J.S.バッハ×B.ブリテン×上森祥平|藤原聡

J.S.バッハ×B.ブリテン×上森祥平
無伴奏チェロ組曲全曲演奏会2018

2018年8月25日 東京文化会館 小ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by マルシー Yoshimasa Nakamura/写真提供:ミリオンコンサート協会

 

上森祥平が2008年から毎年取り組んでいるバッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏会。2016年まではバッハの6曲に小品を織り交ぜて開催されて来たこのシリーズだが、昨年2017年にはバッハの6曲に加えてブリテンの無伴奏チェロ組曲3曲も併せて演奏されるようになる(「究極の9曲!」とのキャッチはベタだがなかなかに効果的だ。事実そうなのだから)。言うまでもなくバッハの6曲の演奏だけでも難事業であるところにこれもまた難易度が高く一筋縄では行かぬ精神的内容を備えたブリテンも盛り込むのだからほとんどトライアスロン並のパワーと精神力が必要なのではないか。そしてこの8月25日に行なわれた演奏会もまた昨年の形を踏襲しバッハ+ブリテンの9曲が演奏された。13:30開演、間に休憩を2回挟んでの3部構成(各部はバッハ/ブリテン/バッハという順番の3曲で統一)、終演は19時過ぎ。こちらの心配をよそに、この日の演奏者は終演後に疲れた様子もほとんど見せずにこれからコダーイの無伴奏でも弾く余力すら十分残っているのではないかという印象である。

さて、この日の全9曲の演奏への印象をまとめて記せば、非常に地に足の着いたカッチリとした造形で聴かせた好演奏揃いだったということだ。または曲による出来不出来がほとんどない。ことさらに軽快に、であるとか重々しく、であるとかの極端な表現が一切ない。いかにも「聴いて下さい」というようなエゴの表現とは全く無縁。言葉の最良の意味で「中庸」を行き、端正の極み。
バッハではバロック的奏法を意識している訳でもなく、さりとてロマン的発想による鈍重な演奏にも陥っていない。ブリテンにおいてはこの3曲における特異なテクスチュアと楽想が敢えて言えば平明に表現され、それはいかにも勿体ぶって演奏された場合よりもブリテン的な「闇」への想像力を喚起させる。一見したところごく普通の振る舞いを行っているように見える人がほんの僅かな瞬間に覗かせる謎めいた虚無的な表情のようだ。あるいは抑圧を経て自ずと噴出して来る暗部。これをフロイト的に「不気味なもの」の顕現と言ってもよいのだけれど、ことほどさように、ちょっと聴く分にはアピール力が弱いように思う方もおられようが、まるで平凡ではない。この絶妙なバランス感覚とセンスは、恐らくこの10年のバッハ及びブリテン演奏(2016年以前にもバッハと共にブリテンを取り上げた機会もあったようだ)の蓄積によるものだろうか。
筆者が特に感銘を受けたのがブリテンの第3番の組曲とバッハの第6番。前者での楽想の掘り下げと後者での飛翔感(2曲共に疲れているはずの第3部ではないか)。このバッハの第6番は技術的難易度が高いこともあろうか、高音の重音や音程に苦しい瞬間も垣間見えたが、そういった問題をも超越してそこには「音楽」がたっぷりと詰まっていた。上森自身が終演後来年の「究極の9曲!」の予告を既にアナウンスしていたが、本シリーズは間違いなくこのチェリストのライフワークとなるものだろう。今まで未聴であった方も来年以降はホールに駆け付けられたい。

 (2018/9/15)