モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》全曲演奏シリーズ 第1回「宗教的マドリガーレとミサ曲」|大河内文恵
エクスノーヴォ vol. 19 クラウディオ・モンテヴェルディ
《倫理的・宗教的な森》全曲演奏シリーズ
第1回「宗教的マドリガーレとミサ曲」
2024年6月2日 台東区生涯学習センターミレニアムホール
2024/6/2 Millennium Hall, Taito Ward Lifelong Learning Center
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by ATSUKO ITO (Studio LASP)
/写真提供:一般社団法人エクス・ノーヴォ
<出演> →foreign language
福島康晴(指揮)
阿部早希子(ソプラノ)
大森彩加(ソプラノ)
小林恵(ソプラノ)
木下泰子(メゾ・ソプラノ)
新田壮人(カウンターテナー)
中村康紀(テノール)*
山中志月(テノール)
松井永太郎(バス)
目黒知史(バス)
池田梨枝子(ヴァイリン)
宮崎蓉子(ヴァイオリン)
懸田貴嗣(チェロ)
新妻由加(オルガン)
矢野薫(ハープ、チェンバロ)
佐藤亜紀子(テオルボ)
*前田啓光の体調不良により中村康紀が出演
<曲目>
クラウディオ・モンテヴェルディ:《倫理的・宗教的な森》より
教訓的マドリガーレ〈お聞きの皆様方よ〉
教訓的カンツォネッタ〈陽が姿を現したのは〉
〈人の命は一瞬のきらめき〉
教訓的カンツォン〈私が夢中になることをお望みの方は〉
モンテヴェルディ:《4声のミサ曲と詩篇集》より 聖処女のリタニア(連祷)
~~休憩~~
クラウディオ・モンテヴェルディ:《倫理的・宗教的な森》より
4声のミサ曲 キリエ グローリア
モテット〈永遠の昔より私はいた〉
クレド
〈十字架にかけられ〉
〈そしてよみがえり〉
〈そして再びこの世に来て〉
サンクトゥス
バンキエーリ:聖体奉挙での第3旋法によるトッカータ第1番
モンテヴェルディ:《倫理的・宗教的な森》より
4声のミサ曲 ベネディクトゥス アニュス・デイ
教訓的マドリガーレ〈おお、盲目な人々よ、何たる徒労か〉
~~アンコール~~
モンテヴェルディ:《倫理的・宗教的な森》より
教訓的マドリガーレ〈お聞きの皆様方よ〉
教訓的マドリガーレ〈おお、盲目な人々よ、何たる徒労か〉
古楽アンサンブル エクス・ノーヴォが結成10周年を記念して始めたシリーズの1回目で、モンテヴェルディの《倫理的・宗教的な森》(以下、《森》と略記する)を4回に分けて全曲演奏するというもの。タイトルの堅さから敬遠されるかと思いきや、客席は満席近く埋まり、終演後には静かな感動が広がった。
開演前にエクス・ノーヴォを主宰する福島によっておこなわれたトークでは、この10年間の歩みについて、毎年の定期公演の歴史と運営方法の変遷とを両輪として語られた。いくつかの転機のうちで大きかったのは、2020年にエクス・ノーヴォ室内合唱団から、古楽アンサンブル エクス・ノーヴォに名称を変更したことだろう。折悪しくコロナ禍と重なってしまったが、逆にそれをチャンスととらえてさまざまな試みをおこなってきた。
2022年には法人化し、一般社団法人エクス・ノーヴォとなった。同じ時期に、初めての劇作品の上演をおこない、それは《魂と肉体の劇》、《カインとアベル》、《洗礼者ヨハネ》と続き、多くのファンを獲得した。トークの最後には今後の展望も語られたが、それは最後にふれよう。
《森》は全37曲からなる曲集で、ミサ曲、詩篇、モテット、宗教的マドリガーレなどさまざまな宗教曲がジャンルごとに並べられている。その中から、今回は宗教的マドリガーレ全曲と第7曲のグローリアを除くミサ曲、第11曲のモテットまでが演奏された。演奏会前半は、第1曲を除く、宗教的マドリガーレとモンテヴェルディの没後に出版された曲集の中のリタニア。
歌詞を持つ作品を取り上げる演奏会のプログラムは、最初に全体の曲目解説があり、その後に歌詞の対訳がまとめて掲載されることが多いが、この演奏会では1曲ごとに曲目解説と歌詞対訳が1セットで並べられており、さらに図版も同じところにあるため、あちこちめくりながら確認する必要がない。こうした解説も含めて聴きたい演奏会には非常に有用な方法である。
特に印象に残ったのは4曲目の教訓的カンツォン。新田・山中・松井の3人によって歌われたこの曲は、死→笑→泣と歌詞のテーマが次々と入れ替わり、それが循環するのだが、3人の掛け合いが見事。そこにチャッコーナの明るさが加わることによって、明暗の粒が入り混じった複雑な万華鏡を覗いているかのようだった。
前半最後のリタニアでは、音楽の流れ、区切り方、展開の進み方がスムーズで、作品自体がもつ意図とでもいうべきものが聴き手にしっかり伝わる演奏だった。福島がつくり出す音楽は、作品の内的外的構造を見極め、さらに枠組みだけでなく細かいところまで考え抜かれたものが、きちんと提示される。劇音楽のようにストーリーをもつものは、ストーリーに助けられる部分があるが、今回のような作品の場合、単なる形式という意味ではなくもっと細かい部分まで含めた作品理解がなければ、単に“美しい音楽”にとどまってしまうだろう。
後半のミサ曲では、スクリーンに投影された訳を見ながら聞くことで、ミサ曲ってそういうものだったのか!と発見があった。ミサ曲というのは、ミサの通常文の歌われるものを順に並べているため、歌詞はみな同じである。そのため、ミサ曲を歌ったことのある人なら、歌詞はラテン語のまま覚えてしまっているだろう。
歌詞の意味はおおよそわかっているために、ミサ曲は対訳を見ずに聴くことが多いし、ミサ曲の演奏で字幕がつくことはほとんどない。しかしながら、今回字幕を見ながら聞いたことで、これはキリスト教という宗教を人々に伝えるために作られたのだということが実感として腑に落ちた。
演奏後のトークで、福島がイタリア語の歌詞の強烈なメッセージについて述べ、モンテヴェルディがそうした歌詞を選んでこの曲集を編纂している意図を感じると話していた。宗教的な歌詞の形をしているけれども、そこにメッセージ性が感じられたのはそのためであろう。その意味で、教訓的マドリガーレ〈おお、盲目な人々よ、何たる徒労か〉が最後に演奏されたのは、全員で歌う最後にふさわしい規模の作品というだけでない、エクス・ノーヴォのメッセージを読み取りうる。
ここ2年に上演された劇作品に比べて、地味なプログラムかと思われたが、全体の構成の巧みさと演奏の質が地味さを上回り、充実感につながった。開演前のトークで語られた今後の展望は、定期公演でこれまであまり演奏されていない作曲家のオラトリオの上演、他の芸術とのコラボレーション、バロック・オペラを小劇場で上演すること、モンテヴェルディの《オルフェオ》をそれにふさわしい劇場で上演すること、さらにはCDや動画の制作、東京以外での公演、海外公演など幅広いものであった。今後の活躍を楽しみにしたい。
(2024/7/15)
—————————————
<performers>
EX NOVO early music ensemble:
Yasuharu FUKUSHIMA conductor
Sakiko ABE soprano
Ayaka OMORI soprano
Megumi KOBAYASHI soprano
Yasuko KINOSHITA mezzo soprano
Masato NITTA countertenor
Yasunori NAKAMURA tenor
Shizuki YAMANAKA tenor
Eitaro MATSUI bass
Tomofumi MEGURO bass
Rieko IKEDA violin
Yoko MIYAZAKI violin
Takashi KAKETA violoncello
Yuka NIITSUMA organ
Kaoru YANO harp/cembalo
Akiko SATO theorbo
<program>
Claudio Monteverdi: Selva morale et spirituale:
Voi ch’ascoltate in rime sparse il suono. Madrigale morale a 5 voci & due violini
Spuntava il dì quando la rosa sovra. Canzonetta morale a 3 voci
È questa vita un lampo a 5 voci
Chi vol che m’innamori. Canzon morale a 3 voci & due violini
C. Monteverdi: Messa a quattro voci et salmi
Laetaniae della Beata Vergine a 6v oci
–intermission—
C. Monteverdi:Messa a 4 da capella
Kyrie
Gloria
C. Monteverdi: Ab æterno ordinata sum. Motetto a Voce sola in Basso
C. Monteverdi:Messa a 4 da capella
Credo
Crucifixus, A 4 voci
Et resurrexit. A 2 Soprani o Tenori con due violini
Et interim venturus est. A 3 voci
Adriano Banchieri: Primatoccata del Terzo Tuono Autentico alla l’evasione del Santiss[imo] Sacr[amento]
C. Monteverdi: Selva morale et spirituale:
O ciechi, il tanto affaticar che giova. Madrigale morale a 5 voci & due violini
-encore—
C. Monteverdi: Selva morale et spirituale:
Voi ch’ascoltate in rime sparse il suono. Madrigale morale a 5 voci & due violini
O ciechi, il tanto affaticar che giova. Madrigale morale a 5 voci & due violini