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日本フィルハーモニー交響楽団 第711回東京定期演奏会 日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演|大河内文恵

日本フィルハーモニー交響楽団 第711回東京定期演奏会 日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演
Japan Philharmonic Orchestra 711th Subscription Concerts

2019年6月8日 サントリーホール
2019/6/8 Suntory Hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>        →foreign language
ピエタリ・インキネン(指揮)
諏訪内晶子(ヴァイオリン)

<曲目>
湯浅譲二:シベリウス讃―ミッドナイト・サン―
サロネン:ヴァイオリン協奏曲

~ソリスト・アンコール~
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005 より 第3楽章 ラルゴ

~休憩~

シベリウス:組曲《レンミンカイネン》―4つの伝説

 

2019年は、ポーランドとの国交樹立100周年であると同時に、日本・フィンランド外交関係樹立100周年にもあたる。プログラム・ノート(山崎浩太郎)にあるように、日本フィルハーモニー交響楽団の創立メンバーであり初代常任指揮者であった渡邉曉雄はフィンランド人を母として1919年(まさに100年前!)に生まれている。また日本フィルハーモニー交響楽団の第1回東京定期演奏会は1957年04月04日に日比谷公会堂で開催され、メイン曲はシベリウスの交響曲第2番であった。創立時の浅からぬ縁に加え、現在の首席指揮者はフィンランド出身のインキネン。彼だからこそと思われる、よく練られたプログラム。

最初の曲は、湯浅譲二が1990年のシベリウス生誕125年を記念する「シベリウス讃」シリーズの一環として委嘱された作品『シベリウス讃―ミッドナイト・サン―』である。緻密さと構成力のダイナミズムが湯浅作品の醍醐味だが、それが存分に味わえる作品=演奏であった。7分ほどの曲のちょうど真ん中あたりで一瞬音が全部消えたあと、霧の中にいるような気がすると思ったら、その霧は満天の空の星々で、遠くの星雲まで見えるほどのスケール感。倍音列音階のような音の並びや、微分音らしき音程が使われているが、決して奇を衒うのではなく、目も眩むほどの広大な世界観(=宇宙観)と無理なく溶け合っていた。この後に続く世界を予感させる絶妙な選曲。

つづくヴァイオリン協奏曲は指揮者として知られるサロネンの作品。ヘルシンキ生まれの彼は指揮者として活躍するかたわら、作曲活動も続けており、ヴァイオリン協奏曲は代表作の1つ。ヴァイオリン・ソロから始まるこの曲は、演奏全体の印象がヴァイオリニストの出来に大きく左右されるが、諏訪内はソリスト然と自身が目立とうとするのではなく、書かれている音楽に忠実な職人(マイスター)であろうとしていることがよくわかる。

第1楽章の冒頭のように、1つ間違えば練習曲にしか聞こえないような単調な音型の積み重ねが続くときでも、もちろん練習曲には聞こえないばかりか、過度に音楽的にしようとして本来のシャープさを損なうこともない。以前の諏訪内には技術的には完璧でも今一つどこに向かおうとしているのかわかりにくいところがあったが、今回の演奏では、何をやりたいのかがとてもよくわかり、非常に腑に落ちる演奏であった。

そんな諏訪内の音楽をオーケストラも一丸となって支え、ソリストだけが突出するのではない、オーケストラとソリストが横並びで同じ方向に向かって走っているような感じがした。1楽章ではチェレスタが効果的に使われ、3楽章ではドラム・セットと金管楽器が活躍する。諏訪内の音は豊饒な太い音と、細くて繊細な音との差が大きく、表現の幅が広い。これだけの抽斗があれば、小細工は必要ないということか。2楽章最後の部分などはゾクッとした。

ソリスト・アンコールはバッハの無伴奏。諏訪内自身の録音もあるが、そこからさらなる進化が見られた。まるで2人が弾いているかのように2つの旋律が同時進行で進んでいくこの曲は、2本の旋律を弾き分けるのが非常に難しいのだが、本日の諏訪内は2本をきちんと分けるというだけでなく、目を瞑っていたら2人のヴァイオリニストの演奏にしか聞こえないほどの完璧さで両方の旋律を見事に歌わせていた。この演奏を生で聴けた本日の聴衆は高運(≧幸運)である。

休憩後はシベリウスの『レンミンカイネン』。本日の演奏では、出版楽譜の曲順と異なり、初演の際の曲順によっているため、2曲目「トゥオネラの白鳥」と3曲目「トゥオネラのレンミンカイネン」の曲順が逆になっている。出版楽譜でいうと、1曲目と3曲目が15分以上、2曲目と4曲目が10分以内と曲の長さが異なり、出版楽譜の順は長短長短とバランスがよいのだが、初演の曲順だと長長短短となって、いささか前半が重くなりすぎる。

実際には、3曲目の「トゥオネラの白鳥」と4曲目の「レンミンカイネンの帰郷」が短いながらもインパクトが強いので、バランスはまったく気にならなかった。聴きながら、日フィルってこんなに上手いオケだったっけ?と。日フィルに限らず、日本のオーケストラはきちんと弾くけれどつまらないと言われがちである。たしかにそういう面はないとは言わない。しかし天下のベルリン・フィルだって、ロシア物だったらロシアの一流オーケストラには敵わないし、イタリアものだともっさりしてつまらなかったりする。どの国のどの作曲家の作品でも世界一に演奏できるオーケストラなんて存在しないのだから、自分たちの「売り」を意識すればよいだけのことではないのか。

話が逸れた。フィンランドに縁の深い日フィルでフィンランド人のインキネンが振るからこそ、出せる音がある。それを痛感させてくれる演奏だった。1曲目のヴァイオリン・ソロやコントラバスの部分、2曲目以降のチェロ・ソロはとくに素晴らしかった。4曲目のオーボエも。4曲目はいかにもシベリウスらしい民族調の旋律と雄大さを併せ持ち、それが遺憾なく発揮されていたと思う。

最後に演奏とは関係ないが一言だけ。プログラムにはすべての基本情報に欧文が添えられていて、非常に良かったのだが、インターネットのサイトには(おそらく演奏会情報を探すことに特化させているからだろうが)、これからおこなわれるコンサートの情報しかなく、終わった演奏会は英語サイトに出てこない。せめてそのシーズンの演奏会はそのまま残しておいて欲しいと思った。

(2019/7/15)

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<Performers>
Japan Philharmonic Orchestra
Conductor: Pietari INKINEN
Violin: SUWANAI Akiko

<Program>
YUASA Joji: Hommage à Sibelius – The Midnight Sun
Esa-Pekka SALONEN: Concerto for Violin and Orchestra
–Encore–
J.S.BACH: 3rd Mov. Largo(Violin Sonata No. 3 in C Major, BWV 1005)
–Intermission–
Jean SIBELIUS: Suite “Lemminkäinen”