パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団|平岡拓也

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団

2018年12月12日 東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル
Reviewed by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
管弦楽:ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

<曲目>
モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』K. 527 序曲
J. S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
       ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042

~ソリスト・アンコール~
J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 BWV1006 より ルール、ブーレ

シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 『グレイト』 D944
~アンコール~
シベリウス:悲しきワルツOp. 44, No. 1

 

世界各地のオーケストラのポストを歴任し、近年では我が国のN響の顔としてもすっかりお馴染みの存在になったパーヴォ・ヤルヴィ。今回は長年連れ添うパートナーであるドイツ・カンマーフィルとの来日である。シューベルトの交響曲をメインに提げ、他の公演地ではハイドンの交響曲なども披露した。オペラシティでの本公演では、本ツアー唯一となったヒラリー・ハーンとのバッハの協奏曲2品も演奏された。

コンサートの幕開けはモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』序曲。パーヴォの同オペラでは、N響とのコンチェルタンテの名演も記憶に新しいところだ。収穫したばかりの野菜をざく切りにしたような新鮮さと、地獄落ちの激烈さ・深刻さが同時にトゥッティを支配する。アレグロに転じた後は一気に響きが軽やかさを帯び、この変わり身の早さも彼らの特色なのだろう。

続くバッハの協奏曲2曲。ヒラリー・ハーンは音色とボウイングを隙なく磨き上げ、モダンの最上級とでも言うべき完成度の独奏を聴かせる。支えるカンマーフィルも充分緻密ではあるものの、ハーンの到達点は更に彼らの上をゆく。「私についてきなさいよ」といった女王様然とした引っ張り方とは全く違うのに、その風格と妙技性ゆえに自然にオーケストラと指揮者を従えているような空気感さえ漂った。このようなソリストは本当に稀有である。そしてアンコールの無伴奏における至高の美しさはまた違った感銘をもたらす。彼女たった一人で成立している小宇宙。2曲続けて弾いてくれたことに感謝したい。

後半のシューベルト『グレイト』は幕開けのモーツァルト同様、変わり身の早さが全編で発揮された。交響曲ながら楽想が即興的に移ろう「ように」聴こえる(勿論俯瞰すればその移ろいも大きな形式の範疇にあるのだが)シューベルトの作品において、常に意外性を孕んだ音楽の展開を聴かせてくれる彼らのアプローチはまことに好ましい。そうした愉しげな展開の数々が肉であり皮であるとすれば、骨と血を成すのは古典派から連なる筋骨逞しい塑像。リズムは常に引き締められ、スフォルツァンドの木管群も叩きつけるように鋭い。第2楽章、チェロによる第1主題反行形の手前のパウゼも余韻を残さずさっと切られる。後半楽章での事故を恐れぬ攻めっぷりもまた、潔い。パーヴォはN響でも同曲を指揮している(16型を採っていた)が、全く違った演奏に仕上がっているのも興味深かった。楽団を問わず自らの音楽の理想へ突き進む指揮者、楽団によってアプローチを変幻自在に変える指揮者がいるが、パーヴォ・ヤルヴィは間違いなく後者である。

アンコールは彼らお得意の『悲しきワルツ』。デュナーミク自在な演奏だったが、『グレイト』の後にはどうなのだろう、という率直な思いもよぎった。

(2019/1/15)