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ユリシーズ弦楽四重奏団 アメイジング・ストリングス | 谷口昭弘

一柳慧プロデュース
ユリシーズ弦楽四重奏団 アメイジング・ストリングス
スペシャル・コンサート with フレンズ

2017年6月17日 神奈川県民ホール 小ホール
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ユリシーズ弦楽四重奏団
大山平一郎(ヴィオラ)
飯野明日香(ピアノ)

<曲目>
クリストフ・スターク:《ウィンター・ミュージック》
ベートーヴェン:弦楽五重奏曲ハ長調作品29
(休憩)
一柳慧:弦楽四重奏団第2番《インタースペース》より第3楽章
ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲ト短調作品57
<アンコール>
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第10番作品118より第2楽章

 

ユリシーズ弦楽四重奏団は、2015年の夏、アメリカ、カナダ、台湾出身の奏者が集まりニューヨークで結成された新進気鋭のグループだ。活動歴こそ浅いが、結成からわずか1年の2016年には、インディアナ州で開催された全米規模のフィショフ室内楽コンクールでグランプリと金メダルを同時に獲得し、一躍脚光を浴びることになった。その翌年の17年には大阪国際室内楽コンクールでも第2位を受賞している。神奈川県民ホールで行われた今回の公演は一柳慧プロデュースによるもので、ユリシーズ弦楽四重奏団の日本デビューということになる。
そのユリシーズ弦楽四重奏団のグループ名だが、これはギリシャ神話の英雄オデッセイウス(英語でユリシーズ)に発想を得ており、ユリシーズが広い世界を旅したように国際的な活躍を視野に入れつつ、レパートリーも幅広い視点で取り組んでいくことを織り込んでいるようだ。
今回の初来日でも6月11日の公演では幼い頃のスティーヴ・ライヒの旅を題材にした《ディファレント・トレインズ》が演奏されており、筆者が聴いた17日の公演では、様々な国の作曲家の作品が取り上げられている。

17日の公演では、まずアメリカの作曲家クリストファー・スタークの《ウィンター・ミュージック》が演奏された。冒頭から静けさの中にノスタルジックな装いで和音がうっすらと聴こえ、美しい協和音を根本としつつも、かすれる音、きしむ音、ハーモニクスの透明な音など、20世紀的な技法もまぶされている。描写的ではないが、新しい技法による先鋭的な響きは、作品のタイトルから広まるイマジネーションの中に自然と収斂されていく。
近年のアメリカ作品には、こういった調性音楽を基礎としつつ時々の不協和音や新奇な音を作品表現の中に織り込もうとする意志の感じられる作品が多い。ユリシーズ弦楽四重奏団による演奏は、終始緊迫感を保つ一方で音楽を一緒に作り上げる暖かさも感じられた。

続いて演奏されたベートーヴェンの《弦楽五重奏曲》の第1楽章は奏者どうしの機敏な反応が作品の緊張を緩めない。それは展開部における大きな盛り上がりへとつながっていく。再現部では第2主題をじっくりと聴かせるが、はち切れるようなコーダへの持続力はしっかりと残されていた。
第1ヴァイオリンのクリスティーナ・ブーイによる喜びに溢れた旋律に浸る第2楽章だが、後半部分はスケールの大きい緩徐楽章を作った型破りなベートーヴェンらしさが溢れ、聴き手を楽しませた。各奏者が音楽を邁進させた第3楽章に続き、オペラ的要素をぶちこんだ第4楽章では、弦楽四重奏の可能性を十全に活かした鳴りの良さに聴き手は呑み込まれた。本当に凄みのある音だった。

後半は一柳慧の《インタースペース》第3楽章から。アルペジオに乗せて、悩ましげな旋律が滔々と奏され、そこには懐かしささえ感じた。様々な楽想の対話があり、じっくりと語り合ううちにアンサンブルが一つになり、やがて沈黙へと同化していく。

ショスタコーヴィチの《ピアノ五重奏曲》では、ホール中に響くセンセーショナルな飯野明日香のピアノに、ユリシーズ弦楽四重奏団がはちきれんばかりの響きで応える。第1楽章にはリリカルな側面を残しつつ、この豪勢なアンサンブルに体が縛り付けられた。第2楽章のフーガでは折り重なる光の綾がやがて薄くくすみ、色が固定され、枯れていく過程を聴いた。光の当たらない空間での心の高まりも、そこにはあった。単純な狂気とはいえない不思議な楽天主義の第3楽章に続き、第4楽章は中庸のテンポによる哀歌といったところか。険しい道の中で、輝かしいヴァイオリンの響きが余韻を残していた。

神奈川県民ホールの小ホールの空間から飛び出しそうな力強さを持ちつつも、聴衆との緊密な距離でのアンサンブルに精緻さもあった。室内楽の分野では、近年個性の際立ったグループが次々と現れていると聞くが、ユリシーズ弦楽四重奏団も、その例外ではなく、聴き慣れたつもりの作品にも新鮮な驚きがあり、またこの公演ではプログラム構成にも特色があった。今後、このグループがどのような展開をするのか、どのようなイメージを作り上げていくのか、そんな彼らの動向が楽しみになるような公演だった。