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小人閑居為不善日記|ワンダヴィジョンの美しい夢 | noirse

ワンダヴィジョンの美しい夢
Wandavision and Beautiful Dreamer

Text by noirse

※《ワンダヴィジョン》、《うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー》の結末に触れている箇所があります

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今期のアニメも傑作や話題作色々ある中で、あえて取り上げたいのが《ぶらどらぶ》だ。《機動警察パトレイバー the Movie》(1989)や《GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊》(1995)で知られる監督押井守の、実に35年ぶりのシリーズアニメ作品である。
内容は献血マニアと吸血鬼、ふたりの女子高生をメインに据えたドタバタコメディ。押井と言えば難渋なイメージを持つ人もいるかもしれないが、本来は出世作《うる星やつら》(1981-84)のようにギャグ志向も強い。いわば復活作かつ原点回帰の一作だ。
ただ、現状公開されている6話まで見た限り、あまりノレないのが正直なところだ。押井がアニメから遠ざかっていたあいだ、ギャグアニメも大きく変わった。押井の切り拓いた地平は、たとえば新房昭之監督の《ぱにぽにだっしゅ!》(2005)などでブラッシュアップされ、今も変化し続けている。《ぶらどらぶ》は見た目もギャグも古くさく、これだけならわざわざ取り上げるほどではなかったが、同時期にリリースされた《ワンダヴィジョン》を見ていると、どうしてもこの作品をを想起してしまうのだ。
《ワンダヴィジョン》は今年1月からDisney+にて配信を開始したドラマシリーズで、《アベンジャーズ》(2012)などのマーベル・シネマティック・ユニバース系列作。ただし今回はいつものマーベル作品とは様子が異なる。TVドラマ《アイ・ラブ・ルーシー》(1951-57)や《ザ・ディック・ヴァン・ダイク・ショー》(1961-66)などを彷彿とさせるシットコム(シチュエーションコメディの一種)なのだ。
郊外の住宅地ウェストビューに引っ越してきた新婚夫婦、魔女ワンダと人造人間ヴィジョン。近所の奥様方や勤め先で正体を見破られないようふるまうも、それがいつも裏目に出て……。
一話目などはモノクロで、明らかに《奥さまは魔女》を参照しており、何とも古めかしい。けれど時折忍び込む「予兆」が古色蒼然としたシットコムに亀裂を走らせ、不穏さを呼び込んでいく。
ユニークなのは、回を追うごとに参照する作品が変化していく点だ。《ゆかいなブレディー家》(1969-74)、《ファミリータイズ》(1982-89)、《モダン・ファミリー》(2009-20)などなど、風俗から映像表現までコピーしており、シットコムの歴史を追っているような気分になる。監督のマット・シャックマンは子役として《Just the Ten of Us》(《愉快なシーバー家》のスピンオフ)などに出演していた「経験者」で、ワンダを演じるエリザベス・オルセンの実姉アシュレー&メアリー=ケイト・オルセンは《フルハウス》の子役で有名だ。シットコム好きなら細部まで楽しめることだろう。

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しかし何故シットコムなのか。ここから先は《ワンダヴィジョン》の重要なネタバレを含むのでお気を付け頂きたい。
シットコム化したウェストビューは、ある人物が特殊能力によって現実を改変し、理想を具現化したものだった。その人物がシットコムに親しんでいたため、それに則って表現されているのである。
こうしたアイデア自体はめずらしくはない。例を挙げるとそれだけでネタバレになるので名前は出しにくいが、たとえば前述した新房昭之監督にも同じ仕掛けの作品がある。
それでも《ワンダヴィジョン》が突出しているのは、シットコムが孕む批評性にある。シットコムは基本的に主婦や子供、ファミリー層に向けて作られており、いきおい保守的になりがちだ。封建主義的で女性蔑視的、子供は親の言うことを聞くもので、国や教会の倫理観に背くことは許されない。最近は変化しつつあるが、一時期は間違いなくそうだった。
《ワンダヴィジョン》はシットコムへ敬意を払いつつ、凝り固まった価値観に対しては手厳しく批判していく。もちろんシットコムは放送当時から批判されてもいたので今さらではあるが、ディズニー製作という点も忘れてはいけない。ディズニーは主幹のアニメ事業が悪化していた2000年代に《おとぼけスティーブンス一家》(2000-03)や《シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ》(2006-11)などのシットコムを量産しており、それは今でもディズニーブランドの一角を形成している。それを自己批判させているわけだから鷹揚だが、度量が大きいというよりは折からのポリティカル・コレクトネスの盛り上がりへの目配せだろう。
さて、冒頭に戻ろう。《ワンダヴィジョン》を見ていると、《ぶらどらぶ》を思い出さざるを得なかった。押井作品に親しんでいる人なら言うまでもないだろう。《ワンダヴィジョン》は押井の代表作《うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー》(1984)にそっくりなのだ。

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主人公のあたるやラムは高校生で、明日の文化祭に向けて準備に追われながら、いつ終わるとも知れないドタバタを繰り返していた。だがある時、彼ら全員が文化祭前日を反復していることに気付く。彼らはある人物の夢の中に閉じ込められていた。その人物は今の生活に満足しており、その時間を永遠に留めておきたいと願うあまり、街全体を「ビューティフル・ドリーム」に取り込んだのだ。
押井は原作の高橋留美子《うる星やつら》を枠組みとして利用し、その中に充足することに批判的なまなざしを向けた。《ビューティフル・ドリーマー》は高橋のマンガを、《ワンダヴィジョン》はシットコムをフレームとして巧妙に用いることで、他の同系列作品にはない批評的な視座を獲得したと言えよう。
より注目したいのは、ワンダとラムの存在だ。ラムは異星人で、あたるの家に居候している。押井はこうした「異人」(便宜上こう呼ぶ)設定を気に入っているようで、その後何度も踏襲している。たとえば《御先祖様万々歳!》(1989-90)では未来人を称する少女が平凡な一家に侵入する話で、原作がないため自由度が高く、《うる星》シリーズでできなかったであろう毒がふんだんに盛り込まれている。
居候という要素を外せばさらに指摘できる。《イノセンス》(2004)で「電脳化」した草薙素子はかつての同僚バトーの危機を前に突然現れ、すぐに去っていく。悪を退けるため異界から訪れる、折口信夫の「まれびと」を思わせないだろうか。《スカイ・クロラ The Sky Crawlers》(2008)に至っては、主要人物全員が人類にとっての異人だ。
そう考えると《ぶらどらぶ》は押井の「異人」好みのもっとも分かりやすい例と言えるだろう。ドラキュラ人気の背景にユダヤ人差別などのゼノフォビア(外国人嫌悪)があったとする分析はよく知られている。といっても押井が流行りのPC的配慮を意識したわけではなく、「異人としての吸血鬼」にもともと興味があったのだろう。

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一方《ワンダヴィジョン》には「移民/異人嫌悪」が深く刻み込まれている。ワンダはヨーロッパの架空の国ソコヴィア(恐らくウクライナなどがモデル)出身で、アベンジャーズに憎悪を抱く、雑駁に言えばテロリストだった。ワンダがウェストビューにやってきたのは彼女なりの理想郷を追い求めるゆえだったが、そこにも「魔女狩り」の影は忍び寄る。魔女とテロリストという設定は分かち難く結びついていて、本来シットコムにはそぐわない「異人」ワンダをその中に放り込むことで、アメリカが抑圧してきた苦しみを炙り出しているわけだ。
巧みである。しかし予定調和でもある。完璧な世界は、完璧であるがゆえに異常だ。ユートピアは同時にディストピアでもある。それゆえ、シットコムは本質的に異物と相性がいい。もともとが異様だから、悪いわけがないのだ。
デヴィッド・リンチの作品を思い出してみればいい。リンチといえばポップ・カルチャーを異化し、不気味でグロテスクなイメージを生み出す監督だ。《ツインピークス》(1990-91)はソープオペラを、《ワイルド・アット・ハート》(1990)ではプレスリーを、《マルホランド・ドライブ》(2001)ではハリウッドを。《インランド・エンパイア》(2006)ではシットコムも異化作用の対象になっている(シットコム部分は《Rabbits》という短編映画にまとめられている)。リンチ作品の不気味さは彼自身の資質もあるが、扱っているカルチャーが潜在的に孕んでいるものでもある。リンチはそれを率直に表現しているだけだ。
《ワンダヴィジョン》も同様で、この作品をマーベルとディズニーの功績のみに集約してしまうのは物事の一側面に過ぎない。《ワンダヴィジョン》のポテンシャルはもともとシットコムという表現形態に備わっていた。そういう意味では《ワンダヴィジョン》は、シットコムの表裏をきちんと描いた、まっとうな作品なのだ。
それだけに《ぶらどらぶ》の出来が悔やまれる。女子高生の吸血鬼は紋切型の域を出ず、異人としての機能を果たしていない。ラムをどうにか異化しようと悪戦苦闘した押井の姿はここにはない。
「異人」は押井の傑作群を生む武器であり、それにより彼自身をジャパニーズ・アニメーションの異端児と位置付けることにもなった。しかし「飼い慣らされた異人」しか出てこない《ぶらどらぶ》を見ていると、押井自身が異人であることから降り、安住してしまったとしか思えない。押井は、予定調和な世界に迷い込んだワンダと同じだったはずだ。よくも悪くも完成度の高い《ワンダヴィジョン》を見るにつけ、もっと強烈な「異人」の空白について、思いを馳せざるを得ない。

(2021/3/15)

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noirse
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