Menu

川口成彦 フォルテピアノリサイタル ~グレーバーで聴く19世紀初期ピアノ名曲集 vol. 2~|大河内文恵

川口成彦 フォルテピアノリサイタル ~グレーバーで聴く19世紀初期ピアノ名曲集 vol. 2 

Naruhiko Kawaguchi Fortepiano Recital ~Masterpieces in 19th century played by Gröber vol.2 

2020年7月7日 自由学園明日館講堂
2020/7/7 Jiyugakuen Myonichikan auditorium
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by jmho from wikimedia commons

<演奏>        →foreign language
川口成彦(フォルテピアノ)

<曲目>
シューマン:アラベスク ハ長調 op.18
ベートーヴェン:ピアノソナタ第27番 ホ短調 op.90
~休憩~
ショパン:練習曲 変ホ短調 op.10-6
ショパン:「ドン・ジョバンニ」の『お手をどうぞ』の主題による変奏曲 変ロ長調 op.2 (ピアノ独奏版)
~休憩~
シューベルト:ピアノソナタ 第15番 「レリーク」 ハ長調 D 840
~アンコール~
アルベニス:夢 Op.101bis より 「愛の歌」

<使用楽器>
1820年製のオリジナルフォルテピアノ(ウィーン式) Johann Georg Gröber (Insbruck1820)

 

いつまでも音色が耳に残るピアニストである。
リサイタル後、聴いた音楽が頭の中で鳴り続けるというのは、よい演奏会を聴いた後にはときどき起こる現象である。が、今回はその晩だけでなく、忘れた頃にもふっと耳に蘇ってきた。

七夕の夜に明日館講堂でおこなわれたリサイタルは、その人気ゆえ昼間に追加公演もおこなわれたという。もはや紹介も不要なほどだが、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位を獲得した川口は、ショパンのみならず、フォルテピアノという楽器がカバーする時代すべてをレパートリーとしている。今回は、1820年製のグレーバーの楽器で弾いてみたい曲を選んでプログラミングするシリーズの第2回である。

独特な選曲である。おそらく誰もが聞いたことがあるのはシューマンのアラベスクくらいだろう。川口のサイトに掲載されているレパートリーと照合してみると、(更新が追いついていないだけかもしれないが)そこには入っていない曲ばかりである。

一見脈絡のないプログラムのように見えるが、「シューマン」と「ベートーヴェン生誕250年」という2つのキーワードで組まれたものだと川口はいう。ショパンがシューマンに見いだされ、音楽雑誌誌上で「天才」として紹介されたことはよく知られているが、ショパンのヴィーン・デビューで本日の変奏曲が演奏され、それをシューマンが聞いたことがきっかけになったことはさほど知られていない。また、シューベルトの「レリーク」は、シューベルトの没後11年たってから、シューマンによって発見された曲である。さらに、その発見をした年に作曲されたのが冒頭の《アラベスク》であり、ここで各曲を貫く輪が1周するというあまりにもよくできたプログラムなのである。

彼の演奏には音色そのものが持つ抗いがたい魅力があるのはもちろんだが、1台1台個性の異なるフォルテピアノの特性を熟知して、それを演奏に確実に反映させるところにも着目すべきだろう。たとえば、アラベスクの最後のコーダの部分の夢見心地な感じ。力強さが強調されがちなベートーヴェンのソナタの、かくも繊細で優美な音楽性という新たな知見を提示しつつ、やはり最後の消え入りそうな終わり方に心をもっていかれる。

もう1つ挙げておきたいのは楽曲理解への切り込みの深さである。ベートーヴェンの27番のソナタはフレーズ構成が2小節、4小節、6小節と不規則に組み合わされており、書いてある音符を並べただけでは寸足らずになってしまうのだが、フレーズ処理の的確な川口の演奏では、そういった不全感がまったくない。従来右手のメロディーをいかに邪魔しないように弾くかが通常はポイントになってきたショパンのエチュードOp. 10-6では、充実した内声がむしろ推進力になっていることを示した。

「お手をどうぞ」による変奏曲で、ショパンがピアニストとしてまた作曲家としての才能を聴衆に余すところなく届けられたのと同様、川口のショパン弾きとしての本領が発揮された。1つ1つの変奏が個性豊かに弾かれるというだけでなく、本来オーケストラパートのピアノリダクションである部分でも「らしさ」をみせ、最後の“ポロネーズ風”では、ポーランドの舞曲リズムが心地よく圧巻だった

プログラムの最後に置かれたシューベルトのソナタは、2楽章までの未完の作品で演奏される機会はあまり多くはないが、今回の演奏で「若者シューベルトの心の中に吸い込まれそうになる」(プログラムより)この曲の本質がみえた気がした。おそらくモダンピアノで弾くよりも、フォルテピアノで弾いたほうがよい作品であると同時に、シューベルトの心の内を丁寧に掬い上げていく川口の演奏に、時間の経過が消えたような感覚になった。

アンコールはスペイン音楽を愛する川口から、七夕にちなんだ「愛の歌」の贈り物。本編とはうってかわって、ロマンチックな愛を奏でる。スペインの曲を集めたリサイタルも聴いてみたくなった。

(2020/8/15)

—————————————
<performers>
Fortepiano: Naruhiko KAWAGUCHI

<program>
Robert Schumann: Arabeske in C Major, Op. 18
Ludwig van Beethoven: Piano sonata no. 27, op. 90
–intermission–
Fryderyk Chopin: Etude No. 6 in E-Flat Minor, Op. 10, No. 6
Fryderyk Chopin: Variations on La ci darem from Mozart’s Don Giovanni, Op. 2 (version for piano)
–intermission–
Franz Schubert: Piano Sonata No. 15 in C Major, D. 840, “Reliquie”
–Encore—
Isaac Albéniz: Reves, Op. 101 No. 3. Chant d’amour