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Just Composed 2024 in Yokohama - 現代作曲家シリーズ - 究極の時間、究極の空間|齋藤俊夫

Just Composed 2024 in Yokohama - 現代作曲家シリーズ -究極の時間、究極の空間 - チェロとエレクトロニクスによる技巧と音響の探求
Just Composed 2024 in Yokohama -Contemporary Composer Series-

2024年3月2日 横浜みなとみらいホール 小ホール
2024/3/2 Yokohama Minatomirai Hall Small Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by ©藤本史昭

<演奏>        →foreign language
チェロ:山澤慧
エレクトロニクス:有馬純寿(*)
エレクトロニクス:北爪裕道(**)

<曲目>
渡辺愛:『Unimaginary Landscape』(Just Composed 2012委嘱作品)(*)
リチャード・バレット:『Blattwerk』(1998-2002)(*)
北爪裕道:『Vector Field』(Just Composed 2024委嘱作品・初演)(**)
ブライアン・ファーニホウ:『Time and Motion Study II』(1973-76)(*)
(アンコール)カイヤ・サーリアホ:『プレ』より第2楽章(*)

 

〈現代音楽〉の〈戦後〉の始まりと時を同じくして発明・開発・探求された電子音楽、そこには既に70年もの伝統とも言うべきものが存在する。おそらく冨田勲を分水嶺とする電子音楽の一般化・大衆化に与しなかった、前衛音楽の流れを固持する電子音楽は今やいっそ伝統的と言えよう。「現代音楽系の電子音楽」と言って何となく通じてしまう音のあり様を伝統として引き継ぎつつもどんな新しい音楽がそこで為しえるというのか。とにかく実地で体験せねば、と不安交じりだがウキウキと会場に向かった。

渡辺愛『Unimaginary Landscape』、雨?川?海?とにかく水の音らしい……そこに街の雑踏が重なり、その音の場に山澤のチェロが出現し、さらにその音場とチェロの音が電子的操作で変貌する。チェロはいわゆる古典的あるいはロマン派的旋律を奏でたり、激しく擦弦するのをライブで変調したり、エレクトロニクスは鳥の鳴き声を発したり、様々な録音を重ね合わせて流したりと、一つ所に留まらない音響世界は作曲者のプログラムノーツにある「リアルと虚構のあわいを旅」しているよう。どこか懐かしい異界をさまようような得難い聴体験であった。

しかし渡辺作品の「懐かしさ」は次のバレット『Blattwerk』以降の作品たちによって思い切り覆される。「お前たちが何をやっているのか全くわからないようでわかるかもしれないけど多分やっぱりわかってないんだけどとにかくスゴイ」という事態に落ち込みチェロ&エレクトロニクスの迷宮にハマってしまった以降の記述は甚だ無責任ながら「わかっていないようでわかっていたのかもしれない」という前提のもとに読み進めていただきたい。

バレット作品、冒頭からチェロが左手で弦を縦に擦りながらギュイギュイと擦弦する。その後も弦と楽器を擦り、引っ掻き、つねり、はじき、叩く。いかにも新しい複雑性の音楽といった感、大きく、正直何をやっているのかわからないが求心力が凄い。電子的操作でライブ・エレクトロニクス(だと思う)によって会場の八方から時間差を置いてチェロの音が迫り、聴いていてこちらの時空間の感覚が変容する。さらにさらに電子音とチェロの即興の轟音が響き渡り、もうこうなると我慢比べというか、お前たちのやりたいことを好きな限り為せ、俺は全部聴いてやる、といった仁義の世界に入ってしまい、じっとりと汗ばみつつじっくりと最後まで傾聴した。

北爪裕道『Vector Field』、ピチカートやスピッカートの一音一音を電子的に変調してこれまた何が何だかわからない異次元の門を開く。山澤が弾くチェロをエレクトロニクスが先回りしたり、後を追ったり、とお互いに関係を保ちつつ音が会場を飛び交い、それらの音群が一体になるのを拒絶しているようで、バレット作品よりもカオス度合いは小さく、どこかに秩序が感じられるが……やっぱりこちらの聴取力・分析力の域を越えている。また、演奏後の池辺晋一郎・山澤・北爪のトークで判明したのだが、実はこの作品ではライブ・エレクトロニクスはほとんど使われていなかったとのこと。では山澤は孤独に録音と戦っていたと言うのか! なんと残酷な!

最後を飾ったファーニホウの大怪作『Time and Motion Study II』、両手での必死なピチカート連打が電子的に変調される冒頭でもう「ああ、ファーニホウの新しい複雑性の音楽だ」と思わされる。一瞬前と一瞬後の脈絡が全くわからない超絶的に断片化された音の群れは音を理解することを徹底的に拒絶する。理解と拒絶の我慢比べの様相を呈してきたところで山澤が「Haaaaaa!」「Ugaaaaaa!」「zzzzzzzzz!」「Bushshshshshshsh!」等々のこれまた意味のわからないというより元より意味のないであろう唸り声を吐き出し始める。会場中に自分たちが何をやっているのか理解できた人間はいたのであろうか? 作曲―演奏―聴取の全てのプロセスで複製、共有、共生を不可能とし、生の音楽体験をグイグイと押し付けてくるその残虐さ! 超低音の特殊奏法で終曲した時の安堵と充実感もまた複製、共有、共生不可能。

アンコールのサーリアホ『プレ』より第2楽章の躍動感にホッとしつつ、筆者は今回のバレット、北爪、ファーニホウらの電子音楽のむごたらしさと一体となった言いようのない魅力を噛み締めていた。このような音楽を求めてしまうのは現代音楽を生きる者の業である。いくら奇異の目で見られようとも業を背負うものたちはこれから逃れることはできない。もっと残酷に、もっともっと残虐に、それが現代音楽というものなのだから!

(2024/4/15)

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<players>
Cello: Kei YAMAZAWA
Electronics: Sumihisa ARIMA(*)
Electronics: Hiromichi KITAZUME(**)

<Pieces>
Ai WATANABE: Unimaginary Landscape (Commission work for “Just Composed 2012”)(*)
Richard BARRETT: Blattwerk(1998-2002)(*)
Hiromichi KITAZUME: Vector Field (Commission work for “Just Composed 2024”,Premiere)(**)
Brian FERNEYHOUGH: Time and Motion Study II(1973-76)(*)
(Encore)Kaija SAARIAHO: 2nd movement from “Pres” (*)