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パリ・東京雑感|人口減少と子供のしあわせ|松浦茂長

人口減少と子供のしあわせ
Demography    Baby Bleus Worldwide

Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

 

今どきアメリカで「結婚する人の割合が減ってきたのは残念」なんて書くと、女性読者の総攻撃を受けるらしい。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニスト、ニコラス・クリストフは、「アメリカの成人の半分は結婚しない。統計によれば結婚と幸福は深い相関関係があるのだし、長い結婚生活を送ってきたロマンティストの私には、悲しいことだ」と書いてしまった。クリストフは、パレスチナに行っても中国に行っても、そこに生きる人の心の中にぐんぐん入り込んで行く、筋金入りのヒューマニストだから、ファンも多いと思うが、このコラムには異議を唱える声が強かった。
寄せられたコメントの中で、一番共感者が多かったのは「結婚は男にとって最高だけれど、妻は何やかや世話する役を押しつけられる。世話してもらう<性>は世話してもらえない<性>より幸せです」というノースカロライナの女性。2000人が<いいね>した。
2番目にたくさん<いいね>を集めたのは「女性の友達と集まると、みんな『二度とごめんだわ』と言う。男ってものは何から何まで世話してやらなければならない。まるで赤ちゃんよ」というコメントである。
男は男で、女に怨みを抱いている。学校で男子は女子より出来が悪く、大学進学率も女性の方が高いので(数年後、男子が一人学位をとるあいだに、女子二人が学位を取るようになるとか)、男性は良い職につけない。「オレが貧乏なのはフェミニズムのせいだ」とひがむようになる。18歳から29歳の男性の45パーセントが性による差別の被害者だと感じているそうだ!

森で男に出会うのと熊に遭遇するのと被害が大きいのはどっち?(TikTok投稿から)

なるほど、若い男が右寄りになる気持も分らなくはない。女性の上昇に不平をつのらせ、憤慨し、トランプのような権威主義的保守ポピュリストに惹きつけられる。グロカリティーズという調査機関が20カ国で若者の意識を調べたところ、女性はますますリベラルに、男性はますます保守化しており、「若い男性層が極右を育む豊かな土壌となる」状況が確認できた。かくて女は左へ、男は右へ別々の道へ向かい、お互い怨恨を抱え続けるテンションの高いジェンダー関係。その光景をのぞく窓としてクリストフはTikTokで爆発的に広まった動画を紹介している。

女たちが森の中で熊に遭遇するのと、男に出会うのとどっちがましか議論する。大方の女性は「熊」を選んだ。

男という動物は熊より害が大きい! 男と女の間にこれほどの深い淵が掘られてしまったら、何が起こるか? クリストフは赤ちゃんが生まれなくなるのを心配する。

両性間の亀裂といえば、何といっても韓国が注目の的だ。韓国では若い男性の80パーセントが性による差別の被害者だと考えているし、2022年の大統領選挙でユン・ソンニョル氏が勝った理由の一つは、反フェミニズムを訴えたためだと言われる。女性の側も、夫が家事を手伝わないと不満をつのらせ、フェミニストたちは、「非恋愛、非結婚、非セックス、非出産」を唱える4B運動をはじめた。こうして韓国の1人の女性が一生の間に生む数は0.7。世界最低になった。(ニコラス・クリストフ『結婚減少、セックス減少、調和減少』ニューヨーク・タイムズ5月29日)

しかし、一国の人口が減る原因解明は一筋縄では行かない。人口の増減には、運命的・神秘的力が働いていて、どんな対策を講じても、流れは変わらないようにさえ見える。かつて、エレーヌ・カレール=ダンコースはソ連を構成する諸民族の人口統計を手がかりに、ソ連崩壊を予言する『崩壊した帝国』を世に出した。いま少子化が止まらない国には、どんな不吉な未来が待っているのだろうか?

折良く、ラジオ・フランスが、「世界のベビー・ブルース」というオシャレなタイトルのシリーズ番組を放送してくれたので、ご紹介しよう。シリーズ1回目は、もちろん「日本」だから、これは省略。第2回は「ロシア」だ。共産主義時代から、子供を持つ母親のために、先進的な手を打ってきたのに、今も人口は減り続け、2050年までに19世紀ロシアの水準に逆戻りするとか……
ロシア女性が一生に産む数(合計特殊出生率)が、1970年代に2.1を下回ったので、80年代に育児休暇がつくられた。北欧に負けない先進性、しかも3年も休める豪華版だが、出生率を上げる効果はなかった。
1991年にソ連が崩壊。男たちがアルコール漬けになったせいか、男性の平均寿命が短くなった。(最低は57.8歳=定年まで生きられない。)ソ連崩壊につづく混乱の中で、ついに人口が減り始める。減少への転回点は1992-93年だ。
99年には、女性一人が一生に生む数が、ロシア史上最低の1.16まで下がる。

2007年、プーチン大統領が奇抜な「母親資本」を打ち出した 。育児手当のようなけちなものではなく、当時のロシア人にとっては巨額、約150万円の「資本」が提供される。この「資本」は、①住宅か②教育か③母親の年金に使わなければならない。
「母親に年金」とはつまり、仕事を辞めて専業主婦へというねらいだろう。退廃した西欧の影響を排し、麗しい伝統的ロシア家庭を守ろうというプーチン思想が、早くも顔を出したわけだ。
ソ連崩壊前のモスクワで暮らして、まず驚いたのが、女性の活躍ぶりだった。左官屋のような力のいる仕事から、トロリーバスの運転手、医者など、いたるところ男と同じように女が働いていたし、女性が安心して働けるように、堂々たる保育園がたくさんあった。こんな共産主義時代のたくましい女性像は捨てられ、子だくさんの伝統的家庭がたたえられる時代へと、ロシアは大転換したのである。

「子供3人」に挑戦しようと呼びかけるロシアのポスター

2010年代になると、古き良き家庭の象徴として、「3人の子」の大キャンペーンがくり広げられる。3人の赤ちゃんを軽々と抱いた若いお母さんのポスターが、地下鉄などにはられた。続いて3人目の子がどんなに優秀かの証拠として、最初に宇宙に行った「ユーリ・ガガーリンは3人目の子だった」、「作家のチェホフも3人目」、さらには外国の偉人まで持ち出して、「ド・ゴールも3人目」、と宣伝するポスターが登場した。
国を挙げての多産キャンペーンの効果は? 女性一人が一生に産む数が1.16という恐ろしい数字からは立ち直ったものの、1. 75程度のさびしい数字で低迷する。あせったプーチンは

ソ連時代の母親英雄勲章

2022年、「3人」からいっきに「10人」に目標を引き上げ、10人産んだロシア女性には「母親英雄」の名誉を与えることにした。「母親英雄」はスターリンが作った制度で、共産主義が終ると「母親英雄」もなくなったのだが、ロシア正教の祝福を受けて、伝統的家庭を守る「英雄」を表彰する制度に生まれ変わったというわけだ。
同じ精神から、7月8日を「愛と家族と貞節の祝日」と決めた。

僕がモスクワで暮らした1990年頃、女性たちは「ときどき中絶した方が体のために良いのよ」と、まるで子宮の掃除でもするような呑気なことを言った。中絶の自由は共産主義の進歩性、無神論的科学性を象徴するソ連の誇りだったのだ。ところが、最近のロシアは、様子が違う。ラジオ・フランスの番組が伝える、ロシア女性の訴えは……

――次から次へと診療所に電話してみたけれど、中絶はもうやらないって、全部断られました。
――産婦人科に行って診てもらって、医者は中絶すると言ったのです。それなのに、先生から電話がかかってきて、「よくよく考えてみたのですが、中絶はあなたの健康にとても悪い。公営の家族計画センターに行って相談してください」と言うのです。

さすがのプーチンも、ロシア社会にしっかり根付いた中絶文化を、法律で一気に禁止するような荒っぽいやり方はしなかった。中絶そのものは合法だが、中絶を奨励すると罰されるというのである。ロシアのような裁判の公平が期待できない国で、「私は奨励しなかった」とどうやって立証できるだろう?「投獄の危険あり」となれば医者が中絶に及び腰になるのは当然だ。

きょう私を殺さなければ、あすあなたを守る

それでも不十分という声が強いらしく、中絶が許される時期を妊娠12週から8週間に短縮するとか、妊婦が胎児の心臓の鼓動を聞くことを義務化するとか、次のステップも検討されている。
ちょっとどぎついポスターも登場した。左側に胎児の写真、右に軍服を着た若者。写真の上には左から右へ「きょう私を守ってくれるなら(私を殺さなければ)」「あすあなたを守れるだろう」というセリフが書いてある。右の人物は少年から青年まで色んなバージョンがあるが、一人の女医をのぞき、すべて軍服。中絶と戦争を結びつけるとは、なんて正直なポスターだろう。戦場でこそ死ぬべきロシアの子を、母の胎内で殺すのは祖国への裏切りだ! 少子化を心配するのは、戦争するのに不都合だから――権力の本音が露骨に表われている。

ラジオ・フランスの番組が3番目に取り上げたのは「イタリア」である。
イタリアでは1976年頃から、専門家が出生率の低さに警鐘を鳴らしていた。
2010年を境に、年々人口が減り続ける、ちょうどソ連崩壊後のロシアのような危機的状況になった。女性一人が一生に生む数は、1.25。日本とほぼ重なるカーブを描いて低い数字を更新している。
でも、クリストフが心配する「非恋愛、非結婚、非セックス、非出産」運動のようなものが出生率を下げたわけではなく、むしろイタリアの若い夫婦の75パーセントは子供を持ちたい、できれば二人持ちたいと願っている。願ってもなかなか赤ちゃんを産めない。一人目の子供を産む年齢が平均32.7歳と、ヨーロッパの中で最も遅い。パリ政治学院のマルク・ラザール教授は、イタリアで自分の子供たちを学校に通わせたが、「お母さん方の年齢が、フランスの学校にくらべずっと上なのに驚いた」と回想している。

なぜ子供を産むのが遅れるのか? 子供を産むと女性は貧乏になるからだという。イタリアでは女性が安定した仕事に就くのは難しい。日本のように不安定な非正規雇用が多いし、女性の就業率は51パーセントと低い。運良く定職に就き、職場での地位をしっかり固めてからでないと、出産はリスクが大きすぎるのだ。
フランスでは60パーセントの赤ちゃんが、結婚していないお母さんから生まれるのに対し、イタリアではまず結婚して、それから赤ちゃんという伝統的順番がまだ守られる。
そのうえ、安アパートで新婚生活を始めても恥ずかしくない日本と違って、イタリアでは圧倒的に持ち家。中国同様、不動産の所有者になるのが家庭を持つ条件である。イタリアの若者は一人前になってもママの庇護の下で暮らす「大きな子供」とからかわれるけれど、家は所有すべしという鉄則があれば、オカネが貯まるまで親の家で暮すしかない。それにイタリアの息子は年取った親を見捨てない。持ち家に引き取って面倒をみようとする。どうやら、うるわしいイタリアの家族愛が、出産を遅らせているようだ。
それにしても、イタリア政府はこれまで少子化対策に取り組まなかったのだろうか?マルク・ラザール教授は、そこにファシズムの影を見ている。

1990年代に、私は人口問題について、歴代政府の責任者に聞いてみました。私が人口政策について質問すると、皆びっくりするのですよ。私たちフランス人は19世紀から人口衰退との闘いに取りつかれているから、当然考えることなのだけれど、彼らには、私の質問の意味が分からない。「あなたの国の人口曲線をご覧なさい、大変なことになりますよ」と説明しても反応なしでした。公的人口政策という考えが存在しないのです。なぜでしょう。それは間違いなくファシズムの体験から来ているのだと思います。ファシズムは出生率を高めるため、女は家庭にいて子供を産むことを奨励しました。戦争をしかけるために、十分な人口を準備するのです。家庭のため、イタリア国家のため、ドゥーチェ(ムッソリーニ)のために子供をつくるのです。

ジョルジャ・メローニ首相

人口政策はファシズム・戦争を連想させるので、人口問題が存在しても見て見ぬふり、正面から取り組むのを避けてきたということなのだろう。しかし、いまは違う。イタリアの首相は、ムッソリーニを讃えたことのあるジョルジャ・メローニである。戦後イタリアではじめて、少子化対策が政治の中心に据えられ、さっそく、病院や家族相談センターなどで、中絶反対の活動家が妊婦に直接働きかけることが許されるようになった。中絶をあきらめさせる説得運動。ロシアと似てきた。

パリの公園を散歩すると、子供が可愛いのでつい見とれてしまう。「フランスの出生率が高い理由はこれじゃないか? 子供が可愛いから産みたくなるのだ。」と勝手に納得したくなる。あの子たちが可愛く見えるのは、しあわせだからに違いない。だとすれば、子供がしあわせに生きられる環境をつくるのが最強の少子化対策だ。少子化対策という言葉には、どうしても戦争の臭いがこびりついているけれども……

(2024/07/15)