ジャン=ギアン・ケラス/J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲演奏会|藤原聡

ジャン=ギアン・ケラス/J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲演奏会 

2017年10月1日 浦安音楽ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) 

<演奏>
チェロ:ジャン=ギアン・ケラス 

<曲目>
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲
(アンコール)
クルターク:『影』
デュティユー:『ザッハーの名による3つのストロフ』~第1曲 

 

昨年6月にも杉並公会堂でバッハの無伴奏チェロ組曲全曲を弾いたケラス。そちらも聴いた筆者だが、1190席のこのホールでは遠方席だと響きが拡散してしまい、素晴らしいホールではあるものの細部のニュアンスがいささか聴き取りにくいという面を感じさせた。
対して浦安音楽ホールは303席、ソロや室内楽には最適なキャパシティを誇り、響きの良さも抜群。ここで再度ケラスの無伴奏を聴く。 

演奏解釈自体は杉並の時と大差がないように思えたが、聴覚的にも視覚的にも「親密度」が違う。そのためか、フレーズごとの表情や音色の変化が良く聴き取れ、それは視覚的に明確に確認できるボウイングの速度の変化であるとか弓圧の違いであるとか、そういうところまで相補的に踏み込んで堪能できたのが収穫。
しかしケラスのバッハはピリオドだとかモダンだとかの二項対立で語られる図式にはあてはまらない(これはケラスのみならずもはやそういう世代なのだとも思うが)。啓蒙的に様式を意識させるでもなく、かと言って未だロマン派的な「厚化粧」の支配下にあるような多くの演奏でもなく、その演奏には良い意味で何らかのバイアスという「重力」がない。本当に自由。それでも野放図に陥っていないのはケラスの天才性の賜物と言うしかない。常に明晰で節度がある。 

全6曲の中では第1番や第3番のような長調の明朗な曲にケラスの音楽性が分かり易く反映されているように思うが、むしろ注目したいのが第2番や第5番の短調曲。前段で述べたことに繋がるが、過度に重々しくなったりロマンティックにもならず、常に慎ましさを保ったしなやかな演奏であり、それは例えば両曲のサラバンドに極めて新鮮な味わいをもたらすことに成功している。と言うよりも、これが生(き)のままのバッハなのではないか、と思わせる説得力。
一番技巧的難易度が高いとされる第6番の演奏がまた素晴らしく、ケラスの演奏は正に磐石。多用される高音の音程の確かさと音楽的な表現性が保たれた美音、軽やかに弾むリズムの快楽(ガヴォットの愉悦感!)。ともあれ、全曲ほぼムラのない名演奏だったことに間違いはない。
ところで、ケラスは前半では曲間にステージ袖へ全く下がらず少しのインターバルを置いて弾き進め、後半では曲ごとに下がるもそれはステージ上で調弦を聴かせたくないからだろう、終わったらすぐさま登場する。バッハの無伴奏チェロ組曲全曲を一気に弾く、という難事業をケラスは実に涼し気にこなしてしまう(2回に分けて別の日に弾くチェリストだって多い)。実際は容易なことでないのは当然だろうが…。 

そして、短いアンコール曲が2曲弾かれた。これが現代作品を得意とするケラスの面目躍如たる演奏で、その楽想への瞬間的な反応力と反射神経が凄い。これがあってこそのバッハでの自在さ、なのだ。