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三つ目の日記(2023年6月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2023年6月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

気持ちの落ち着かない春ももう終わる頃。室内の暑さをやわらげるためエアコンをつける代わりに、換気扇を回して窓をすこしあける。強制的に風がとおる。窓の隙間を調節することによって部屋が巨大な笛になり、低く多様な風音が鳴る。そのときの気分で音を変えて楽しむ。この住居限定の遊びかもしれない。

 

2023年6月2日(金)
傘をさして銀座、京橋の街を歩く。衣服や持ち物がすこしずつ湿る。雨粒は大きく、小降りになったり、視界を遮るほど激しい降りになったりする。13の展示を見る。帰るころには足元がずぶ濡れになり、バッグのなかの紙物は水分をふくんでなみうっていた。
大小の、紙と鉛筆による素描。会場に入ってまず《水源の知覚〈はじまりの場所 2019〉》という絵の前に立つ。なにが描かれているのだろうと問うより先に、織りなされる光と影の様子、なにかが起こっている気配、に眼差しを浮かべていたのだっただろうか。見ているというこの体験をすり抜け、絵から粒子が浮遊し意識に浸透する。次の絵へと辿る。四角い画面からどこかへとつながる光景がはみだしてくる気がして、草木の豊富な土地で遊ぶように、立ちどまったり、顔を近づけたりしながら、ゆっくり何回も会場内をめぐる。ふだん聞き過ごしてしまう微音さえ聞こえてきそうな静けさ。だが心はざわざわとしている。
展示されていたのは10数年前の作品から、今年の作品まで。貼り出されていた作者略歴に記されているなかに、「『素描』に独立した絵画表現を見いだし、鉛筆で描く抽象絵画の可能性を探求している」とあった。暮らしている北の地という環境が作品制作と結びついているであろうことなども知る。紙と鉛筆。描くこと。探求すること。

 

 

《紙と鉛筆 表現の探求 2023》細木るみ子展 はじまりの光景
ギャラリー檜F
2023年5月29日〜6月3日
https://hotc04.wixsite.com/cappa
●水源の知覚〈はじまりの場所 2019〉 727×910mm(上)
●会場風景(下) 2点とも撮影:細木るみ子

 

6月19日(月)
アニエス・ヴァルダが自身の人生を振り返る『アニエスの浜辺』。医師をめざして学ぶ女性が別居していた両親を失ったことで、見知らぬ幼い弟の世話をすることになるイン・ルオシンの『シスター 夏のわかれ道』。女性であるということで体験する理不尽や孤独などが描かれるケリー・ライカートの『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』。中絶が違法だった1960年代のフランスで、不意に妊娠した女性が中絶を決意するオードレイ・ディヴァンの『あのこと』。最近見た4本の映画は、見たいものをなんとなく選んだだけであったのだが、どれも女性監督によるものだった。

 

6月23日(金)
きのう見た展示。ここ数年展示を見てきていつもことばにならない。今回も……と一日たち、なにか記しておきたいと思った。
展示空間には18点の絵が並んでいる(奥の小さなスペースにその他10点)。途中、作品リストを手にし確かめると、自分は順番の途中から見ているようであった。そのまま見続ける。水面、窓、木陰。それぞれ、光が玉のように反射したり、透過したり、飽和し滲んでいたりする。いずれも、目の前に広がるそれらの光景をそのまま切り取ったような画角。そして画面上に、異質な太い線状の質感のある描画。盛られた数色の絵具を掻きこすった色の塊となってほぼ交わることなく数本侵入しており、絵を見る際に着目せざるをえない。
自分はこれら作品に、なにかを見出しているらしいのだが、それがなになのかわからない。ゆらめきやきらめきのある水面の、カーテンで遮られたガラス窓の、向こうからの光がこぼれる木陰の、絵。ひとつひとつの前で考えてみるのだが、いつのまにか考えておらずただ絵を視野のなかに置いている。この太い色の塊を置いたのは誰なのか、あるいは、作者にこれを描かせたのは誰なのか。
作者から、「向こう」と「こちら」は決定的なものではない、というような話を聞く。「向こう」に移動すれば「こちら」は「向こう」になる。「向こう」にいる存在にとってみれば「向こう」は「こちら」である。ギャラリー空間のまんなかあたりに立ち、作品にとり囲まれ、口を結ぶ。

 

ウラサキミキオ まどはひらかれとじられる
ギャラリイK
2023年6月19日〜6月24日
https://www.mikio-urasaki.com/
●「こかげ」 油彩、カンバス、パネル 530×409mm 2023年(上)
●「向こう側のまど」 油彩、カンバス 530×530mm 2023年(下)

(2023/7/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。