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三つ目の日記(2024年4月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2024年4月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio):Guest

 

印刷物でなにかしようとしていたが果たせず、ならば、ウェブサイトでなにかしてみようと考え、その制作に着手した。ウェブサイト制作の知識はない。さいわい、ビギナーでもそれなりになんとかなるようになっているし、調べればどうにかなる。とはいえ、印刷物をつくるときのようにはいかない。

 

2024年4月3日(水)
あたりの風景がガラス越しに見えている。どれだけの視線がここを通過しただろう。どれだけの人がここにみずからの姿を映し、それに気づかなかっただろう。伸びている影が屋外から屋内へと侵入する。付近を照らす電灯の頭部はガラスの球体で囲われ、長年積もった汚れを下部にためている。外光をあびるテーブルの面。さまざまななにかが行われる際に使われたテーブルだろう。椅子はそこに座るひとを区別することなく受け入れた。屋根に雪が積もっている。その下に氷柱が垂れている。役目を終えたもの。なんども繰り返されたこと。
長野県信濃美術館。2017年から2019年にかけて撮影した。同館の建築物は2019年に解体され、その後その地には長野県立美術館が建築された。つまり、展示の写真に写っているものは、いまはない。今日、こうして、見てなにか思ったりすることができるのは、写真に記録されているからである。そして、作者の写真は、美術館という大きな建築物を被写体としながら、全貌を想像できるような外観や正面といったものをいっさい写していない。見過ごされてしまいそうな、ひとが注目しないような、そのままただ忘れられてしまいそうなものや場所。屋根、扉、窓、柱、階段、植え込み、床、壁、椅子、机……。カメラを通した視線はそういうことがらへと向けられてはいないだろうか。

 

 

篠田優写真展 Fragments of the place 2017–2019
photographers’ gallery
2024年3月29日〜4月7日
https://pg-web.net/exhibition/yu-shinoda-fotp20172019/
https://shinodayu.com/

 

4月16日(月)
図書館へ本を返却しに行き、同じ本をまた借りてくる。帰りにスーパーで買い物。いつも買っている全粒粉入りの食パンが今日はない。混雑する時間帯なのか、レジに並ぶ人の長い列ができている。もう、半袖で外出している。すこし肌寒くてきもちいい。スーパーの前に大きなさくらの木がある。すでに花が散ったのだろうか、ここには、見物する人がいない。帰宅して電灯をつける。買ってきたものをしまい本を置き電灯を消す。

 

4月17日(火)
インターネットで「展覧会」を検索。下までスクロール。数多くの検索結果が表示されている。だが、出てきたのはほとんどが美術館・博物館のサイトだった。Wikipediaの「展覧会」の項目を読む。展覧会は博物館で行われる、というようなことが書かれている。

 

4月22日(月)
放置していたねぎ。みそ汁に使おうとすると花が咲きそうになっていた。花茎のつけねに包丁をいれ、いけてみる。

 

4月23日(火)
ねぎの花の生気が急速に消え、花茎にはかすかにしわが寄ってきた。切らずに咲くまでそのままにしておけばよかっただろうか。

 

4月25日(木)
都営新宿線の馬喰横山駅で下車。改札近くの立ち食いそば屋で食事する。別のギャラリーでふたつ展示を見てから、kanzan galleryへ。篠田優のもうひとつの展示を見る。先の展示同様、長野県信濃美術館を撮っているが、異なる写真が並んでおり、映像作品も展示されている。
入場すると壁に作者名とタイトルがある。その右側へと順に見てゆく。
距離を置いて木々の向こうへと覗くように、美術館の斜め裏側から撮った写真。「美術館」や「建築」を撮る場合、このような写真になるだろうか。そのようなものごとではない、別のなにかも撮ろうとしているのではないか。
映像。水たまりに美術館の部分が映っている。館を正面から見てスケッチしている人々。視線は館とスケッチブックを何度も行き来しただろう。館内、作者と思われる人が暗がりで写真撮影をしている。暗転。鳥たちにとっての美術館。美術館の屋根にやってくる小鳥たちが映される。後述の映像にも共通して、固定カメラで、長短のさまざまな場面が展開してゆく。音はない。次の壁へ。
湾曲した建物の外壁にうつる光。窓ガラスを透過する光。光はいつでもそうあり、そこに目を向ける人もあったが、そこだけに視線が注がれたことはすくなかったかもしれない。
なにも展示されていない美術館展示室の白い壁。壁は床と直接は交わらず浮いている。天井には一直線に並ぶ蛍光灯。床にポツンと置かれた長椅子が、まるで水面や雲上に浮かんでいるようである。長椅子は下の床に映り込み、影も落としている。
映像。美術館の解体が始まる。周囲が仮設の壁で囲われる。一部、壁が透明になっているところがある。外から解体の状態を見られるようにするためのものだろうか。仮設の白い壁の外側を人々が行き来する。壁に沿う赤いチューブのようなものはなんだろう。建物が防音シートで囲われている。防音シートを映す場面がいくつか続く。解体が進んだのだろうか、防音シートが一部除去されている。作業をしている人が、はずされた一枚の防音シートを摑み、放して落下させる瞬間が映る。ある映画の一場面が頭をよぎる。雪が積もる。解体は続く。さくらが咲く。透明の壁から奥を窺う者の左手が映る。手は透明壁に密着したり、それを叩くような所作をしたりして、不在を確かめている。すでにない美術館。透明壁の向こうでは、次の建築物の作業が始まっているように見える。
正面から撮られた古い暖房器具と、正面から撮られた半透明のアルミサッシ窓。
美術館およびそこにあったものの静かな写真。そのなかに、解体の様子を撮った映像がはさまれている。この壁はそのような構成になっていた。
その次の壁。毛布に包まれていたであろう白い人物裸像。美術館前広場でのクロージング・レセプションの様子を撮った写真には珍しく館の正面が写っており、そこには人々が集っている。カメラは、人々からはやや離れている。展示されたものとしては、これが解体前の美術館を撮った最後の写真となる。
次の壁には、粉々になった様子2点と、あらかた解体の終わった土地の向こうに善光寺や山を望む風景1点。その風景は、最初に見た写真と同じ場所から同方向を撮っているだろうか。作業あるいは警備する人の姿も小さく写っている。
元に戻ってもういちど見る。逆回りに見て、もう一周する。

 

 

#on view / kanzan gallery 篠田優|Fragments of the place 2017–2019
kanzan gallery
2024年4月13日〜5月12日
https://sites.google.com/kanzan-g.jp/home/exhibitions/篠田優
https://shinodayu.com/
●2、3、6枚目は映像からの切り出し

 

同日
本を読んでいたら出てきた「プント・オンブラ」ということば。「影の刺繍」という意味で、裏から表に模様が浮き上がる刺繍のこととある。

 

4月27日(土)
あきらめていたねぎの花が開き始めた。

 

4月30日(火)
水の腐敗臭がひどく、ねぎの花を写真に撮って捨てる。SNSで、仙台の書店、金港堂本店が閉店したことを知る。仙台でつくった本がたいへんお世話になった。

(2024/5/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』のその後の展開を模索中。