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五線紙のパンセ|2)日本の南西地域に継承される音文化から見えてきた「日本」について|原田敬子

2)日本の南西地域に継承される音文化から見えてきた「日本」について
2) Musical culture inherited in southwestern region of Japan

Text and Photos by 原田敬子(Keiko Harada)

*非常事態の影響を受けて準備できない資料が発生したため、第3回の内容を先に執筆する事をお許し頂きたい

3年前に他界した父が闘病中に使っていた医療用手袋。実家の押入れに眠っていた余分を、まさか毎日使う日が来るとは思わなかった。連日のCOVID-19関連の報道は、日本の外交力、異文化世界との関係の脆弱さを露呈していると感じる。情報化全盛にも関わらず、日本国の世界からの離島感は半端なく、離島の強みを生かせていない。これは究極には日本人が日本をいかに認識しているか?という問題だろう。自己を認識するためには他と出会うことによる化学変化を経験しなければ難しい。出会いの機会の少なさは離島の宿命的な弱点ではあるし、筆者が調査研究している、より小規模な離島各地での聞き取りを根拠に言えば、離島なりの事情が無いとは言えないが、それでも筆者らが対象にしている喜界島の人々は、離島とは何かを実によく認識している。だからこそ早々に 「医療体制が超脆弱。一旦感染者がでれば高齢者人口が多い事もあり、想像するだけで生命の危険を感じる。物資以外は一旦止めて、それで生活が貧しくなっても米だけ空から落としてくれれば、暫くは励ましあって頑張れる。何より命を守りたい。」と、民間人から発して隣の島々にも声をかけ、旅行者などへ訪島自粛を訴えた(4月11日、南日本新聞朝刊)。目下、1億人を超える日本人の不安は、感染者数増加と共に膨張し、列島の彼方此方から感染だけでなく不安のクラスターが聴こえてくる。雪だるま式に膨張する不安が、国民個々の免疫力を弱めない事を願う。それにしても、日本の大都市で緊迫状況に追いやられている医療現場の人々は、世界中から「心配」されている日本を一体どう感じているのだろうか(いや、言い換えてはいけない。実際には五輪開催ゴリ押しの時から日本は「猜疑」の目を向けられている)。「アベノマスク(注 : 呪文ではない=後々の世代の読者へ)、予算466億円」は最優先事項か? 都道府県を概観すると、実質「自己責任」を押し付けられた各長たちの表明内容は、国や経済界、そして有権者への忖度の濃度が色とりどりである。いったい日本とはどういう国なのだろうか? とんでもない状況下での本稿が、何か少しでも意味のある内容であるよう努めたい。今回は、地域で育まれてきた音文化の調査から見えてきた「日本」について。

鹿児島伝統の薩摩琵琶 調査、中間成果発表時のチラシ(2015年)

「なぜ貴方が民謡 / 民族音楽を調査しているのですか?」度々質問を受ける。質問する人々の殆どが、自身も西洋芸術音楽以外の音楽に関わっている。問いの内容をもう少し詳しく書くと「貴方はアカデミズムの作曲家なのに民謡 / 民族音楽を研究する理由は?」「トガッタ現代音楽を作曲した末にシンプルな民謡や土着の音楽に癒しを求めている?」「民謡や民族音楽が創作のヒントになる?」など、いかにもな内容だが全て違っている(特に筆者は「現代音楽を作曲」しているのではない← これについてはまた別の機会に)。筆者らは、日本の各地域で育まれ継承されてきた伝統の音文化の「継承の未来」に注目している。音文化と呼ぶのは言語も含むからだ。また周知のことだが、日本の伝統の音文化を考える時、音と言葉は切り離せない。更に「音楽と(敢えて)呼ばない音文化」(鹿児島伝統の薩摩琵琶ほか)も存在している。

この研究テーマは、日本人以外の人々から頂いた筆者の作品への感想や批評(例 : 西洋にはない独特の時間感覚や旋律が聴こえるが日本の伝統の影響か?/ 雅楽に似た響きに聴こえるが意図的に使っているのか? など)を受けて筆者自身、問いが生まれ(「日本とは?」「日本的とは?」「日本特有の美的表象とは?」)、奇遇の連鎖を経て、図らずも鹿児島県で始まった調査の過程で決めた。奇遇の連鎖は筆者8歳の頃まで遡る話であるが、長くなるので今回は割愛する。

さて、継承に関する研究対象は鹿児島県の広域に広がる、鹿児島県の各地域で育まれてきた以下の①から⑤である。 ①「鹿児島伝統の薩摩琵琶」 ②「天吹」(①②は武家階級の音文化)、民衆の楽器 ③「ゴッタン(木製の箱型三味線)」。そして更に南西の奄美群島の民衆音楽 ④「三線を伴う島唄(シマ唄)(1)」(喜界島を主に奄美大島も加えた)、昨年は更に本土の⑤「妙音十二楽」が823年の継承を終える(2)ということで地元の方々から危惧を知らされ、⑤に含まれる楽器(盲僧琵琶)が①の先祖と考えられ、大切に守られてきたことから追加した。これらの継承者への聞き取りを行い、各々異なる理由だが全て継承の危機に瀕しているのを知った。そこで興味を感じたのは、一体どのように継承して行くのか/止めるのか、また時代に寄り添う形で変化させつつ、仮に別物になっても守るのか?という点である。喜界島の文化人 生島常範氏(3)は平成30(2018)年6月に次の旨語った。「よく、伝統文化が消えた、無くなった、というが、他動詞を使うと他人事のように聞こえる。そうではなく私たち自身が理由をつけて自らの決定でやめたのです。自動詞を使うべき」。継承の危機の今後は、継承者の個人的な事情のみならず、関係者、自治体、国の無形文化財保護法を意識する研究者、地域社会に情報共有を促す役割のマスメディア等から直に影響を受ける。特に自主財源の少ない自治体では文化予算が切られるという現実も放置すべきではないだろう。予算が全くのゼロであれば、裕福なスポンサーを見つけるか、やりたい人が続け、やめたくなったらやめるというお決まりのパターンに陥る危険がある。

喜界島で50代~80代の人々に継承されている喜界町指定無形文化財(民俗) 「志戸桶八月踊り保存会」の調査。手前右から廻由美子、筆者

地域で育まれた音文化を深く調査することで、日本人のものの見方、考え方、価値観が見えてくる(その根拠がまた興味深い)。その結果、地域から日本という国を捉え直す視点ができ「日本とは?」「日本的とは?」「日本特有の美的表象とは?」等の解に近づけるのではないかと考えている。過去8年間、鹿児島伝統の薩摩琵琶を継続調査するだけでも、薩摩と江戸/薩摩と奄美群島の関係、歴史、政治 、外交、教育、自然環境、民俗、地域特有の言語、武士の美学、哲学など筆者の専門外分野に広がり、その筋の研究者に助言を求めることで新たな交流が始まっている。

小川学夫 鹿児島純心女子短大名誉教授(写真左)に喜界島の調査を勧められた
鹿児島県歴史資料センター黎明館にて(2016年)

地方創生、地域活性化などと叫ばれて久しいが、本質を伝える内容を大前提に、地域で育まれた伝統の音文化に触れる機会を(4)、先ずは義務教育課程に取り込んでほしい。例えば鹿児島伝統の薩摩琵琶の思想は「芸術に非ず、音楽に非ず」という異色の存在(昭和35年、県指定無形文化財)。しかし地元に、これを継続して研究する人材がもう15年近くもいない。喜界島の音文化専門の研究者はなんとこれまで皆無。「だから貴方達はぜひ喜界島に行ってください」(2016年 小川学夫 鹿児島純心女子短大名誉教授)と命を受けて同島の調査を開始した。本稿も喜界島での調査途中で停留して書き始めた。籠って机に向かう事は日常なので苦にならないが、これが強制されている世界中の人々と医療従事者の心身の安全、そして感染者の回復を祈るばかりである。

(1) シマは集落を意味する
(2) 妙音十二楽は令和元(2019)年10月に最後の演奏となり、同保存会(鹿児島県日置市教育委員会内)は令和2(2020)年三月に解散したが、筆者らの研究調査を支える実行委員会の働きかけにより、資料整理などが計画されている。
(3) 喜界島出身在住の言語のエキスパート。日本語教員資格、中国語/英語堪能。日中国交回復時初の留学生。その後、台湾に11年間仕事で滞在。喜界語の集落ごとの差異を理解、話すことができる貴重な人材。言語保存、島唄、八月踊りの継承に約25年間取り組んでいる。1960年生。
(4) 国立政策研究所のプロジェクトにより、喜界町立早町小学校が令和2年度から2年間取り組む。

★演奏会情報(全て延期、日程未定)
2020年03月29日(日) SABANI (喜界町)
「伝統の身体・創造の呼吸」継続企画
Vol.3 ピアノ×パーカッション×ダンス
pf:廻由美子/per:栄忠則
Twitter : @dsskmd (伝統の身体・創造の呼吸)

2020年03月10日(火) BKA劇場(ベルリン,ドイツ)
原田敬子:Schema (シェマ) バスフルートと筝のための(世界初演)
fl:Carin Levine/箏:菊地奈緒子

★執筆 :季刊「オーケストラ」
2020年4月 連載「邦人作曲家の肖像 〜湯浅 譲二〜」

(2020年4月12日筆) (2020/4/15)

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原田 敬子 (Keiko Harada)
作品は国内外の主要な音楽祭や演奏団体、国際的ソリストの指名により委嘱され各国で演奏されている。独自のコンセプト「演奏家の演奏に際する内的状況」により独自の作曲語法を追求しており、東アジアの伝統楽器を用いた先鋭的な作品も多い。桐朋学園大学で川井學、三善晃、その後、Brian Ferneyhough各氏に師事。日本音楽コンクール第1位、安田賞、Eナカミチ賞、山口県知事賞、芥川作曲賞、中島健蔵音楽賞、尾高賞ほか受賞。国内外で異分野とのコラボレーション多数。サントリー芸術財団「作曲家の個展」(’15)、ISCM台湾テーマ作曲家として個展開催(’16)、シアター・オリンピックス(日露共催)委嘱作曲家(’19)。新自作品集CD「F.フラグメンツ」は、レコード芸術アカデミー賞ファイナリスト。自作品集CDは4枚がベルギー、ドイツ、日本の各社から刊行されている。
現在、東京音楽大学作曲科准教授、桐朋学園大学、静岡音楽館講師。