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三つ目の日記(2023年5月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2023年5月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

梅1キロ。氷砂糖1キロ。炭酸水で割って飲むための梅シロップをしこむ。

 

2023年5月5日(金)
朝、電車に乗り、新宿、高崎で乗り換え、昼前、群馬県の中之条駅に着く。駅前で食事してから15分ほど歩いて会場へ。会場となりの空き地に矢車菊が群生し咲いていた。向こうには山が見える。写真を撮る。会場の旧井上畜産は、「中之条町アーティスト・イン・レジデンス」が活動の成果報告などのために使用している場所のようであった。そこで今日行われる藤井龍徳のトークを聞きにきた。徐々に、地元の美術家あるいは美術関係者と思われる人々が集まり、トークは始まる。藤井の初期から最近までの作品写真がモニターに映し出され、どのような作品であったのかということが、作品にまつわるエピソードも含め詳しく語られる。自らの作品のことをしばしば「装置」と言及する。立ち会う人々がどう反応するか、どのようになにを考えるのかが問われているだろう。途中、みなの携帯電話から地震の警報音が鳴り響く。ここでの揺れは感じられなかったが「石川県で震度7」とのこと(実際は6強であった)。一時中断ののちトークは続き、終了してからも話が絶えない。ころあいをみておいとまし、中之条駅まで歩く。空の下の方を山並みがさえぎる。自分と山とのあいだに空間が広がっている。電車に乗り夜帰宅。

 

5月25日(木)
一軒家の2階部分を、たぶんほぼそのまま利用して展示空間としている画廊。履物を脱いであがる。どなたかのお宅にお邪魔した感覚。柱や壁の様子から、新しい建物ではないことがわかる。どこかで猫がないている。開いた窓から室内に空気が通る。遠くから夕方5時を知らせる放送が聞こえてくる。展示の、作品として置かれている時空と対面する。制作行為によるその現れは自然現象のようにも見える。費やされた時間は有限であったかもしれないが、それ以前からの時間も含まれているのではないか。静けさにつつまれる。揺らめく水面を飽きず眺めたりするときと似ているかもしれない。ときに波紋が広がったりする。
テーブルを囲んで席に着く流れになる。板にアクリル絵具の作品は、絵具を置いて紙やすりで削るということを繰り返し行う。紙にペンの作品は、時間を決めて微細な点あるいは円で埋めていく。そういった、技法に関することや、作者は北海道の札幌で制作していることなどを、画廊の方からうかがう。会話は作品や作者のことから、来場者の個々の話題へと移りまた戻る。さきほど間近で見ていた絵は、壁の向こう側にあったり、視界に入っていても離れて位置していたりする。会話をしながら、距離を経て見ている。間近で見たときの残像が浮かんだような気がする。途中何回か会話から外れて席を立ち、壁の向こう側へ行く。作品との遠近。やがて外光の入る時間を過ぎて暗くなりはじめほぼ室内照明の灯りだけになると、見え方ががらりと変わった。
夜7時、画廊を出て駅へと歩き始める。路地のすきまに空が見えている。滲んだ薄紅色から紅碧、淡い群青色へと続いている。影のような雲がちぎれている。すこし立ち止まる。風が肌寒い。けやきの細い枝が若葉色に揺れている。

 

 

井上まさじ展
土日画廊
2023年5月18日〜6月4日
https://donichigaroh.com/2019/10/10/井上まさじ作品/
https://donichigaroh.com/2014/01/22/井上まさじ/
●展示風景(上)
●Acrylic on board 257mm×182mm 2023(中、下)

 

5月28日(日)
シャンタル・アケルマン監督の『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』を見る。息子とふたりで暮らす女性。時間と行動を決め規則的な生活を送っていることが見て取れる。カナダに暮らす妹から手紙が届いて以降、不意の出来事が起こり始める。家事や用事に時間を費やす日々。費やされた時間は省略されることなく映画を見る者にも課せられる。妹への返信が書けない。夜の室内に、屋外のネオンの光が窓から漏れ映ずる。感情は表情に現れず隠されている。腰をおろし、息をする。胸が上下する。キッチンにあるテーブルには二脚のいす。カメラは出演する者を追わず、固定され、場面が切り替わるだけ。

(2023/6/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。