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10月の3公演短評|藤堂清

♪鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ Vol.3
 ヘンデル 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》

♪五島記念文化賞 オペラ新人賞研修成果発表
 大西宇宙 バリトン・リサイタル

♪森谷真理 ソプラノ・リサイタル Vol.2

Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)

 

♪鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ Vol.3  Staff Cast
 ヘンデル 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》
2023年10月11日@東京オペラシティ コンサートホール

鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズの第3回としてヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》が上演された。3年前の《リナルド》のときはコロナ禍の影響で海外から人を呼ぶことはできなかったが、今回は招聘組と国内組でよくそろったキャストが用意された。チェーザレにティム・ミード、クレオパトラに森麻季、
コーネリアにマリアンネ・ベアーテ・キーラント、トロメオにアレクサンダー・チャンス、クーリオに加藤宏隆、セストに松井亜希、アキッラに大西宇宙、ニレーノに藤木大地といった具合。
タイトルロールのチェーザレを歌ったカウンターテナー、ティム・ミードは長身でがっちりした体型、見た目も英雄にふさわしい。低音域の厚みにある声、そして高音のアジリタの技術も高く、装飾の付け方も見事。相手役であるクレオパトラの森麻季も絶好調。細身の声ではあるが、きっちり響きがあり、またアジリタの技術、装飾音の付け方も的確。この二人が歌う場面は聴衆も息が抜けない。この二人の敵役トロメオのアレクサンダー・チャンス、31歳の若いカウンターテナー。キレのある声で明るい響き、技術的にチェーザレ等二人に負けていない。パンクっぽい扮装もあって、いかにも悪そう。コーネリアを歌ったキーラントは昨年の新国立劇場の《ジュリオ・チェーザレ》ではチェーザレを歌っていたが、本来のメゾ・ソプラノの役であるコーネリアの方があっている。伸びやかな声が美しい。もう一人のカウンターテナー、藤木はニレーノ。歌うところはしっかりしていたが、より目立っていたのは演技面、狂言回し的役割をさまざまな場面で果たしていた。アキッラを歌った大西も立派な声、演技では悪に徹しきれない損な役にピッタリ。
オーケストラがバッハ・コレギウム・ジャパンというバロックを主体に活動しているグループであったことも音楽の統一感に寄与していただろう。一部の曲で演奏したホルンの福川の名人芸もわすれることはできない。もちろん指揮の鈴木優人の安定感も。
とにかく次々と出てくる歌手の歌がすばらしく、まったく長さを感じることがない4時間半であった。

関連評:10月 短評|大河内文恵

 

♪五島記念文化賞 オペラ新人賞研修成果発表  Program
 大西宇宙 バリトン・リサイタル
2023年10月24日@東京文化会館小ホール

大西宇宙が、五島記念文化賞オペラ新人賞研修成果発表のリサイタルを行った。研修は2019年9月から1年間だったが、Covid19の感染拡大もあり、当初の想定とは異なるものとなったが、ヨーロッパのマネージャー獲得という目的を達成するとともに、いろいろ鍛えられるところがあったという。
この日のプログラムは、旅、さすらいといったテーマを軸に構成されている。
最初はドン・キホーテ関係の2曲、イベールの《ドン・キショットの4つの歌》とマスネの歌劇《ドン・キショット》からサンチョ・パンサのアリア。イベールの4曲の歌い分けが見事。特に最後の曲の哀愁に満ちた表現には心をうたれた。
ヴォーン・ウィリアムズの歌曲集《旅の歌》では、第1曲〈放浪者〉の決然とした出だしから、第9曲〈上り坂、下り坂を僕は歩いてきた〉まで一気に歌い進める。第7曲〈どこへ俺はさすらうのか?〉の悲哀に満ちた歌が印象的。
後半のマーラーの《リュッケルトの詩による5つの歌》は絶品。弱声を効果的に聴かせた〈やさしい香りを吸い込んだ〉、しっかりした低音の響きそしてゆったりとしたテンポで歌った〈わたしはこの世から忘れさられ〉、〈真夜中に〉の盛り上げ方。最後の子音まで揺るがせにしない歌唱がいきていた。
プログラムの最後はオペラ・アリア。フランス語版を選んだロドリーグのアリアの言葉の響きが美しく、イタリア語版とは異なる肌触り。全曲を聴いてみたいという気になる。
アンコールの2曲はミュージカルから。〈見果てぬ夢〉のしっとりとした表情、〈マリア〉の感情の高まりの表現、ともにすばらしかった。
最後になったが、ブライアン・ジーガーのピアノも大西の歌と同様に聴きものであった。打鍵がしっかりしていて音の粒立ちがよいこと、歌手の呼吸に合わせた音作りが確実であること、二人のぴったりとよりそった音楽が映えた。

 

♪森谷真理 ソプラノ・リサイタル Vol.2  Program
 Spirits of Language ~言葉に宿るもの~
2023年10月31日@王子ホール

オペラの世界での活躍が目立つ森谷真理、歌曲のリサイタルはそれほど多くはないだろう。しかも、カルロ・シマノフスキ、リリ・ブーランジェという、取り上げられることの少ない作品によるプログラム、興味を引かれた。
シマノフスキの歌曲集 《スウォピェヴニェ》は、ポーランドの詩人ユリアン・トゥヴィムの詩集をテキストに作曲されたもの。詩集の語句の半数以上に詩人が編み出した造語が使われていて、言葉のリズムによって音楽が紡ぎ出されているという。森谷のダイナミクスを大きくとって歌い方は、(筆者が)言葉として理解はできないものの、音楽に豊かな表情をもたらしていた。
森谷の歌の二つ目はラヴェル。ポツポツと弾かれるピアノの上で語るように歌われる〈カディッシュ〉の感情をおさえた表現が印象的。
プログラムの最後におかれたのは、若くして亡くなったリリ・ブーランジェの歌曲集《空の広がり》。ある少女との恋愛の成就と失恋を歌った全13曲の大曲である。歌詞をみれば男性側の歌だが、《詩人の恋》を女声が歌うようなものと考えれば、森谷が歌うことも不思議ではないだろう。この曲集の前半での彼女の歌唱、少し力みがあったように思う。後半に入るといくらかほぐれてきて、表情も明確になってきた。残念だったのは、終曲の途中で「ブラヴォー」と叫んだ人がいたこと。終わったと勘違いしたのだろうが、聴き手の集中が途切れる結果となった。
間にピアノ・ソロをはさんだとはいえ、休憩なしでこれだけの曲を歌った森谷、その集中力は高く評価できるだろう。またシマノフスキとブーランジェといった曲を取り上げたことも彼女らしい挑戦といえる。今後の活動に期待したい。

(2023/11/15)

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♪鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ Vol.3
 ヘンデル 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》(セミ・ステージ形式)
 George Frideric Handel (1685-1759): Giulio Cesare in Egitto HWV17
2023年10月11日@東京オペラシティ コンサートホール

<スタッフ、キャスト>
指揮・チェンバロ : 鈴木 優人
Conductor and Harpsichord: Masato Suzuki

チェーザレ : ティム・ミード
Cesare: Tim Mead
クレオパトラ : 森麻季
Cleopatra: Maki Mori
コーネリア:マリアンネ・ベアーテ・キーラント
Cornelia: Marianne Beate Kielland
トロメオ: アレクサンダー チャンス
Tolomeo: Alexander Chance
クーリオ: 加藤 宏隆
Curio: Hirotaka Kato
セスト: 松井 亜希
Sesto: Aki Matsui
アキッラ : 大西 宇宙
Achilla: Takaoki Onishi
ニレーノ: 藤木 大地
Nireno: Daichi Fujiki

演出: 佐藤 美晴
Stage Director: Miharu Sato
衣裳: 臼井 梨恵
Costume Design: Rie Usui
照明: 稲葉 直人
Stage Lighting: Naoto Inaba

管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
Orchestra: Bach Collegium Japan
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♪五島記念文化賞 オペラ新人賞研修成果発表
 大西宇宙 バリトン・リサイタル
2023年10月24日@東京文化会館小ホール

〈演奏:Players〉
バリトン:大西宇宙 (Bariton: Takaoki Onishi)
ピアノ:ブライアン・ジーガー (Piano: Brian Zeger)

〈プログラム:Program〉
イベール: 《ドン・キショットの4つの歌》
J. Ibert: Chansons de Don Quichotte
   1.出発の歌  2.ドゥルシネア姫に寄せる歌  3.公爵の歌  4.ドン・キショットの死の歌
   I. Chanson du départ  II. Chanson à Dulcinée  III. Chanson du Duc
   IV. Chanson de la mort du Don Quichotte

マスネ: 歌劇 《ドン・キショット》より 〈笑え、哀れな理想家を〉
J. Massenet: Don Quichotte, “Riez, allez”

コルンゴルト: 歌劇 《死の都》より〈あこがれと空想はよみがえる〉 (ピエロの歌)
E. W. Korngold: Die tote Stadt, “Mein Sehnen, mein Wähnen” (Tanzlied des Pierrot)

ヴォーン・ウィリアムズ: 《旅の歌》 (全9曲)
R.Vaughan Williams: Songs of Travel
   1. 放浪者   2. 美しい人を目覚めさせよ   3. 道端の火
   4. 若者と愛  5. 夢の中で   6. 無限に光り輝く天上に
   7. どこへ俺はさすらうのか?  8. 輝かしきは言葉の響き
   9. 上り坂、下り坂を僕は歩いてきた
   I. The Vagabond   II. Let Beauty Awake   III. The Roadside Fire
   IV. Youth and Love  V. In Dreams       VI. The Infinite Shining Heavens
   VII. Whither Must I Wander   VIII. Bright is the Ring of Words
   IX. I Have Trod the Upward and the Downward Slope

——————-(intermission)——————-
マーラー: リュッケルトの詩による5つの歌
G. Mahler: Fünf Lieder nach Rückert
   1. やさしい香りを吸い込んだ  2. 美しさだけで愛するなら
   3. わたしの歌曲を覗かないで  4. わたしはこの世から忘れさられ  5. 真夜中に
   I. Ich atmet einen linden Duft    II. Liebst du um Schönheit
   III. Blicke mir nicht in die Lieder! IV. Ich bin der Welt abhanden gekommen
   V. Um Mitternacht

プロコフィエフ: 歌劇 《戦争と平和》より 〈輝くばかりの春の夜空だ〉
S. Prokofiev: War and Peace, “The Radience of the Sky in Spring”

ヴェルディ: 歌劇《ドン・カルロス》より 〈私の最期の日〉
G. Verdi: Don Carlos, “C’est mon jour … Ah je meurs”

———————-(Encore)———————-
ミッチ・リー:《ラ・マンチャの男》より〈見果てぬ夢〉
Mitch Leigh: Man of La Mancha, The Impossible Dream
バーンスタイン:《ウェスト・サイド・ストーリー》より〈マリア〉
Bernstein: West Side Story, Maria

 

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♪森谷真理 ソプラノ・リサイタル Vol.2
 Spirits of Language ~言葉に宿るもの~
2023年10月31日@王子ホール

〈演奏:Players〉
ソプラノ:森谷真理 (Soprano: Mari Moriya)
ピアノ:山田武彦 (Piano: Takehiko Yamada)

〈プログラム:Program〉
カルロ・シマノフスキ:歌曲集 《スウォピェヴニェ》 Op.46
Karol Szymanowski: Słopiewnie
   1. ことさくら    Słowisień
   2. あをき言の葉   Zielone slowa
   3. 聖フランチェスコ Sw.Franciszek
   4. ガマズミの館   Kalinowe dwory
   5. ヴァンダ     Wanda

パウル・コンスタンティネスク:ドブロジャ舞曲 (ピアノ・ソロ)
Paul Constantinescu: Joc dobrogean (Piano Solo)

モーリス・ラヴェル:歌曲集《2つのヘブライの歌》
Maurice Ravel: Deux mélodies hébraïques
   1. カディッシュ   Kaddisch
   2. 永遠の謎     L’énigme éternelle

リリ・ブーランジェ:〈明るい庭から〉〈行列〉 (ピアノ・ソロ)
Lili Boulanger: “D’un jardin clair” “Cortège” (Piano Solo)

リリ・ブーランジェ:歌曲集《空の広がり》
Lili Boulanger: Clairières dans le ciel
   1. 彼女は野原を谷間へと降りていった      Elle était descendue au bas de la prairie
   2. 彼女はおそろしく快活だ           Elle est gravement gaie
   3. 時々ぼくは悲しくなる            Parfois, je suis triste
   4. ひとりの詩人がこう言った          Un poète disait
   5. ぼくのベッドの裾のところに         Au pied de mon lit
   6. もしこのすべてがただのくだらない夢で    Si tout ceci n’est qu’un pauvre rêve
   7. ぼくらはお互い深く愛し合おう        Nous nous aimerons tant
   8. あなたはぼくを見た、あなたの魂すべてで   Vous m’avez regardé avec toute votre âme
   9. 去年咲いていたリラの花は          Les Lilas qui avaient fleuri
   10. 二本のおだまきの花が            Deux ancolies
   11. ぼくが苦しんできたことは           Par ce que j’ai souffert
   12. ぼくは彼女のものだったメダルを持っている  Je garde une médaille d’elle
   13. 明日でちょうど1年になる          Demain fera un an