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ロンドン交響楽団|藤原聡

ロンドン交響楽団

2018年9月29日 サントリーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
管弦楽:ロンドン交響楽団
指揮:サー・サイモン・ラトル
ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン

<曲目>
ラヴェル:バレエ『マ・メール・ロワ』
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番 op.35
(ソリスト:ジャニーヌ・ヤンセンのアンコール)
ラヴェル:ハバネラ形式の小品(ピアノ:サイモン・ラトル)
シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 op.82
(オーケストラのアンコール)
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 ハ長調 op72-7

 

前回はハイティンクの指揮によって2015年に来日公演を行なったロンドン交響楽団(LSO)。数年毎に定期的な来日を行なっているわが国にはもっとも親しみのある海外オケの1つと言ってもよいだろうが、今回は2017年9月より同オケの音楽監督に就任したサー・サイモン・ラトルに率いられての来日である。ここ数年は頻繁に共演を重ねてきたこの両者だが、LSO LIVEで聴くそれらの録音はどれも大変に高い水準を誇り、敢えて言ってしまうがこの指揮者がベルリン・フィル(BPO)の音楽監督に就任した前後の録音はここまで自在な境地には達していなかったと思う。オケのキャラクターや指揮者との相性などの多様なファクターがそこには働いているのだろうが、ともあれ録音に聴くラトルとLSOの相性は抜群と思える。今回の来日でそれをしかと確かめたいところだ。ツアー最終日の29日公演を聴く。

1曲目の『マ・メール・ロワ』をラトルは2008年にBPOと録音しているが、そこでの硬質で楷書体のような演奏と比べるとこのLSOとの演奏はずっと柔らか味があって繊細。音色も渋い。BPO盤では感じられた取って付けたような壮大感がなく(これは明確にオケの「自発性」によるものだが)、高揚における息遣いも自然である。ソロイスティックな魅力という意味ではBPOに軍配が上がるが、精緻でありながらも温かみのあるこの日の演奏の方がより楽曲の魅力をより明らかにしている。ここで既に気が付くのは、ラトルはBPOを前にしては力まざるを得ず、あるいは自身の「有能さ」を常にアピールせねばならず、いきおいその表現は「才人、才に溺れる」とでも形容できるようなとっちらかったものになったり、結果この上なく立派な器の中にどのような「魂」をこめたのかが分からない、という状況に陥りがちであったのではないか、ということだ(一応書いておくが、彼らのコンビネーションも2010年代に入ってから徐々に成熟を見せはじめ、退任前の数年は最良の状態にあったと思う。BPOとの来日公演にはかなり接しているが、中でも2016年来日時のベートーヴェンは大変な名演奏であった)。いちいちBPOでのラトルと比較するつもりもないが、この指揮者とLSOの実演1曲目を聴いて否応なく考えたのはそのようなことだ。

ジャニーヌ・ヤンセンをソリストに迎えての2曲目はシマノフスキのVn協奏曲第1番。暗譜が常のラトルもさすがにスコアを置きながらの指揮だが、何よりもヤンセンのエモーショナルな奏楽が凄く、技術的にもほとんど完璧に近い。シマノフスキが影響を受けたというドビュッシーやラヴェルといった近代フランスの大家の音楽に通じるテクスチュアの透明性よりはよりスラヴ的な情念を感じさせるような図太いソロである。しかしサポートのラトルはクールで精緻な演奏を指向しているようにも聴こえ、この「ズレ」が面白い。協奏曲ではソロとオケの指向性の相違が演奏を破綻させる場合もあれば逆に楽曲を構成する要素を多面的に描出することになって面白い効果を生むこともあるが、今回は後者の好個の例。さて、このシマノフスキ後の何回かのカーテンコール後、いかにも企みに満ちた様子でラトルとヤンセンが客席から見てステージ下手後方のピアノの横に行き、何とラトルはピアノの前に座る。「Ravel!」との一言に続いてはヤンセンとラトルのデュオによる『ハバネラ形式の小品』アンコール。何とも気の利いた演出ではないか。濃厚なヤンセンのソロとラトルの気だるい表情のピアノが絶妙なマッチングをみせる。BPOとの来日時はティンパニまで叩いたこともあるラトルだが、こういうところは本当に愉しませてくれます。

後半はラトルお得意のシベリウスの第5。これには大変期待をしていたのだが、結果としては「ラトルとLSOであればもっと凄い演奏が出来たのでは」というもの。勿論十分水準は高いが…。オケの調子が必ずしも良くない。いきなり外すホルン、コンビネーションが悪く音にまとまりのないVn群、というよりも全体として何か音に生彩がない。そのためか、音楽も第1楽章や第3楽章のコーダなどでの高揚感に今1つ欠ける。但し3楽章での弦楽器の走句における極めて明晰な描き分け、今まで聴いたことのないような中間部でのpppppp―聴こえるか聴こえないかギリギリというほどの音量―は掛け値なしにラトルとLSOの本領が発揮された感がある。総じて多彩な表情を聴かせる弱音部に聴き所が沢山あった演奏(蛇足だが、筆者は2004年にサー・コリン・デイヴィスと来日したLSOがまさにここサントリーホールで演奏した当曲の超絶的名演奏の呪縛から未だ完全に逃れられていない。それは正直に書いておく)。

アンコールはドヴォルザークのスラヴ舞曲 op.72-1。この日最高の演奏はこれ。曲の違いはあるにせよ、シベリウスとは音の凝縮度と艶やかさがまるで違う。この濃密な音でシベリウスを聴ければ尚良かっただろうに…。とは言え、ラトルとLSOの「蜜月」は実演で確認できた。今後の演奏水準は格段に向上するに違いあるまい。次回来日を早くも期待しておく。

関連評:サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団 |能登原由美
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 (2018/10/15)