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クリスチャン・レオッタ シューベルト プロジェクト 1st stage|能登原由美

クリスチャン・レオッタ シューベルト プロジェクト 1st stage

2018年3月10, 14, 18日 京都府立府民ホール “アルティ”
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
写真提供:京都府立府民ホール“アルティ”

〈演奏〉
ピアノ|クリスチャン・レオッタ

〈曲目〉
3月10日
ピアノ・ソナタ第18番「幻想ソナタ」ト長調 D894
ピアノ・ソナタ第8番 嬰へ短調 D571
「さすらい人幻想曲」ハ長調 D760

3月14日
ピアノ・ソナタ第14番 イ短調 D784
4つの即興曲D899
ピアノ・ソナタ第16番 イ短調 D845

3月18日
ピアノ・ソナタ第4番 イ短調 D537
ピアノ・ソナタ第13番 イ長調 D664
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960

 

2015年の冬から2016年の春にかけて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を行なったクリスチャン・レオッタが、再び同じホールでシューベルトのピアノ作品の連続演奏会に臨んだ。今回は、1st stageとしてこの3月に3回、2nd stageとして11月から12月にかけて4回の計7 公演で全21曲のシューベルト作品を演奏する。筆者は前回のベートーヴェンを見たわけではないが、今回の3つの公演を全て見る機会を持ち、レオッタのピアニズムをじっくり堪能することができた。(ちなみに、前回のベートーヴェンのプロジェクトについては、本誌では大田美佐子氏小石かつら氏によるレビューが掲載されているのでご参照いただきたい。)

この1st stageでレオッタが最も心血を注ぐとともに、彼の本領が発揮できたのは間違いなく初回の演奏であろう。「幻想ソナタ」と「さすらい人幻想曲」の2つの「幻想」に、第1楽章のみでしかもそれさえ未完に終わっている第8番のソナタが挟まれるプログラムだ。本プロジェクト全体の解説を務める堀朋平氏によるパンフレットにはレオッタへのインタビューも掲載されているが、その中でレオッタは、第8番ソナタについてはシューベルトが書き残した部分(再現部の始まりまで)で曲を終えると宣言している。最終回の第7回で披露する予定の第15番ソナタについても同様に、未完となっている第3、4楽章は演奏しないとのことだが、このようにレオッタは、作曲家自身の手に後世の者が手を加えることには強固に反対を表明するのである。その姿勢にも明らかなように、作曲家の書き残した楽譜に忠実であることが彼の演奏家としての信条のようだ。(なお、堀氏による解説は緻密でわかりやすい上、何よりも氏のシューベルトへの眼差しがつねに感じられ、これだけでもシューベルトの一つの世界が堪能できる良書に仕上がっている。)

確かに、レオッタは解釈の新奇性や斬新さを追求するプレイヤーではなく、楽譜の音をじっくりと読み込みその作曲家の意図する世界を再現しようとするタイプの奏者であると言える。テクニックの誇示や聴衆への媚びへつらいは見られない。だからと言って、そこに彼自身の世界が感じられないわけではなく、とりわけ彼が和音に強いこだわりを持っていることが、その音楽に独特な世界を与えている。つまり、一つ一つの和音に立ち止まり、その響きを確かめるかのような歩みは、しばしば時間感覚を忘れさせ、音の奥に広がる広大な宇宙へと我々を誘うかのようである。「幻想ソナタ」の異様なほどゆったりとした始まりは、これから続くレオッタの長い旅路のありようをまさに示すものだったのではないかと思う。

2曲目に置かれた第8番ソナタ。レオッタのタッチは終始優しく柔らかい。激しい高揚が見られることもなく、そっと静かに、予告通り再現部の冒頭で音を終えた。その後シューベルトが書いたかもしれない音の幻影を残して。レオッタの作曲家への尊崇の念が昇華されたかのような演奏であった。

なるほど、レオッタは作曲家の意図を尊重する演奏家なのであろう。だが一方で、その深すぎるほどの沈思は、キーが沈み込む瞬間から音が減衰し消えゆくまでの間に及ぶため、時には旋律的な流れが淀んでしまうことがある。彼のその幻影的な世界は、シューベルトならではの流麗なメロディー・ラインや快活なリズム・モチーフの魅力などと引き換えでもあるのだ。シューベルトの軽やかさを愛する聴き手にとっては、おそらくこのようなレオッタの音楽の世界には納得がいかないのではないだろうか。筆者も3日間を通じて、スケルツォ楽章などにはいささか物足りなさを感じた。あるいは、《さすらい人幻想曲》の最終楽章など、激しさや勇壮さよりも柔らかさとまろやかさに包まれた音を丁寧に紡いでいくレオッタのピアノは、ヴィルトゥオーソ的な華やかさを望む聴き手にとっては、期待を満足させてくれるものではなかったかもしれない。

とはいえ、このようにしてレオッタの求めるシューベルトの世界が、初回においてしっかりと我々の前に提示されたのは良かったと思う。一方で、第2回、3回の演奏については、流れが失われがちな部分も多く、何よりも幾分ミスが目立ち、レオッタ本来の演奏には至っていなかったのではないかと思う。2nd stageで改めて初回に見せたようなその世界を堪能させて欲しい。

関連記事:Back Stage |クリスチャン・レオッタ/京都府立府民ホール“アルティ”|碓井智恵

 (2018/4/15)