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『TERA เถระ』|田中里奈

『TERA เถระ』

Text by 田中里奈 (Rina Tanaka)
画像提供:UPN

新型コロナウイルス感染症の蔓延が芸術活動を世界規模で制限し出してから、もう長くなる。国境を越えた活動に大きなリスクを伴うようになったため、これまでのように、気軽に航空券を取って観劇旅行をすることも、海外のアーティストが頻繁に来日することも困難になってしまった。それどころか、芸術活動の場としての劇場が、感染リスクの高い三密空間と認定されるようにすらなった。
これを受けて、初夏から秋にかけて、屋外での公演が国内外でしばしば話題となった。今年の6月、串田和美は長野県松本市で一人芝居を行ったし1)、海外の例でいえば、ベルリンのドイツ座やドイチェ・オーパーは劇場前の屋外空間で公演再開を祝った2)
しかしながら、コロナの影響が生じる以前から、劇場という場に拘らないパフォーマンスは生まれていた。リミニ・プロトコルの「100%シティ」3)や、高山明による「ヘテロトピア」4)では、アーティストが現地に赴いて調査と制作を行い、なおかつ地元の観客が参加することを前提としている。
上記の作品と同じ潮流に位置づけられるのが、2018年に国際舞台芸術祭フェスティバル/トーキョーのプログラムとして初演された『テラ』である5)。西巣鴨・西方寺の本堂で上演されたこの作品は、観客参加型でありながら(なんと観客が木魚を叩いて合奏に参加する)、身近な話題と哲学的な主題とを丁寧に往復するという、他に類を見ない音楽劇であった。『テラ』はその後、2019年のチュニジア公演を経て、『TERA เถระ』(以下、「テラ・テラ」と略記)と名を改めて、本年10月16月にタイ・チェンマイのワット・パラット寺院にて上演された。本稿では、先月30日に実施されたオンライン上映会をもとに、同作についての批評を試みたい。

90分間の上映会はZoomウェビナーで実施された。入室すると、歌うようなリュートらしき音色と打楽器のリズムが聞こえてきて、『テラ・テラ』の世界観が耳の向こうにぼんやりと浮かび上がってくる。良い「前奏」が設えられた配信は、画面の前の視聴者が観劇モードに移行するための手助けをしてくれる。
さて、上映本編が始まると、映し出されるのは夜の屋外だ。画面の左右には仏の顔をした狛犬がライトアップされて鎮座している。種明かしをしてしまうと、ここはドーイステープ国立公園内にあるワット・パラット寺院の入口なのだが、暗闇に二体の狛犬がぼうっと浮かぶ光景に呆然としてしまう。その雰囲気に馴染む間もなく、すぐさま俳優の案内が始まり、観客がカメラの後ろから続々と境内に進んでいく。虫の音が聞こえる。なんだか夜のアトラクションの密着取材を見ているようだ。
境内に進むと、まず銅鑼の音が耳を捉え、続いて響く朗唱とともに、演舞を通じて神話の世界が示される。かと思えば、次の移動先では、さきほど踊っていた女性が割烹服に身を包んで、観客に気さくに話しかけてくる…そんな風に、無秩序に現れては消える物語の断片――ワット・パラット寺院の由緒や仏教思想に関するレクチャーやパフォーマンスから、俳優個々人の体験に基づいたモノローグ、そして日本人の老女と仏教絵師にまつわる物語まで――をどのように受け止めるかは観る側に委ねられている。4名の出演者で複数の役割を回していくことになるので、個々が作品を作っていくというよりも、身体や楽器を通じて、誰かや何かの記憶をアトランダムに再生しているようにも見えてくる。
ひときわ目を引くのが、語りと語りの合間に挿入される合奏だ。観客一人ひとりにカエルの形をしたギロが渡され、それを伴奏に合わせてカランコロンと手拍子よろしく鳴らしたり、俳優から提示される108の素朴な質問に答えるためのアンサーブザーとして使ったりする。「酔ってやらかしたことがある?」「タバコがやめられない?」といった質問に、観客はギロを鳴らして応答する。その中で墓や死後の話題も出されるのだが、答えづらいような問いにもひとまずギロの音で答えてみることで、観客個々人の関心を、無理のない形で徐々にパフォーマンスの内容とリンクさせていくのだ。西方寺での初演にはギロではなく木魚が使用されていたのだが、個人的な質問に答えることへの気後れよりも、木魚を叩きたいという気持ちが勝り、楽しんでいる間に気付けば作品の中に入り込んでしまった。こればかりは画面越しだと参加できない寂しさが募る。そう思わせること自体、有観客上演の配信としては成功だろう。
仏教という〈大きな物語〉と、等身大の経験談の集合とを行ったり来たりする際、重要な役割を担ったのが音楽である。演奏に使用されたのは、サローやピンピア(いずれも弦楽器)、ピー・ナイ(縦笛)といったタイ北部に伝わる楽器や、タイの伝統音楽に用いられるタポーン(両面張り太鼓)、そして北インド発祥のバンスリ(横笛)だ。さらに作中で、タイ北部に伝わるラーンナータイ音楽に特有の、同じ曲を祝福と葬儀の双方で使用する慣習が紹介されている。生と死が表裏一体であると説くのは非常に仏教的だが、この現状だからこそ切実に聞こえてくる言葉と音の響きがそこにある。

タイで上演された『テラ・テラ』を、「寺におけるパフォーマンス」という外枠の点で2018年の『テラ』の派生とみなすだけでは片手落ちだ。そうではなく、公演地に根差した仏教のあり方について、作り手と観る側が共に考えを巡らせ合ってみるという設計の妙を評価したい。『テラ・テラ』は一種のコレクティヴの様相を成している。
制作過程も見過ごせない。公演にあたって、タイにおける防疫対策のため、日本チームの渡航が叶わなかったことが、新たな展開へと実を結んだからだ。日本チームは、この作品のコンセプトと構成をタイの現地チームに渡したのち、現地での制作にほぼ関与しなかった6)。その結果、『テラ』は、現地を活動拠点とするプロフェッショナルたち――演劇人から舞踏家、仏教学者、そして音楽学者に至るまで――によって解体され、新たに構成し直された。上演に至ったその成果を日本チームが映像で初めて目の当たりにしたというプロセスも興味深い。一観客の視点を付け加えるとすれば、物理的な参加とリモートでの視聴はまったく異なる体験として理解されるべきだが、配信を第一の目的としないパフォーマンス作品における配信の役割とは、さまざまな制約のために辿り着くことのできなかった場に思いを馳せ、まだ見ぬ「いつか」の体験を期待して待ち続けるための栄養剤のような気がしてならない。

さて、『テラ・テラ』の次回作として、2021年に日本とミャンマーでの公演が予定されている。これらの一連のシリーズは「テラジア 隔離の時代を旅する演劇」と称されているが7)、今回、日本チームとタイチームの双方に『テラ・テラ』の著作権保持が認められたことに鑑みると8)、『テラ』という作品が今後、共有財産として発展していく可能性は十分にある。その主題となっている仏教さながらに、移動と変容を繰り返しながらアジアに拡大していくとしたら面白い。今後の展開が期待される。

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TERA เถระ
at Pha Lat Temple, October 16-18, 2020, 14:00 / 19:00

[Creative Team]
Director: Narumol Thammapruksa (Kop)
Performance: Sonoko Prow, Pakorn Thummaprukas
Music: Great Lekakul, Torpong Samerjai
Dramaturg: Somwang Kaewsufong
Advisor: Phramaha Boonchuay Doojai
Concept: TERASIA

『TERA Thailand』オンライン上映会+TERASIA アーティストトーク
2020年10月30日(金) 20:00~22:00
オンライン配信(Zoomウェビナー)
上映言語:タイ語(日本語字幕あり)
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/018cw61183s5b.html

【登壇者】
『テラ』制作チーム:
坂田ゆかり、稲継美保、田中教順、渡辺真帆、藤谷香子(FAIFAI)
『TERA Thailand』制作チーム:
ナルモン・タマプルックサー(コップ)、ソノコ・プロウ、パコン・タマプルックサー(ギグ)、グレート・ルカクン、トルポン・サメルジャイ、ソムワン・ケスフォン

主催:合同会社UPN
https://terasia.net/
助成:国際交流基金アジアセンター アジア・市民交流助成

(2020/11/15)

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田中里奈 Rina Tanaka
東京生まれ。明治大学国際日本学研究科博士課程修了。博士(国際日本学)。博士論文は「Wiener Musicals and their Developments: Glocalization History of Musicals between Vienna and Japan」。2017年度オーストリア国立音楽大学音楽社会学研究所招聘研究員。2019年、International Federation for Theatre Research, Helsinki Prize受賞。2020年より明治大学国際日本学部助教。最新の論文は「変容し続けるジュークボックス・ミュージカル──ヴィーンにおけるミュージカルとポップ・ミュージックの関係を例に」(『演劇と音楽』、森話社)。

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1 松本経済新聞「コロナ禍の「街の文化芸術」~串田和美さん、あがたの森公園で独演」、2020 年 6 月12 日

2 Rundfunk Berlin-Brandenburg, “Deutsches Theater spielt jetzt Open Air”, 2020 年 5 月 29 日、
 Frankfurter Allgemeine,“Ouvertüre auf dem Parkhausdeck”, 2020 年 6 月 15 日

3 Rimini Protokoll, “100% City: A Statistical Chain Reaction”,

4 Port B, 「東京ヘテロトピア

5 フェスティバル/トーキョー18『テラ』

6 Watanabe, Maho, “Introduction: About TERASIA”, 2020 年 10 月 15 日、

7 このプロジェクト名は、オンライン上映会のタイトルにも掲げられている。

8 特別対談「〈隔離の時代を旅する演劇〉 : 『テラ/TERA』アジア公演を聞く」、2020 年 10 月 27 日、