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三つ目の日記(2023年10月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2023年10月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio):Guest

 

歩いているとき、この風景は写真に撮ろうと、立ち止まることがある。バッグからカメラを出してシャッターを切る。帰宅してパソコンで開くと、なにか撮れていることがある。撮れていないこともある。

 

2023年10月12日(木)
4枚の絵が展示されている。
湾曲した平らな地に、ベンチが整然と並んでいる。太い橋脚を持つ橋が横切り、遠くに建物が覗く。橋脚の根元には暗い影。
正面近くから見た、盛り土のしてある細い水路の水門。左奥には植木と、住宅と思われる建物の上部。水面は非常に暗い。
坂の起伏を感じさせ遠くまで続く道路。路面が不思議に光を帯びている。両脇に歩道を区切る白線がひかれている。先に達するほど細くなっている電柱と電灯。電灯は弱々しく光を発している。路面に電線の影がうつっている。家屋が立ち並ぶ。隅のカーブミラーが絵独自の角度で道路をうつし出す。
とても低い高架。その上には線路が通っている。手前左側には柵があり、付近から細い柱のようなものが直立している。高架の向こう側にあるのは建物かなんらかの施設か判然としない。暗がりを照らすための電灯の先端部分だけが右隅上部に描かれている。光は発しておらず、自らの影を路面に落としている。
4枚の絵を見て、作者が風景を写真に撮り、それをもとに絵を描いているということを思い出す。写真に撮った時間が刻印されていたとしても、絵の対象となった風景にとっての時間を、何時だ、と決めることができない。描かれた絵の時間を、何時だ、と決めることもできない。取り囲む風景。視野のなかの風景。レンズのなかの風景。写真にうつった風景。眺められた写真上の風景。描かれる前の風景。描かれている風景。描かれた風景。他者が見る絵のなかの風景。絵。
上の方になにかが存在し、その影が地面に落ちている。光源はその上方にあるだろうか。風景はぼやけ、ある部分は明るさをはらみ、ある部分は暗くしずんでいる。明るくて暗いところがある。理屈にあわない描写があるのかもしれない。だが現実を描いている。
描かれた街に人はいない。見ている自分もいなくなる。

 

 

永原トミヒロ展
コバヤシ画廊企画室
2023年10月2日〜10月14日
https://www.nagahara-tomihiro.com/
●UNTITLED 23-05 2023年 油彩、キャンバス 90.9×90.9cm(上)
●UNTITLED 23-02 2023年 油彩、キャンバス 194×162cm 撮影:末正真礼生(中上)
●UNTITLED 23-1 2023年 油彩、キャンバス 194×324cm 撮影:末正真礼生(中下)
●UNTITLED 23-03 2023年 油彩、キャンバス 130.3×193.9cm 撮影:末正真礼生(下)

 

10月14日(土)
イギリスに住んでいる友人。大学の同級生で、いつしか詩人になった。BBCのラジオ番組で自分の詩が朗読されたとのメール。メールにあったURLを開きWeb上で聞く。英語がわからず何度も再生する。詩の朗読のあとに音楽がかかる、がリズミカルに繰り返される1時間ちょっとの番組。

 

10月18日(水)
道端のおしろいばなの大きな株が一面に花を咲かせている。幼い頃、近所に同じようなおしろいばながあったことを思い出す。そのさまは、頭の中に像としてあらわれてはくるが、全体が明瞭な画像として結ばれるのではなく、目の上のあたりで、曖昧なままではあるがたしかな記憶として浮かんでは消える。花を摘んで放ると旋回して落ちていく。

 

10月27日(金)
Webで概説を読んで、すがる気持ちで購入した本。文章がとても読みやすい。やがて、ところどころの描写に、ざわつきを感じ始める。書かれていることへの疑問がわき、じょじょに内容への反撥が生じてくる。わたしはこの本に対してすっかりこころを閉ざしてしまう。読むのをやめて数日。このあとになにか書かれているかもしれないと、ふたたび本を手にする。傷は広がり肉が見え、薬を注入しても治る気配がなく、体液が滲んだままある。著者の考える「傷」とはどういう状態のものなのだろう。

 

10月30日(月)
前述の本を読み終える。本の扱っていた土地に、わたしはいた。だが本で言及されたのはその土地の建立物についてであり、個々の人々についてのまなざしは省略されていた。読書に際して閉ざしたこころは固く、開くことはなかった。

(2023/11/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。