カンブルラン指揮読響アンサンブル〈果てなき音楽の旅〉|藤堂清

《読響アンサンブル・シリーズ 特別演奏会》
カンブルラン指揮〈果てなき音楽の旅〉

2019年3月19日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 青柳聡/写真提供:読売日本交響楽団

<演奏>
指揮:シルヴァン・カンブルラン
ピアノ:ピエール=ロラン・エマール*
管弦楽:読売日本交響楽団

<曲目>
ヴァレーズ:オクタンドル
メシアン:7つの俳諧*
—————–(休憩)—————–
シェルシ:4つの小品
グリゼー:《音響空間》から“パルシエル”

 

20世紀に作曲された4曲により、カンブルランと読売日本交響楽団の〈果てなき音楽の旅〉に一つ終止符を打つコンサート。あまりなじみのない曲にも関わらず、紀尾井ホールいっぱいの聴衆。チケットは早くに完売となっていた。

ヴァレーズの《オクタンドル》はその名のとおり8つの楽器を用いた曲、コントラバスの低弦の上に7本の管楽器が多様な音色を重ねる。冒頭のオーボエの高音と低音を飛び回るメロディーと美しい音、それにクラリネット、フルートなど他の木管が絡む。ホルンを中心とした金管が邪魔するように入り込んでくると木管群も対抗する。第2楽章の半ばでの短い音形を繰り返すところもそれぞれの楽器がしっかり自己主張する。第3楽章の終盤ではピッコロの高音が彩りを添える。
8人が楽しんで吹いて(弾いて)いるのが聴き手にも伝わる演奏。正確な音を出す、指揮者の指示に従いピッタリ合わせるといったことだけにこだわらず、他の奏者の息遣いや音を聴き、互いの対話を大切にした演奏。オーケストラの基本の一つをみせてくれた。

メシアンの《7つの俳諧》は、イヴォンヌ・ロリオとの新婚旅行のため日本を訪れたときの印象をもとに作曲された。
この曲では、前のヴァーレーズとは異なり、ピアノ独奏、ヴァイオリン×8、打楽器、管楽器と大幅に編成が大きくなる。ピアノの独奏的なところはあるが、協奏曲のように常に活躍するわけではない。そこにエマールを連れてきたのはカンブルランの力だろう。エマールの弾力があり深みのある音が演奏全体に厚みをもたらしていた。また、マリンバのような打楽器の色彩感や弦楽器の音が、7曲の彩りの違いを作り出している。もっともそれによって各曲に付けられたタイトルを想起できるかというと、少し違うように感じるが。

後半の1曲目シェルシの《4つの小品》は、4つの曲それぞれで一つの高さの音(とそれから半音程度の幅の音)が響くというもの。メロディーや音の高さの変化なしでも、楽器によって異なる倍音が響きにより違いが生まれる。それに基音のまわりに微妙に上下する音が加わる。同じ高さでも異なる奏法を用いること、重ねる楽器を変えるなどで、思いのほか多彩な表情が聴こえてくる。
編成は、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの弦、サクソフォン、チューバを加え、ホルン×4など金管を増やし、ティンパニを加えた打楽器。
特殊な演奏法では、楽譜上に記された情報だけでは決まらない部分がでてくる。演奏されるたびに微妙な違いが生じる。その意味で一期一会、実演で聴けたことは幸いであった。

最後に演奏されたグリゼーの《音響空間》から“パルシエル”は、シェルシの影響を受けている。プログラムの記述に従えば「ひとつの音の中に潜んでいる倍音を、積極的に作曲の要素として考える」ということで、低音楽器で弾かれた音の倍音に、他の弦楽器、管楽器が音を載せていく。それらの楽器もそれぞれの倍音列を持つわけで、同様のことを楽器を変えて行うことで、次第に高い音へと響きが移っていく。さらに、ヴァイオリンの微分音などを交え、均質なホワイト・ノイズ的な音へと変容していく。

曲の終盤では、楽譜をバタバタとめくるなどの雑音的要素も加え、舞台の上の様子も雑然としてくる。最後にシンバルをかまえた打楽器奏者のみに照明がしぼられ・・・・・暗転する。
このユーモラスなエンディングで、聴衆の笑いとともに大きな拍手が。

読売日本交響楽団の常任指揮者としての9年間、カンブルランはこのオーケストラに大きな影響を与えた。メシアンの《アッシジの聖フランチェスコ》の成功は、その最大の成果だろう。
今後も客演として多彩な音楽を聴かせてくれることを期待したい。

(2019/4/15)