第57回大阪国際フェスティバル2019 リヒャルト・シュトラウス『サロメ』|藤原聡
第57回大阪国際フェスティバル2019
リヒャルト・シュトラウス『サロメ』 演奏会形式
57th Osaka International Festival 2019
Richart Strauss 『Salome』 Concert style
2019年6月8日 フェスティバルホール
2019/6/8 Festival Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 森口ミツル/写真提供:朝日新聞文化財団
<演奏> →foreign language
大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:田野倉雅秋)
指揮:シャルル・デュトワ
<出演>
サロメ:リカルダ・メルベート(ソプラノ)
ヘロデ:福井敬(テノール)
ヘロディアス:加納悦子(メゾソプラノ)
ヨカナーン:友清崇(バリトン)
ナラボート:望月哲也(テノール)
ヘロディアスの小姓/奴隷:中島郁子(メゾソプラノ)
5人のユダヤ人1:高田正人(テノール)
5人のユダヤ人2:菅野敬(テノール)
5人のユダヤ人3:児玉和弘(テノール)
5人のユダヤ人4:岡本泰寛(テノール)
5人のユダヤ人5:畠山茂(バスバリトン)
2人のナザレ人1/カッパドキア人:北川辰彦(バスバリトン)
2人のナザレ人2:秋谷直之(テノール)
2人の兵士1:大塚博章(バス)
2人の兵士2:斉木健詞(バス)
元来音楽監督の尾高忠明が指揮する予定であった本公演だが、尾高の病気降板によって代役にシャルル・デュトワが登壇した。この2週間前には大阪フィルの定期演奏会に登壇して信じ難い名演奏を展開したデュトワの思いもかけない『サロメ』登場だが、考えてみれば同曲をレパートリーとしており短期間でオケを掌握する能力に長けたデュトワの代役登壇は適任中の適任だったと言うべきであろう。尚、同氏は5月下旬の大阪フィル定期演奏会の後にはサンクトペテルブルクに飛んで同地のオケを指揮し、その後再度大阪入りというハードスケジュールであった由。
さて今回の『サロメ』だが、これもまた定期演奏会での名演奏に匹敵するか、またはそれをも凌駕するデュトワの力量に感嘆しきりの演奏であった。まずもって大阪フィルからこのように豊穣で色彩的、迫力があってしかも整然と整った演奏を引き出したのが凄い。1時間40分の間、音楽の緊張の糸は全く途切れることがない。まだ2度目の共演で、である。この指揮者の『サロメ』と言えば2015年の12月にもN響を指揮した演奏に接しているが、オケの個人的な力量ではN響の方が上ながら、その音楽全体に漲る熱量というか集中力は明らかに大阪フィルとの演奏が勝っていた。それは例の「7つのヴェールの踊り」1つ聴けばたちどころに理解できる。その追い込みの峻烈さと言ったら。デュトワは全体にオケを極めて開放的に鳴らし、それは場合によっては歌手の歌をマスクせんばかりの様相も呈したが、そんなことは百も承知でこの異様な情念に満ち満ちたドラマを演出したのだろう。
しかし、歌手陣もオケに負けている訳ではない。サロメのメルベートは序盤~中盤において比較的セーブした調子で進めていたが、「7つのヴェールの踊り」以降、より正確に言えばその後に来る長大なモノローグにおいてパワーを十全に発揮し、その強靭な声質と声量でオケに拮抗するような表現を聴かせて圧巻であったし、今回初めてヘロデを歌うという福井もさすがの歌の上手さを披露。この役は場合によってはより下品というかいかにも俗物あるいは神経症的にカリカチュアライズされたキャラクターで演じられることも多いが、福井の歌はよりストレートでこれはこれで全く見事、真摯に自分の欲望に忠実たればこその苦悩だというような側面を垣間見せる。加納のヘロディアスはステージ登場の際の立ち居振る舞いからしてもう完全にヘロディアスだが(笑)、歌も上手いがそのキャラクターの作り方がハマっている。サロメが「ヨカナーンの首を…」を言った後の泡立つような弾けぶり。友清のヨカナーンはより超越者的な威厳というか深みのある声が望ましくはあったがこれも良く(しかし井戸の底からの歌でPAを用いたのはどうだったのだろう…)、いかにも一途なナラボートを歌った望月も声、表現ともに素晴らしい。5人のユダヤ人や2人のナザレ人を歌った方々も多少のムラはあれど概ね満足の行く歌唱であった。
歌手の素晴らしさを称えたが、しかし本公演での最大の立役者は最初に戻るようだがやはりシャルル・デュトワであろう。この異様な音楽の劇性を矯めることなく最大限に表出し(メルベート共々だがサロメのモノローグ以降の魔性を秘めた煽り…)、それでいて単なる爆演とは大きく隔たった常に整然とコントロールされた「美しい」音楽を大阪フィル(オケの大健闘に拍手!)から引き出したデュトワ。これはどれだけ賞賛しても賞賛し過ぎることはないだろう。これは私見だが、長年連れ添ったN響との常に安定して洗練され、いわば「プロ然」とした演奏も見事ではあるが、大阪フィルの元来の持ち味に加えデュトワがそこに絶妙な「スパイス」を振りかけたことによって大阪フィルの「やる気スイッチ」「やれば出来る子YDK」(ふざけた表現ですみません)が超・オンとなった印象で、してみるとデュトワと大阪フィルの相性はあら意外、無茶苦茶良いのではないかということが5月の定期と今回の『サロメ』で大判明したのである(判明に大も小もないが)。デュトワの実力の凄まじさは「他流試合」だからこそ尚のこと明確に理解できるものとして現れた。今回公演の大成功ぶりは終演後のデュトワの表情、そして高潮した大阪フィルの楽員の顔からも見て取れたのだった。
先月のレビューにも同じことを記したが再度。デュトワの大阪フィルへの定期的な登壇を強く希望する。実現すればこれは随一の聴き物となるだろう。
関連評:東京二期会 リヒャルト・シュトラウス:《サロメ》|藤堂清
(2109/7/15)
<Performers>
Charles Dutoit, conductor
Osaka Philharmonic Orchestra
Salome: Ricarda Merbeth, soprano
Herodes: Kei Fukui, tenor
Herodias: Etsuko Kanoh, mezzosoprano
Johanaan: Takashi Tomokiyo, baritone
Naraboth: Tetsuya Mochizuki, tenor
Ein Page der Herodias/ Ein Sklave: Ikuko Nakajima, mezzosoprano
5 Juden 1: Masato Takada, tenor
5 Juden 2: Atsushi Kanno, tenor
5 Juden 3: Kazuhiro Kodama, tenor
5 Juden 4: Yasuhiro Okamoto, tenor
5 Juden 5: Shigeru Hatakeyama, bass/baritone
2 Nazarener 1/ Ein Caooadocier: Tatsuhiko Kitagawa, bass/baritone
2 Nasarener 2: Naoyuki Akitani, tenor
2 Soldaten 1: Hiroaki Otsuka, bass
2 Soldaten 2: Kenji Saiki, bass