Pick Up (2023/8/15) |新作オペラ「アニオー姫」日本プレミア公演記者発表会|加納遥香
日越外交関係樹立 50 周年記念・新作オペラ「アニオー姫」日本プレミア公演記者発表会
Họp báo công bố Buổi diễn ra mắt tại Nhật Bản, vở opera “Công nữ Anio” – Kỷ niệm 50 năm thiết lập quan hệ ngoại giao Việt Nam và Nhật Bản
Press Conference for the Japanese Premiere of “Princess Anio” – Commemorating the 50th Anniversary of the Establishment of Diplomatic Relations between Japan and Vietnam
2023年7月11日 TRUNK HOTEL MORI(東京都渋谷区)
Ngày 11 Tháng 7 Năm 2023 TRUNK HOTEL MORI(Shibuya, TOKYO)
2023/7/11 TRUNK HOTEL MORI(Shibuya, TOKYO)
Text by 加納遥香(KANOH, Haruka):Guest
写真提供 :「アニオー姫」実行委員会
日本とベトナムの外交関係樹立50周年記念事業として、両国の合同で新作オペラ《アニオー姫》(全4幕)が制作されている。2023年9月22日から3夜連続でベトナムの首都ハノイで世界初演したのちに、11月4日に昭和女子大学人見記念講堂で日本初演される。日本公演について7月11日に東京渋谷で開催された記者発表会には、音楽専門誌から一般紙まで、幅広いメディアの記者が集まった。
記者発表会冒頭ではファム・クアン・ヒエウ駐日ベトナム特命全権大使、山田滝雄駐ベトナム日本国特命全権大使(ビデオ参加)、プロジェクト総監督の本名徹次ベトナム国立交響楽団首席指揮者兼芸術監督からの挨拶があり、それに続いて、主演キャスト紹介動画の放映、歌唱披露が行われた。
質疑応答では、作品や上演に関する基本的情報からベトナムの音楽事情、日越の友好の歴史に関することまで幅広いトピックが取りあげられ、最後に写真撮影が行われた。
以下では記者発表会の内容について、筆者の観点から再構成して報告する。なお、本記者発表会の全容はアニオー姫実行委員会Youtube公式ページより視聴できる。また、このプロジェクトの詳細についてはプロジェクトのウェブサイト、および拙稿「文化がつくる日越関係:新作オペラ《アニオー姫》に寄せて」、「新作オペラ「アニオー姫」主要キャスト記者発表会」を参照されたい。
歌唱披露では、ベトナムから訪日中のソプラノ歌手ダオ・トー・ロアン氏とブイ・ティ・チャン氏と日本のテノール歌手小堀勇介氏が作中の作品を披露した。1曲目はロアン氏と小堀氏による第2幕の〈星影の舟〉である。《アニオー姫》は朱印船貿易時代のベトナム中部の広南国と日本の長崎を舞台とした、広南国王の娘の玉華姫(アニオー姫)と長崎の商人荒木宗太郎の恋物語であり、第2幕では、10年前に難破船で出会った2人が広南の地で再会を果たす。このデュエットでは、星空の下で奇跡的な再会と互いの運命を確かめあう。
その後広南国王の許しを得て結婚した2人は、長崎で暮らして娘を授かるが、第3幕では江戸幕府の鎖国によりアニオー姫が故郷と引き離されてしまう。その悲しみを歌うのが〈一絃琴のアリア〉であり、記者発表会ではチャン氏が歌いあげた。なお一絃琴とはダンバウと呼ばれるベトナムの伝統的な楽器の一つであり、本名氏によれば、実際の公演では作中で「一絃琴らしい音が聴けるはず」とのことである。
衣装について、ロアン氏とチャン氏はベトナムの伝統的な衣装であるアオザイ、小堀氏は和装姿で現れたが、記者の質問に対する演出家の大山大輔氏の回答を通して、実際の舞台衣装の一部が明かされた。コスチューム・アーティストひびのこずえ氏が、日本は四角、ベトナムは丸をテーマとしてデザインしており、「歴史考証を基礎において現代のファンタジーに昇華する」という。この情報では、どのような衣装になるのかまったく想像がつかない。現時点で筆者は、史実に基づく創作の物語であると言われるこの作品において、衣装が、史実か否かという視点ではなく、史実と虚構の壁を取りはらった世界へと観客を導く仕掛けのひとつになるのだろうか、などと想像をめぐらせている。
さて、物語や音楽、衣装や舞台美術も大変楽しみであるが、それに加え、日本のオペラ歌手がベトナム語で歌う、というところにこのオペラの見所のひとつがあることは間違いない。大山氏によれば、この作品は「両国の言葉が割と均等に出てくるような、世界でもめずらしいオペラになると思います」とのことだ。難破船の上を舞台とする第1幕は主に日本語、広南国を舞台とする第2幕は主にベトナム語、長崎を舞台とする第3・4幕ではベトナム語をベースとしつつ、日本人同士(長崎奉行と宗太郎など)のやりとりは日本語で行われるという。つまり日本人歌手はベトナム語でも、ベトナム人歌手は日本語でも歌わなければならない。
日越交流事業として実施された2015年の沼尻竜典作《竹取物語》ハノイ初演では、ベトナムのオペラ歌手たちが日本語で歌っており、筆者の印象にも強く残っている。一方、ベトナム語を話せる日本人は少なくないとはいえ、ヨーロッパを本場とするオペラの歌手が、アジアのマイナー言語でオペラを歌う場面がこれまでにどれほどあっただろうか。
日本語を母国語にする者にとってのベトナム語は、学びやすい部分もある。たとえばラテン文字を使用しているため、特殊な記号を用いるとはいえ、文字をゼロから学ぶ必要はない。また、日本語と同じく歴史的に中国の影響を受けており、中国語由来の単語(漢越語)は日本人にとって覚えたり類推したりしやすい。
一方、歌う際に読み書きよりずっと重要になる発音は、極めて難しい。デュエットをベトナム語で歌い上げた小堀氏は、記者からの質問に対し、ベトナム語の声調、母音、子音を具体的に説明しながらその難しさを語った1)。日本語とは全く異なる発音の言語で歌うにあたり、小堀氏はまず、ハノイ出身で日本在住のポップス歌手の方から、マンツーマンで読み合わせをしたり歌いまわしのアドバイスを受けたりして、その後、ベトナムではソプラノ歌手の2人よりさらに指導を受け、記者発表会に臨んだという。この道のりは極めて大変なものであったことは想像に難くなく、筆者はとても感動した。本番の舞台で、小堀氏をはじめ、日本の歌手たちがベトナム語で歌う姿に出会えるのが楽しみである。
ハノイ初演まであと1ヶ月強。詳細はこれから詰めていく部分も多いようだ。また、記者発表会に先立って、ロアン氏とチャン氏は長崎、そして荒木宗太郎とアニオー姫のお墓を訪れ、ロアン氏によれば、理由はわからないがお墓の前で2人とも涙を流してしまったという。歴史の出来事を肌で感じ、同時に現代に生きる人同士が交流しながら、公演の準備が着々と進められている。9月のハノイ、11月の東京で、観客はどのような舞台を目にし、どのような音楽を耳にできるのか、演者たちのどのような歌声、表情、感情に触れることができるのか。実際に公演に足を運んでこれらを確かめようと思う。
1)ベトナム語の発音について参考書(五味政信『ベトナム語レッスン初級1』スリーネットワーク、2005年)を参照しながら説明すると、まず、ベトナム語の特徴の1つは声調である。標準語とされる北部弁には6つの声調があり(a, á, à, ả, ã, ạ)、上昇下降の抑揚により単語の意味が異なる(たとえば「bán」は「売る」、「bạn」は「友達」の意)。また、母音は全11種類、「a」だけでも「a」「ă」「â」と3種類、さらに「ưa」「ươ」というように2つ重ねる二重母音もあり、それぞれ発音が異なる。子音については語頭にくるものが27つ、語末にくるものが8つある。さらに「ng」という子音が語末にくる場合、その前の母音が「u」「ô」「o」だった場合は口を閉じる(bóngなど)、それ以外は口を開ける(sángなど)、という違いが生じる。
(2023/8/15)
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加納遥香(Haruka Kanoh)
一橋大学社会学研究科特別研究員。博士(社会学)。専門は地域研究、音楽文化研究、グローバル・スタディーズ等。主な地域はベトナム。修士課程、博士後期課程在籍時にはハノイに滞在し留学、調査研究を実施し、オペラをはじめとする「クラシック音楽」を中心に、芸術と政治経済の関係について領域横断的な研究に取り組んできた。