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特別企画|コロナと音楽活動|藤堂清  

コロナと音楽活動
Music under COVID19  

Text by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)  

コロナ禍の中での音楽活動の話題から始めよう。 

◆コンセルトヘボウでのコンサート
3月8日にアムステルダム・コンセルトヘボウでバッハの《ヨハネ受難曲》を演奏したAmsterdams Gemengd Koor(1928年設立のアマチュア合唱団)に起こったこと。オランダは3月15日からロックダウンされており、また会場のコンセルトヘボウはそれより早く11日から閉鎖されている。復活祭の前後に受難曲を演奏することはこの国では習慣となっているが、今年はコロナウイルスの感染拡大のため大部分が中止された。しかし、この日彼らは当初の計画どおりコンサートを行った。2月末のリハーサルからコンサートまでの段階では、同時期のイタリアでの感染爆発はオランダではまだ対岸の火事であった。しかしコンサートの後、次々と団員の感染が判明、演奏に加わっていた130人のうち約100名が治療をうけることとなった。その中には指揮者やソリストも含まれている。団員1人と団員から移された家族3名が亡くなった。
合唱団の中での感染のひろがりは日本国内でも報告されている。歌っているときの飛沫によるものと考えられている。 

◆ベルリン・フィルのヨーロッパ・コンサート
ベルリン・フィルハーモニーの舞台上に並んだのは、15名以下の奏者、歌手、そして指揮者キリル・ペトレンコ。椅子は3メートルほどの間隔をとって置かれ、メンバーは互いの距離を保ちながら行動する。観客席に人はいない。
5月1日、ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラの創立を記念して毎年行われているヨーロッパ・コンサート、今年はテル・アヴィヴでの開催が予定されていたが、コロナウイルスの感染拡大の影響でイスラエルへのツァーは中止となり、本拠地で行われた。曲目も変更され、マーラーの交響曲第4番のシュタイン編曲による室内楽編成版がメインプログラム。ペルトなど他の曲も大きめの室内楽といった選曲。奏者のあいだの距離を考えると、指揮者抜きではたいへんだったかもしれない。演奏者の感染防止のためには不可欠な対処だったであろう。 

◆国内での無観客演奏とネット配信
先月の本誌記事、びわ湖ホールの《神々の黄昏》およびオーケストラのネット配信にあるように、3月中は観客への感染を防止することを中心に考え、無観客で演奏を行い、それをインターネットで配信するという試みが行われた。4月になると政府からの緊急事態宣言もあり、また演奏者間の感染のリスクも考慮されるようになって、無観客での演奏のFM生放送、映像収録を予定していたNHK交響楽団定期公演も中止された。 

コンサートを行うためにはかなりの準備期間が必要である。曲目や演奏者の選定、会場の確保、広告や広報、チケットの販売、リハーサルなどの音楽面の準備。オペラではさらに演出や舞台の作成も必要となる。それぞれの場面で多くの人が関与することになる。
演奏者自身のリスクだけでなく、その周辺の人々の感染の可能性も考えられなければならない。
4月以降の音楽イベントの中止、延期は感染のひろがりを考えればやむを得ない判断であった。出演する外来メンバーがすでに来日し、リハーサルも進んでいたのに中止に追い込まれたオペラ公演も複数あった。 

◆コンサートはどうなる
音楽を以前のようにコンサートホールで聴くことができなくなって2カ月以上がすぎた。

感染拡大のスピードは、国民の自発的な自粛により抑えられてきた。多くの県では、県外からの流入を抑えれば、一定程度、活動を再開することが可能だろう。
政府が5月4日に改定した「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」では、「催物(イベント等)の開催制限」として以下のように書かれている。 

特定警戒都道府県以外の特定都道府県は、基本的対処方針において示されているように、感染防止対策を講じた上での比較的少人数のイベント等については、地域の感染状況等も踏まえて、イベントの制限の解除も含めた適切な対応を検討すること。 

具体的には、参加人数が最大でも50人程度、歌唱を伴わない演奏会などは可とする。さらに人と人との間隔はできるだけ2mということで、四方を空けた席配置とすることを求めている。 

◆聴衆の感染を防ぐために
これを受けてであろうか、神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2020では、「密集を避けるため、原則隣席を空けた座席配置となります。隣りあわせでの購入はできません」とする。つまり、チケットが完売となっても空席が半分という状況。もっとも開催予定の10月までに、特定警戒都道府県に指定されていた地域で県民ホールで行われる大規模なイベントが可能とされているかは見通せない。しかし、緊急事態宣言が解除されていれば、政府の出す指針には強制力はなく、主催者と聴衆がリスクをどう考えるかということになる。
また、もし感染者が出た場合その近傍の席の人を明らかにし、濃厚接触者として扱う必要や、出席者への告知など個人情報に関わる義務が生じる可能性がある。 

開催する側にとっては感染の不安以外に、販売可能な席数が減ることによる収益面も問題となる。
社会的距離をどうとるかで売り出せるチケットの数も変わる。上に挙げた県民ホールの例では半数であるが、この場合ななめ前の席までの距離が最短となり、1mあるかないか。
ボストン・シンフォニーホールを使った想定では、一列おき、隣席との間は空席2つとしており、それによりほぼ1.8mの客どうしの距離をとることができるとしている。この場合は、販売可能な席数は5分の1以下となってしまう。 

◆演奏活動の再開?創出?
それでは、どういった基準で演奏活動が再開できるようになるだろう。
国会に招致された専門家会議の副座長尾身氏の答弁のように現在報告されている感染者は実際の数十分の1ということであれば、把握できていないところからの感染拡大の可能性は否定できず、年単位でこのウイルスと付き合う覚悟が必要となる。その感染力はあなどれない。
だからといって諦めてしまったら、なにも動かない。
演奏者側からは、それぞれの家に居ながらインターネットを利用して、合奏、合唱している動画が数多く公開されている。見る側も演奏する喜びを感じ取ることができる。このような技術を用いた新しい取り組みは、会場で体に感じる音の響きとは異なるが、映像などと組み合わせることで、今までになかったようなシーンを作り出すこともできるだろう。
一方で、従来のコンサートに近い形の復活も目指したい。東京、大阪といった大都市ではまだ時間がかかるだろうが、地方都市で、ピアノ・ソロ、ヴァイオリンとピアノといった小規模の器楽のコンサート、聴衆50人規模のものを企画し、可能性を示してくれることを期待したい。
一番ハードルが高いのは、オペラ、オーケストラといった多人数による音楽だろう。少人数で上演できる室内オペラを出発点としていくのが現実的だろうか。
オペラ・ファンとしては、メトロポリタン歌劇場バイエルン州立歌劇場、そして新国立劇場などが巣ごもり用に提供してくれる過去の公演の映像を見ながら、しばらく待つことにしよう。 

◆演奏家を支える
最後に、音楽愛好家には演奏家への支援を求めたい。政府からの具体策がない以上、演奏家とくにフリーランスの立場の人々が集まり、寄付を集める仕組みが受け皿としてあるとよいだろう。税金の寄付控除を可能とするような枠組みを要望したい。オーケストラのような団体はすでにそのような仕組みをもっているところもあるが、それでもコンサート収入抜きで組織を維持するのは大変むずかしい
活動の再開も業種・業態ごとに順序づけされていくことだろう。音楽を少しでも上位にもっていくための工夫が求められる。 

(2020/5/15)