Ilya Gringolts

2024年2月16日 トッパンホール
2024/2/16 TOPPAN HALL
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール

<演奏>        →foreign language
トリオ・リズル
  ヴァイオリン:毛利文香
  ヴィオラ:田原綾子
  チェロ:笹沼樹
ヴァイオリン:イリア・グリンゴルツ(*)

<曲目>
シューベルト弦楽三重奏曲第2番変ロ長調D581
ヴェレシュ:弦楽三重奏曲
シルヴェストロフ:弦楽四重奏曲第1番(*)
プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第2番ヘ長調Op.92『カバルダの主題による』(*)

 

シューベルト弦楽三重奏曲第2番、第1楽章、なんと優しく温かい調べであろうか。シューベルトのヒューマニティが息づいている。音「楽」の名前の通り、第2楽章の少しおどけた楽しい風情に心動かされない人間がいようか。束の間、短調に移調してもすぐに長調の温かさに包まれる。第3楽章、古典派的な秩序の中に宿る感興。第4楽章はまさにハイドン的端正かつ厳密な音楽の中にシューベルトの「花」が潜む。これほど音楽で安らいだのは久しぶりだ。

ヴェレシュ弦楽三重奏曲、第1楽章冒頭の這いずるような調べには微分音が混じってはいなかっただろうか? 不気味な和声進行に基づいて3人で動いて、いや、蠢いて、こちらの全身が冷たいもので撫で回されるような心地がする。虚無的な旋律による対位法に絡まれると視界に入るもの全てから色が失われていくようだ。3人下行ディミヌエンドのちヴァイオリンが独り歌って3人のピチカートで了。
第2楽章は思弁的な第1楽章とは打って変わって肉体的な楽章。リズミカルな擦弦とピチカートと楽器を手で叩くタップが荒々しく高揚していく。しかし肉体的ではあっても健康的な喜びはない。ピチカートとタップの無機質な音は吉兆ではなく凶兆だ。嵐が吹き荒れ、それが一旦収まったと思えば全員が断片を積み上げ、合体して同音連奏からピチカート、そしてタップ、ピチカートで了。うぬぬ、ヴェレシュとそれを見事に解釈するトリオ・リズルに皆目の揺るぎなし。

後半はファーストヴァイオリンにイリア・グリンゴルツが加わっての四重奏曲が2つ。しかしグリンゴルツがゲストだとは全く思えない4人の堅い結束で、聴いていてなんの違和感もないどころか感銘を受けることしきり。

シルヴェストロフ弦楽四重奏曲第1番、4人とも楽器にミュートを付けていたように見えたが詳細はわからず、とにかくとても小さく響きを抑制した音で至極ゆっくりとした旋律が絡み合う。それが時間とともに徐々に歪んでいき、ある時はヴァイオリンが、ある時はヴィオラが、苦しみの歌を孤独にうたう。不穏な静謐の後、4人がバランスを崩し、一挙に破滅的な強い楽想を奏でる。やがて静かに祈るような調べが、または悲しみを強く訴える調べが奏でられ、静寂の中に会場の皆が呑まれ、終曲する。どうしてもウクライナ戦争と絡めて思わざるを得ないが――なによりシルヴェストロフはウクライナの作曲家なのだし――音楽とは、祈りとは、人間とは、といった素朴だが根源的な問いかけをしてくる曲、演奏に思えた。

プロコフィエフ弦楽四重奏曲第2番『カバルダの主題による』第1楽章、冒頭の民俗的な旋律が機械的な展開を見せる、少々伊福部昭をも思わせる重いとも軽いとも言える楽想。随所にプロコフィエフ節が聴こえてきて愉快愉快。とか思ってたらグリンゴルツの1stヴァイオリンが鬼気迫る!? いや、やはり目出度い。
第2楽章、印象派風朦朧体だがエッジが効いている。グリンゴルツの鋭い音と伍しているトリオ・リズル、まるで古い馴染みの4人のようだ。そう思うと一音一音の太さ鋭さが皆完璧な4人の室内楽の妙技にどこか懐かしさを感じさせられる。とても昔に聴いたことのある音楽のような……。
東欧的舞曲の第3楽章、音の強弱とテンポ、拍子、主題が目まぐるしく交代していく。のどかな楽想と悲痛な楽想が脈絡なく(筆者にはそう聴こえた)繋がり、中間部チェロからグリンゴルツのヴァイオリンによってうたわれる歌の悲しさに、奏者4人がシルヴェストロフと同じくウクライナ人であったプロコフィエフに託した現代の悲しみを感じずにはいられなかった。最終的に陽性のプロコフィエフ節で見事!に終わる。

室内楽に求められる〈親密さ〉を作り上げる〈協和の耳〉とでも言うべきものを持った4人の演奏による約2時間、実に贅沢なものであった。4人のさらなる活躍を期待し、祈り、信じたい。

(2024/3/15)

関連評|イリア・グリンゴルツ――無伴奏|齋藤俊夫
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<players>
Trio Rizzle
 Vn: Fumika Mohri
 Va: Ayako Tahara
 Vc: Tatsuki Sasanuma
Vn: Ilya Gringolts(*)

<pieces>
Schubert: Trio für Violine, Viola und Violoncello Nr.2 B-Dur D581
Veress: Trio per archi
Silvestrov: Streichquartett Nr.1(*)
Prokofiev: String Quartet No.2 in F major Op.92 “On Kabardinian Themes”(*)