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10月 短評|大河内文恵

10月 短評

♪ビスクローマをさがして
♪ヘンデル 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》
♪レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノリサイタル
♪ジョルディ・サヴァール&エスペリオンXXI

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)

ビスクローマをさがして→演奏:演目
2023年10月2日(月)@鶴見区民文化センターサルビアホール音楽ホール
コンチェルト・レオノルソという団体は、リコーダーの菅沼起一を中心としてバーゼル、パリ、リヨンで学んだ若手古楽奏者により2022年に設立されたアンサンブルで、第1回演奏会は2022年4月におこなわれた。第2回は「ビスクローマをさがして」と題し、菅沼の博士論文の成果を盛り込んだ内容でおこなわれた。といっても堅苦しいものではない。
16世紀に登場したビスクローマ(32分音符)を切り口として、ルネサンスから初期バロックに至る音楽の流れを追うこの演奏会は、合間に差し挟まれる菅沼のトークの軽妙さとわかりやすさによる貢献が大きい。ルネサンスとバロックは実は地続きであることが感じられ、かつ作曲技法の変化や流れが実感として伝わったのは、プログラミングが練り上げられていたことと演奏の素晴らしさによるもので、この2点は第1回に比べて飛躍的に向上した。
聞き慣れない作曲家や初めて聞く作品であっても、優れた文脈の構築とそれを支える演奏レベルが揃えば、一級品の演奏会になるという見本。第3回が楽しみで仕方がない。

ヘンデル 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》→演奏:演目
2023年10月11日(水)@東京オペラシティ コンサートホール
2022年3月のアントネッロ、2022年10月の新国立劇場に引き続き、バッハ・コレギウム・ジャパンによる《ジュリオ・チェーザレ》を聴いた。演出面でいえば、抱腹絶倒のアントネッロと、あくまで正統派を貫く新国立劇場のプロダクションのちょうど中間にあたるものといえようか。主要キャストの歌手にこだわりをもつBCJらしく、タイトル・ロールのチェーザレ役を歌ったティム・ミードの素晴らしさが群を抜いていた。演出やカットの仕方にもよると思うが、《ジュリオ・チェーザレ》はチェーザレよりもクレオパトラが目立つ上演が多く、今回初めて「主役はチェーザレなのだ」と実感した。コーネリア役のキーラントは、新国立劇場の上演でチェーザレを歌った際には、歌は上手いもののタイトル・ロールとしての貫禄が少し足りない感じだったが、今回のコーネリアは歌が良かっただけでなく役にも合っていた。アントネッロの上演ではカットされていたコーネリアのアリアがどれもよく、サイドストーリーとしての役どころがきちんと成立していた。これにより物語に厚みがもたらされた。
オーケストラはBCJによる古楽器の演奏で、やはり古楽器による演奏だとヘンデルらしさがより味わえる。ただ、このオペラは曲の明るさや憂い、重厚さと軽さといったさまざまな曲想が入り混じっているところが特徴の1つなのだが、その使い分けが専ら歌手に偏っており、オーケストラでももう少しそこが強調されるとメリハリがついて舞台に奥行きが出たのではないか。今回で3回目になるBCJのオペラシリーズは、他のどの団体とも異なる独自の路線を目指しているように見受けられる。第4回はどのオペラを取り上げ、どんな上演をするのか、注目していきたい。

関連評:10月の3公演短評|藤堂清

レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノリサイタル→演奏:演目
2023年10月23日(月)東京オペラシティ コンサートホール
ようやくアンスネスのピアノが聞けた。なぜかタイミングが合わず、聴きたいと思いながらなかなか聞けていなかったアンスネスのリサイタル。録音ではよく聞いているけれど、生の演奏は格別だ。
録音で聞くアンスネスの音楽は一言でいうなら「お手本」である。作品の理想的な形をそのまま音にしたような演奏は、作品理解の手段として非常に有用だ。そういったピアニストが、舞台でどんな演奏をするのか興味があった。一番お手本らしい演奏だったのは『悲愴』だった。客席にいた人たちはこの曲を聞いたことや自分が弾いたことや、あるいは生徒に教えたこともあったかもしれない。それらの人々が一音たりとも「ここは違う」とは思わない演奏だった。だからといって、完成形をあらかじめ作っておいてそのピースを置いていくというのではなく、作品の声に耳を傾けながら弾いていたら結果的にこうなったというような、ライブ感をもともなう。
アンスネスの演奏はどんなに強い音になっても乱暴になることはなく、音楽が要求する音量になるだけである一方、弱音のバラエティが無限にあり、あの大きさのホールでここまでの弱音が出せるのかと思うほどだった。そういった意味でアンコールの最後に演奏されたマズルカは心に沁みる絶品だった。今後、室内楽やオーケストラの共演で彼がどんな演奏をするのかも聞いてみたいと思う。
ジョルディ・サヴァール&エスペリオンXXI→演奏:演目
2023年10月28日(土)@神奈川県立音楽堂
2018年にサヴァールが来日した時、私は同時刻の別のコンサートに行っていて聞き逃した。サヴァールとエスペリオンXXIのメンバーの年齢を考えるともう生で聴ける機会はないものと諦めていたところ、再来日が決定したとの報にさっそくチケットを取った。スペインを中心としたルネサンスとバロックの音楽という古楽のなかでもどちらかというとマイナーなプログラムにもかかわらず、全公演ソールドアウトで会場は熱気に包まれていた。
プログラムは全員による演奏とソロや小編成を交互に繰り返しながら組まれており、エスペリオンXXIのメンバーそれぞれの個人妙技も堪能できた。なかでもハープの雄弁さに目を見張った。中央の席を取ってしまったのでどのような指使いをしているのかまったく見えなかったのが残念。これは前方サイドの席を取るべきだったと悔やんだ。
近年ようやく日本でもスペインの古い時代の音楽が少しずつ演奏されるようになってきたが、その背後には膨大なレパートリーが眠っていることが如実に感じられた。「ダンスと変奏」という今回のテーマは、聴きながら思わず体が動いてしまうような、身体的な揺さぶりの心地よさを誘発するとともに、どこまで楽譜に書かれていてどこから即興なのかの境界線を感じさせないグルーヴ感に思いっきり酔いしれた。

(2023/11/15)

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ビスクローマをさがして
2023年10月2日(月)@鶴見区民文化センターサルビアホール音楽ホール
出演:
菅沼起一(リコーダー)
出口美祈(バロック・ヴァイオリン)
小野和将(サックバット)
長谷川太郎(ドルツィアン)
上田朝子(テオルボ)
石川友香里(オルガン)
曾禰愛子(ゲスト:メゾソプラノ)

菅沼起一(企画・お話)

曲目:
チプリアーノ・デ・ローレ/ジローラモ・ダッラ・カーザ:甘美な木陰で(第1スタンツァ)
アレッサンドロ・ストリッジョ:我が苦しみは生まれ
作者不詳:ばらの花
ジローラモ・ダッラ・カーザ:ばらの花
~~休憩~~
ジューリオ・カッチーニ:いと甘美なるため息が
ダリオ・カステッロ:ソナタ第11番
フランチェスコ・セヴェーリ:主は言われた
ダリオ・カステッロ:ソナタ第13番
チプリアーノ・デ・ローレ/ジローラモ・ダッラ・カーザ:甘美な木陰で(第6スタンツァ)

ヘンデル 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》
2023年10月11日(水)@東京オペラシティ コンサートホール
出演:
鈴木優人(指揮・チェンバロ)
チェーザレ:ティム・ミード
クレオパトラ:森麻季
コーネリア:マリアンネ・ベアーテ・キーラント
クーリオ:加藤宏隆
トロメーオ:アレクサンダー・チャンス
アキッラ・大西宇宙
ニレーノ:藤木大地

演出:佐藤美晴

バッハ・コレギウム・ジャパン:
菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)
太田光子・浅井愛(リコーダー)
三宮正満・小花恭花(オーボエ)
福川伸陽・根本めぐみ・大野雄太・藤田麻理絵(ホルン)
若松夏美・荒木優子・廣海史帆(ヴァイオリンI)
高田あずみ・堀内由紀・山内彩香(ヴァオリンII)
成田寛・秋葉美佳(ヴィオラ)
山本徹・上村文乃(チェロ)
今野京(コントラバス)
河府有紀(ファゴット)
福澤宏(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
佐藤亜紀子(テオルボ・ギター)
野入志津子(リュート)
伊藤美恵(ハープ)
重岡麻衣・根本卓也(チェンバロ)

レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノリサイタル
2023年10月23日(月)東京オペラシティ コンサートホール
曲目:
シューベルト:ピアノ・ソナタ第14番 イ短調 D784
ドヴォルザーク:《詩的な音画》op. 85より  I. 夜の道 II. たわむれ IX. セレナード X. バッカナール XIII. スヴァッター・ホラにて
~休憩~
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 op. 13(悲愴)
ブラームス:7つの幻想曲 op. 116
~アンコール~
ドヴォルザーク:《詩的な音画》op. 85より IV. 春の歌
ショパン:マズルカ op. 33-2、マズルカ op. 17-4

ジョルディ・サヴァール&エスペリオンXXI
2023年10月28日(土)@神奈川県立音楽堂
ルネサンス&バロックのダンスと変奏~旧大陸、そして新大陸から~

ルイス・デ・ミラン: ファンタジア第8番、第38番、 パバーヌ第1番、ガイヤルド第4番
トバイアス・ヒューム:ヒューム大尉のパヴァーヌ~ガイヤルド、 たったひとりで行軍する兵士(無伴奏バス・ガンバ)
カタルーニャ民謡(サヴァール編): アメリアの遺言、糸を紡ぐ女
フランセスク・ゲラウ: エスパニョレータとフォリア(バロックギター)
ジョン・ダウランド: いにしえの涙
アントニー・ホルボーン: ムーサたちの涙、妖精の円舞
ウィリアム・ブレイド: サテュロスの踊り
—- 休憩 —-
ジュアン・カバニリェス: 序曲~イタリアのコレンテ
作者不詳: ハカラス
マラン・マレ: フォリアによる変奏
ルイス・ベネガス・デエネストローサ: カベソンのファンタジア、スペインの調べ
アンリ・ル・バイイ: パッサカリア「わたしは狂気」(スペイン式バロックハープ)
作者不詳: 摂政殿のラント~モイラの君主~ホーンパイプ(リラ・ヴァイオル式に弾くヴィオラ・ダ・ガンバ)
サンティアーゴ・デ・ムルシア: サルディバル写本より ガリシアのフォリア~イタリアのフォリア~
作者不詳:舞踏曲「狂気の蜜」
~アンコール~
作者不詳:「カナリオス」に基づく即興演奏
作者不詳:「狂気の蜜」に基づく即興演奏(フォリア&ガイヤルド)