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三つ目の日記(2023年2月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2023年2月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

午前5時。湯たんぽを抱き夢を見る。さざなみが寄せ、闇にしみこむ。

 

2023年2月2日(木)
下高井戸シネマでアニエス・ヴァルダの『冬の旅』を見る。どういう内容の映画か知らず、ただこの監督の映画を見たいという気持ちで出かけた。原題は『Sans toit ni loi』、直訳で「屋根も法も無い」となっており、慣用表現を含んでいたりするのかどうかわからないが、ともかく邦題とは異なっている。冒頭で結末が示され、そこへの道程が、移動中に出会った人たちからの回想を交えて描かれる。旅の理由、過去のことなどを、この映画の主人公である18歳の女は語らない。上映中、考えごとをしてしまい、はっきりと思い出せないいくつかの場面がある。リュックの中から出された穴の空いた小さな絵画を燃やす場面。道路からすこし高さのある場所で、地面に並べられた数枚の絵葉書の場面。『冬の旅』をもう一度見る機会があるだろうか。この映画体験を通じて、自分に巣食っている差別、傲慢、偏見などの存在を認めざるを得なかった。

 

2月22日(水)
ワン・ビン監督の『死霊魂』第一部を見る。

 

2月23日(木)
『死霊魂』第二部を見る。

 

2月24日(金)
『死霊魂』第三部を見る。

 

2月28日(火)
初めて戸谷森の作品を見たのは2020年9月26日のこと。以後何回か展示に足を運んできて、毎回、なんとも説明のつかない体験を得る。絵にはなにか描かれているようであり、そこに辿り着こうと試みるのだが着かない。試みたことに作品は気づかない。作品に囲まれていながら、自分からはこれらを見ることができていないのではないか、という不安にかられる。それでも執拗に、前面に描かれている様子を言語化してみたり、絵具の様子や平面の形状を視覚でなぞったり、色の感覚が変になるまで眺めたり、それが終わると側面を観察し始めたりなどしていることから、この人は戸谷の作品に関心を抱いていることがうかがえる。
今回の展示では、キャンバスのほか、紙、板に描かれた作品が、1階から2階へと並ぶ。そのさまを、改行したよう、と思ったりする。入口すぐにある同サイズの2点のほかは、ひとつの壁面に1点が配置されている。紙の作品は2点あり、それぞれに広い壁が与えられている。その2点は、小さな紙片の絵がA4かB5サイズくらいの紙に貼られて、ピンで壁に留まっているのであるが、作品サイズは「可変」となっている。どちらも右下隅に同じ年月日が記されている。紙の作品としてはほかに、クリアファイルの中におさめられた多数の作品。それらは縞模様の入ったはがき大の紙に、左右あるいは上下にふたつほぼ同様のものが描かれ、同じ年月日が記され、さらにA4かB5サイズくらいの紙の切れ込みに挟まっていた。このファイルを見ていて、どの絵にも上辺中央近くに小さな穴があいていることに気づいた。制作時、壁に紙をピンで留め描いたのではないかと考えられ、後にそうであることを知る。壁に紙を固定するためであれば、穴をあけない方法もあると思われたが、穴のあくピン留めを選んだということになる。壁に留めて描いたものをファイルして、手の上で見せるというやり方が選択されている。振り返れば、紙に穴のあく方法で展示がなされていたことがかつてもあった気がする。
彼者誰時(かわたれどき)というのがあるらしい。あたりが暗くてそこにいるのが誰なのか判別がつかないような時間、ということ。それが明け方を指すと知れば、来たる朝を待つ時間でもあるだろう。でもそれまでに力尽きてしまうかもしれない。暗がりで見ているような気持ちで、キャンバスに描かれた作品を眺める。無彩色に近い部分にも微かな光は残ったままよどんでいて、目が慣れるとうっすらと色が染み出してくる。暗いからこその問いが生じる。朝の訪れにより、忘れられる光もある。そのようなことを、絵を見ながら考えていたのかもしれない。

 

 

戸谷森 pass by
GALLERY TAGA 2
2023年2月24日〜3月20日
https://gallerytaga2.com/toya-shigeru-2023/
●photo: Akira Matsumoto

(2023/3/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。