Menu

五線紙のパンセ |第1回 ピアノを弾くこと、作曲すること|篠田昌伸

第1回 ピアノを弾くこと、作曲すること

Text by 篠田昌伸(Masanobu Shinoda)

どうも、作曲@ピアノの篠田昌伸と申します。などと、メールで自己紹介するようになったのは、いつからだったか・・・
3回にもわたって、長文を寄稿させて頂くことになり、何をテーマにすべきかなかなか考えがまとまらないのだが、まず初回は自分の活動の中心となっている、ピアノと作曲の関係から始めようかと思う。

ピアノと作曲の活動をそれなりに両立させているとはいえ、どちらが主眼なのかというのは、自分では測りにくい。作曲に関しては、少ない年で1曲、凄く多い年で5曲くらい、のペースではあるが、ピアノを弾く本番はそれに比べるともっと多い。他人からどのように見えているのかはわからないが、自分にとって「作曲」は未だに憧れで、「ピアノ」は自分そのものだ。
そもそも、作曲の勉強を本格的に始めたのはかなり遅く、おそらく高校2年の冬だった。ただ、これを言うと皆に驚かれるのだが、自分の父方の叔父は、近藤譲氏率いるムジカプラクティカのファゴット奏者であった大畠條亮で、ピアノは叔母で武蔵野音大の講師であった大畠ひとみに習っていた。そんなことは小学生のころは何も知らずに、親戚の家に遊びにいく感覚でピアノを習い、訪問の度にそこからLP(!)や楽譜、ポケットスコア、などを勝手にあさって持ってきてしまっていたようだ。ともかく、自分の知らない曲を次々に聞いて、楽譜も見たいという欲求が強かった。
一般にクラシックファンは、好きな曲の様々な演奏を蒐集するらしいことを、後から知って驚いたのだが、当時そういうことにほぼ興味がなかった。既に知っている曲の音源をさらに聞いてどうするんだろう? それよりも、気にいった作曲家の知らない曲をもっと聞いてみたい、と思っていた。自分にとって「演奏」が違うことなど、「曲そのもの」が違うことに比べたら、まったく些細な違いであり、一つの曲には自分の理想の演奏があって、それは「曲」を聞くためにあるもので、複数必要ではなかった。そういう意味では、気質としては、演奏家ではなく作曲家寄りなのだろう。
ところで、曲の種類、音楽の質にもよるかもしれないが、現代音楽の新作を聞いたときに「曲」ではなく「演奏」のほうが印象に残る、というのは実は失敗なのではないかと思っている。勿論、演奏家の魅力を引き出している曲や、即興性に主眼が置かれるものもあることは承知の上だが、新作を聞く以上、魅力的な「曲」に出会いたいと思ってしまうのだ。
少し脱線したが、様々な音源、楽譜を聞き読みあさるうち興味はやはり現代音楽に移っていき、ベルクのソナタ、シェーンベルクの組曲、武満、何故か松下真一、などのピアノ曲をレッスンと関係なく勝手に弾くようになっていった。というと、早くから英才教育を受けたように見えるかもしれないが、音楽高校などではなく公立の進学校に通っていたし、ヤマハ等には全く接点がなく、音楽界とのつながりは、ひたすら叔父夫婦関係のみで、同世代の音楽を志す人達とは、大学に入って初めて出会ったような感じだ。
自分の世代感を伝えるものとして、その頃の自分のアイテムの中で、まだ持っていたものを写真に載せてみた。

「鉄コン筋クリート」松本大洋
独特のペン画のタッチと世界観に圧倒されて、折に触れ何度も見返していた。
「唯脳論」養老孟司
世の中をこのように説明することができるのかという驚きと、明晰な論理展開に惹かれていた。
「ジャズ最後の日」加藤総夫
ジャズに詳しかった訳でもなんでもないのだか、なにやら終末感漂う論調を面白く読んだ。フリージャズなどはこれで知った。
「横浜」近藤譲
前述の如く、作曲の勉強を始める前から、何故か手元にこれがあったのは少々特殊な環境だったかもしれない。
どれも90年代前半あたりにあったものだが、どれか一つでも、これらに反応される方がいらっしゃると嬉しい。

時代のことでもうひとつ書くと、自分が中高生のときにケージが死に、大学1年の終わりに武満が死んだ。そしてピアノを弾く作曲科の学生としては、リゲティのエチュード(アトモスフェールなどではなく)の楽譜が入ってきて、狂ったようにさらっていたことは覚えている。これからは、実験でもアジアでもなく、こっちの方向なのではないかと朧げに予感していた。

同世代の新作を弾くことは、かなり初めから行っていた。同級生や先輩後輩の学内での試演会、芸術祭に始まり、その後いくつかの作曲グループ(「NEXT」「クロノイ・プロトイ」「Cue」)に参加し、自作を含め同人の作品を弾くことは自分の活動の基本であり、それは今でも続いている。さらに、20代後半に一時期、東京混声合唱団の伴奏をよくさせて頂いていたことがあり、これがその後自分の創作のもう一つの軸となる合唱の作曲に繋がっていった。(合唱曲の作曲については次回テーマとするかもしれない)
その関係で、ピアニストの中嶋香氏と知り合えたことは幸運だった。それまで実は、自分がピアノを弾くとはいえ、ピアノソロ曲を書いてそれを自分で弾く、ということは丁寧に避けてきていた。(アンサンブル内のピアノなら弾くのだが)そのような自給自足をしても、作曲した行為が自分の中で始まって終わってしまうことに意味を感じないからだった。故に、初めてのピアノソロ曲は、黒田亜樹氏のリサイタルの公募曲であった。そしてその後は中嶋氏から、今までに4曲もの委嘱をうけ書かせて頂いている。そのうちの3曲目「炭酸」は、何度も再演頂き、武生音楽祭でも取り上げられ、出版もされたとても幸運な曲となっている。また出版されたものとしては、もう1曲、ピアニスト飯野明日香氏の「和の歌」プロジェクトにて作曲した、「ゲートキーパー」がある。

ピアノを弾くことが、外部と繋がったこととしては、コンテンポラリーダンスとの共演がある。新国立劇場の企画、平山素子氏振付による2台ピアノの「春の祭典」(師でもある土田英介氏の紹介による)東京、兵庫、イスタンブール公演は、アクトと音楽の関係性についてとても考えさせられた。ほぼ同時期に、今度はピアニスト兼作曲家として、宮本舞氏の作品を共同で3作品ほど創ったことがあった。音楽と振付は、ときにどちらかが先行、後行で創られたが、両方あることで初めて成立する作品、という視点は自分には新しかった。その3作目の「Different tunes」はその後、微分音をテーマとする室内楽のシリーズにつながっていった。

先程、ピアノソロに限っては自分で演奏しないと書いたが、近年それは変わってきている。これまで、なんとか自分を作曲家たらしめようとしてきた結果、今のような両立活動となってはいるが、未だに自分が自立した作曲家とは思えていない。独自の語法とコンセプトに基づいて、他の誰も書けないような世界を作る、のが自分の思い描いていた作曲家像だったのだが・・・どうも自分の役割は、そうではないような気がしてきた。近年、いくつかのコンサートを企画したことがあり、自分のピアノと選曲によって一つのコンサートを作ることの充足感の方が、何かの機会に1曲だけ出品することよりも、大きいことに気づいてしまったのかもしれない。2019年の「Trio Difference」と、2021年の現音ペガサスコンサート「篠田昌伸ピアノソロ(?)Synchronized」は、ほぼ全てを自分がプログラミングし、中に自作も含めたコンサートだった。

これまで、ピアノを弾く機会を自発的に作ることに消極的、むしろ封印することで作曲のウェイトを保ってきたところがあったのだが、人生も多分半分を過ぎて、そろそろ自覚的にピアノの活動を増やしていこうとしているところある。

・ホームページ
https://ballad-filter.jimdofree.com

・作品、その他動画(youtubeプレイリスト)
https://youtube.com/playlist?list=PLwOQSHL_25Jhj3v1yrJdgx0eJ-MqIqqwb

・演奏動画(youtubeプレイリスト)
https://youtube.com/playlist?list=PLwOQSHL_25JhctLvDa0uVCRrLSLBxPWr-

・作品収録CD
「街の衣のいちまいしたの虹は蛇だ」篠田昌伸現代合唱作品集 (299MUSIC)
「和の歌 日本の歌によるピアノ作品集」(camerata)
「クロノイ・プロトイ×クァルテット・エクセルシオ 弦楽四重奏の可能性」 (Sound Aria Records)
「作曲家グループCue×大田智美 現代アコーディオン作品集」(ALM Records)
「これが俺たちの音楽だ 東京混声合唱団」(fontec)
「Composer Group Cue works」(ALM Records)

・コンサート予定
6/20グループNEXT第24回作品展 にて
新作「whereof one cannot speak…」初演 ホルン:近藤圭 ピアノ:篠田昌伸
11/11 両国門天ホールにて ソロコンサートを企画
――――――――――――――――――
篠田昌伸( Masanobu Shinoda)
東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、同大学院修士課程修了。作曲を尾高惇忠、土田英介、ピアノを播本枝未子、大畠ひとみの各氏に師事。 第22、27回日本交響楽振興財団奨励賞、第74回日本音楽コンクール作曲部門第1位、第1回イタリア文化会館日本国内作曲コンクール審査員特別賞、第9回佐治敬三賞、等受賞。06年just composed in YOKOHAMA委嘱作曲家。11年武生国際音楽祭にて作品が招待される。複数の作曲家グループやプロジェクトに参加し作品を発表する他、著名な演奏家、団体等の委嘱などによっても作品が発表されている。近作では、室内楽「Different tunes」シリーズ、合唱曲「言語ジャック」等があり、ピアノ曲「炭酸」は全音楽譜出版社より出版されている。また、ピアニストとして、新作初演、声楽、器楽とのアンサンブル、ダンスとのコラボレーション、レコーディング等、幅広く活動している。

(2023/6/15)