古楽最前線!躍動するバロック Vol. 3 スペイン再発見|能登原由美

古楽最前線!躍動するバロック Vol. 3 スペイン再発見

2018年11月11日 いずみホール
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by 樋川智昭/写真提供:いずみホール

<出演>
ファミ・アルカイ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
アカデミア・デル・ピアチェーレ

<曲目>
作曲者不詳(16世紀頃):ディ、ペーラ・モラ
アントニオ・デ・カベソン&ファミ・アルカイ:ラ・ダマ・レ・デマンダ
ハインリヒ・イザーク&ファミ・アルカイ:ラ・スパーニャに基づくグロサーダ
ジャック・アルカデルト、ディエゴ・オルティス&ファミ・アルカイ:「おお幸福な私の目」
即興&ファミ・アルカイ:「牛を見張れ」によるディフェレンシアス
アントニオ・デ・カベソン:第1旋法によるティエント 第3番
ファミ・アルカイ:ジョスカンの「はかりしれぬ悲しさ」によるグロサ
サンティアゴ・デ・ムルシア:ファンダンゴ
エルナンド・デ・カベソン、ファミ・アルカイ編曲:グロサーダ「ある日シュザンヌが」
作曲者不詳&ファミ・アルカイ:ハラカス&フォリアス
ガスパール・サンス&ファミ・アルカイ:パッサカリア、マリオナス、カナリオスに基づく即興
〜〜アンコール〜〜
ジョヴァンニ・バッディスタ・ヴィターリ:Passa Galli
「牛を見張れ」によるディフェレンシアス
作曲者不詳&ファミ・アルカイ:フォリアス

 

ルネサンスからバロックにかけて、アンサンブルに欠かせない楽器であったヴィオラ・ダ・ガンバ。現代では、バス音域のガンバを見かける程度だが、当時はトレブル(ソプラノ)、アルト、テナー音域に相当するガンバがあり、ガンバによる弦楽合奏なども人気を集めていた。17世紀に入って音量の大きいヴァイオリンやチェロに取って代わられるようになり、現代ではバス音域のガンバ(現代では「ヴィオラ・ダ・ガンバ」と言えばこのバス音域のものを指すことが一般的)が演奏される程度。それさえ、チェロの陰に隠れて愛好家以外の者が耳にする機会は非常に少ない。

けれども一度その音を耳にすると、ヴァイオリン属とは異なるその響きに魅了される人も多いようだ。確かに、豪壮さや豊麗な表現力という点ではチェロにはかなわないかもしれないが、ガット弦が繰り出す独特の音色は、たとえるなら乳白色のような艶と輝きを持ち、非常に繊細でもある。大ホールで喝采を浴びるというより、奏者と演者の距離が近い小さな空間で、空気の微妙な揺れを肌で感じながら味わうことに妙味がある、少なくとも私はそのように捉えてきた。

だが…。

このファミ・アルカイ率いるアカデミア・デル・ピアチェーレは、そうした私の中のイメージをすっかり覆すものとなった。彼らの演奏は弾け飛び、躍動する。いやこれは単なる形容ではない。実際に、時には楽器をギターのように横に持ち換え、指先で弾奏するのだ。そればかりか、弓で弾くときでさえ激しく弦を擦り、打ち震わせていく。その姿は私がこれまで見てきたもの−たとえばバードのようなルネサンス期の曲にせよ、マレのようなバロック期の作品にせよ、貴族の館や教会のような閉ざされた室内で静けさを纏いながら奏するようなもの−ではない。まるで自由に諸国を遍歴する放浪楽士が見知らぬ土地で人々と交じり合い、体全体で楽器をかき鳴らすような、生命のエネルギーに満ち溢れたものだったのである。

古楽界の鬼才、異端児のように表現されてきたアルカイ。やはり彼の音楽は型破りなものなのかもしれない。けれどもそれはむしろ、「西洋」と一括りにされてきた音楽のもう一つの側面−陰に隠れていた側面−を露わにするものだったのではないだろうか。

この楽器の起源については解明されていないが、恐らくスペインから伝わってきたと考えられている。イベリア半島に流布していた撥弦楽器、ビウエラを弓で弾くことが始まりだったとも言われているが、さらにその源流を遡れば、土地をめぐる争いのもとで幾度となく交わってきたアラブ世界やイスラム世界に行き着くとも考えられる。少なくとも彼の演奏からは、ヨーロッパの一部とみなされるスペインよりも、アラブやイスラムとの交流から育まれてきた彼の地の音の流れが感じられたのである。

それは彼自身による編曲にも現れていた。今公演で演奏した曲は、ルネサンス期スペインの作曲家のほか、ほぼ同時期のフランドル地方の作曲家の作品を元にしたもの。王侯貴族や教会など、当時の支配者たちに仕えたこれらの「大作曲家」たちの作品は、やはり高貴な身分の人々の間に広まっていたものと思われる。だがアルカイによる編曲では、逆にそうした「表の側面」はほとんど感じられないものになっていた。即興風に、朗唱風に、あるいはビートを効かせるようにアレンジされたその響きは、アラブやイスラムの文化も取り混ぜながら醸成されていったと思われる下層の人々の声にも重なって聞こえてきたのである。

チェロとの違いや物珍しさといった、私自身の中にある「古楽」のイメージで臨んだ公演であったが、どうやらその先入観はごく限られた時期、限られた地域を対象にいつの間にか作り上げていたものであったらしい。「古楽最前線」と銘打たれたこのシリーズの狙いにふと気づき、まずは「恐れ入った」という思いがこみ上げてきた。

(2018/12/15)