特別寄稿|「響きあうアジア2019」ガラコンサートで考える〜アジアの未来・響生〜|加納遥香
「響きあうアジア2019」ガラコンサートで考える〜アジアの未来・響生〜
Suy nghĩ trong buổi công diễn đặc biệt: “Châu Á Cộng Hưởng” – Tương lai chung sống của Châu Á
(This Article in English: Special Column | ASIA IN RESONANCE 2019 GALA CONCERT | Haruka Kanoh)
text by 加納遥香(Haruka Kanoh)
Photos by 藤本史昭/写真提供:(公社)日本オーケストラ連盟
2019年7月1日、東京芸術劇場にて「響きあうアジア2019」ガラコンサートが開催された。東南アジア5ヶ国――インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、ミャンマー――と日本から集まった演奏家たちが東京芸術劇場にて聴衆の前に姿を現し、埋め尽くされた客席からはアジアの多国籍オーケストラが日本にいる多くの人々の関心を集めていることが一目瞭然であった。
この公演は、独立行政法人国際交流基金が実施する「ASEANオーケストラ支援事業」の5年間の集大成として実施された。「ASEANオーケストラ支援事業」は「ASEAN 諸国はいまだ文化的なインフラが整備途上であり、わが国としても政治・経済関係のみならず文化関係もさらに発展・強化させる必要がある」(同基金平成26年度実務実績等報告書)という認識の下でASEAN 諸国のオーケストラに対する演奏技術向上とマネジメント・スタッフ育成を目的として2014年に開始され、コンサート配布プログラムによるとこれまでに大きく3つの事業を展開してきた。一つは日本の演奏家を各楽団に派遣し、現地の楽団の一員としての活動を通して協力と交流を図る長期派遣事業、二つ目は各国の楽団運営スタッフを日本に招いて研修を実施する短期招聘事業、そしてミャンマーの民政移管後の2012年に活動を再開したミャンマー国立交響楽団に対する支援事業である。これらは2014年に国際交流基金に設立されたアジアセンターを中心に実施されるアジア文化交流強化事業の一つでもあり、今回のコンサートは同センター主催の文化交流の祭典「響きあうアジア2019」の幕開けを飾った。
「響きあうアジア2019」交響楽団のメンバーはホーチミン市交響楽団から32名、ベトナム国立交響楽団から5名、王立バンコク交響楽団から20名、フィリピン・フィルハーモニック管弦楽団から11名、マニラ交響楽団から4名、ジャカルタ・シティ・フィルハーモニックから3名、ジャカルタ・シンフォニエッタから3名、ミャンマー国立交響楽団から3名、日本からは長期派遣事業に参加した演奏家6名、コンサートミストレスと独奏を務めた瀬﨑明日香氏と和太鼓奏者・友野龍二氏を含む特別出演14名から構成され、岩倉高等学校吹奏楽部からは36名の金管楽器奏者が賛助出演した。指揮は「炎のコバケン」こと小林研一郎氏、司会は朝岡聡氏が務めた。
各国の演奏家が顔を合わせたのは6月27日。本番まで数日間という限られた時間での練習だったにも関わらず、コバケンの指揮の下でそれぞれの作品が熱く生き生きと演奏された。コバケンは演奏家たちが各々生み出すのびのびとしたまっすぐな音を、余白を持たせながらまとめあげる。一人一人の音がピタッと重なり合うというより、運動する音と音が出会い、絡まり合うことで生み出される音楽は躍動感あふれる力強さを内包し、まるで波のようにうねりながらコンサートホール空間を縦横無尽に流れる。私はその波に引き込まれていくような感覚の中で、ベトナム滞在時に幾度となく聴いたベトナムの演奏家たちの音楽を自然に思い出し、また会場ではベトナムで出会った知人たちとの再会も果たして温かい気持ちに包まれた。聴衆一人一人、この公演の体験は多様であろうが、すべての演奏が終わると大拍手、大歓声が会場全体に響き渡った。
5年間にわたる「ASEANオーケストラ支援事業」は、交響楽団での演奏、運営の支援という枠組みの中で、日本と東南アジア諸国の人と人が出会い、交流し、協働で活動するプラットフォームを用意してきた。私はベトナムを中心に断片的にではあるが、この事業のなかでの人と人の交流の場面に居合わせたり、参加した人の声を聴いたりする機会があり、地域や国境を越えて共通の経験を重ねる様子を見てきた。その中で、彼らが日本と東南アジア諸国の間に新たな関係性、共有されるアジア像――それはまだ小さく脆弱でおぼろげではあるが――を築いていることを感じてきた。日本は戦前、戦中には「大東亜共栄圏」という理念を掲げ、東南アジアを物理的に支配してきた歴史を持ち、現代においても例えば外国人技能実習制度が孕む問題など、不均衡な関係性は継続している。このような中で、同事業における共通の経験の積み重ねは、頑強に構築されてきた関係性を解きほぐして紡ぎ直す実践として期待できるかもしれない。
一方で歴史と同時代の状況を鑑みると、同事業についての慎重な認識が必要となる。交響楽団をはじめとする西洋音楽は日本が欧米に追い付くことを目指し取り組んできたものであること、その交響楽団の演奏や運営において日本が東南アジア諸国よりも発展しているという認識を前提としてこの事業が始められたことを踏まえると、根底に働く欧米‐日本‐「アジア」というグローバル規模の力学を看過することはできないだろう。
このような事業の集大成として開催された「響きあうアジア2019」ガラコンサートには、少なくとも二つのアジア像が見出された。
一つは、各々の現場での地道な実践を通して築かれてきた東南アジアと日本を包摂する新たなアジア像である。このコンサートは二国間交流を中心とする5年間の交流のプロセスがあってこそ実現に至ったものである。そして多国籍交流の形として東南アジア諸国と日本の演奏家たちが一つのオーケストラを構成し、聴衆とともに親密で温かなひと時を創り出したことは、これまでのプロセスからさらに一歩を踏み出したと言えるだろう。
もう一つのアジア像はE.サイードが指摘したオリエンタリズムを彷彿とさせるものである。コンサートの進行において舞台上で繰り返し語られた「アジアのパワー」「エネルギー」「元気」といった言葉。これらの言葉はコバケンのダイナミックな指揮、「アイーダ」より“凱旋行進曲”に始まる威勢のよい作品の数々とその演奏、それに積極的に応える聴衆の拍手と歓声によって体現され、エネルギッシュなイメージが空間全体を満たした。こうしてコンサートを終始貫くテーマとなった一見美しい「アジアのパワー」という物語は、上述したようなまだ芽生えたばかりの繊細なアジア像を横目に、日本にとっての理想的な〈他者〉としての「アジア」像を暴力的に、画一的に作り出し、提示したように思われる。近年の東南アジアの目覚ましい経済発展の中で既に日本に広く知れ渡ってきたイメージでもあるこの「アジア」像は、市場や労働力などの東南アジアの「パワー」が現在の日本にとって不可欠であることと無関係ではないだろう。私は「アジアのパワー」そのものを否定しているわけではない。そうではなく、「アジアの人々の間に共感や共生の心を育む」ことを掲げる国際交流基金がこのイメージを再度、はっきりと提示する姿勢に対し、前進というよりは停止もしくは後退を、繋がりというより分断を生み出してしまっているのではないかと疑問を呈しているのだ。
国際交流基金は2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けてアジア関連の事業に力を入れてきた。この5年間の活動をいかに受け止め、未来に活かしていくのか。それは今後のアジアにおける日本のあり方を見出していくことであり、オリンピック・パラリンピック後の世界における日本のあり方を決めていくことにもなるだろう。「響きあうアジア2019」ガラコンサートは私たちに多くの問いを投げかける。アジアをめぐる多種多様な事業や催しが繰り広げられる今、企画者も演奏者も聴衆も、また「支援」する側もされる側も、誰もが常に、限りなく批判的で反省的で、そして前向きでなければならない。未来に開かれた姿勢を作るために。アジアが響きあっていくために。
〈参照文献・資料〉
エドワード W. サイード、今沢紀子訳、『オリエンタリズム(上・下)』平凡社、1993年。
「響きあうアジア2019」ガラコンサートの配布プログラム。
(2019/8/15)
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2019年7月1日 東京芸術劇場コンサートホール
<演奏>
指揮:小林研一郎
ヴァイオリン(コンサートミストレス&独奏):瀬﨑明日香
管弦楽:「響きあうアジア2019」交響楽団
司会:朝岡聡
<曲目>
ジュゼッペ・ヴェルディ 「アイーダ」より“凱旋行進曲”
バブロ・デ・サラサーテ ツィゴイネルワイゼン(ソロ:瀬崎明日香)
ジャン・シベリウス 交響詩フィンランディア
小林研一郎 「パッサカリア」より“夏祭り”
~休憩 20分~
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 「エグモント」序曲
ピョートル・チャイコフスキー 大序曲「1812年」
参照元:
日本語 https://jfac.jp/culture/events/e-asia2019-gala-concert/
英語 https://jfac.jp/en/culture/events/e-asia2019-gala-concert/
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加納遥香(Haruka Kanoh)
一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻博士課程在籍。日本学術振興会特別研究員。専攻は文化人類学、社会学。社会主義ベトナムにおけるオペラをはじめとした音楽文化構築について研究を行う。2014~2016年にベトナム・ハノイ国家大学に留学。2017年3月、修士論文「ベトナム・オペラという文化表象:社会主義ベトナムにおける芸術と権力」をもって同専攻修士号(社会学)取得。