ステラ・トリオ vol.1|丘山万里子

銀座ぶらっとコンサート#120
ステラ・トリオ vol.1

2017年4月10日 王子ホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 藤本史昭/写真提供:王子ホール

<演奏>
ステラ・トリオ
  vn:小林壱成
  vc:伊東裕
  pf:入江一雄
(司会:篠崎史紀)

<曲目>
モーツァルト:ピアノ三重奏曲第4番 変ロ長調 K.502
チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲 イ短調 Op.50「偉大な芸術家の思い出に」

 

王子ホールの顔、まろさんこと篠崎史紀とプロデューサー星野桃子のお声がかりで結成された新星ピアノ・トリオ、その名も「ステラ・トリオ」のデビュー・コンサートを聴く。昼下がりの銀座、お茶とクッキー付きの人気シリーズでの初登板は満員御礼。
小林壱成vnは現在東京藝大在学中、伊東裕vcは東京藝大大学院からザルツブルク・モーツァルテウムに留学中、一番年長の入江一雄pfは東京藝大卒後モスクワ音楽院でエリソ・ ヴィルサラーゼに学び2016年帰国と、とにかく若いピチピチトリオだ。3人とも日本音楽コンクール受賞歴あり、互いにMAROワールドで見知った仲。

何と言ってもチャイコフスキーの第2楽章最終変奏での凄まじい放熱、聴いているこちらもその猛烈にズズッと身を乗り出してしまう。3人がそれぞれに炎上しつつそこに大きな1本の火柱が立つ、といった感じ。どこを切っても火を噴くようなフレーズの回し蹴り、三者三様三つ巴の血湧き肉躍るアクションシーンが展開される。クライマックスでのピアノは、これでもかと打ち込む、鳴らす。ヴァイオリンはびゅうびゅう、チェロはごうごう、弓に全圧、鳴らす鳴らす。全員無我夢中、一心不乱なのに、力任せのゴリ押しにならず、全てが音楽になっている。そこから第1楽章第1主題が回帰、歌の大波小波にドワンドワンと揺すられてまさに酩酊。するうち海底に引き入られるように弦の歌が沈んでゆき、ピアノの葬送の足音が響き上がってくる・・・。
と、後半部から述べてしまったが、第1楽章ピアノの前奏にのって歌いだされる、チェロ、ヴァイオリンと渡って行くエレジーの色濃い抒情、長大なソナタのスケール感も堂々たるもの。第2楽章前半の変奏はといえば、第5変奏pf高音の澄んだきらきらオルゴール、第6変奏ワルツの愛らしさ、第8変奏フーガのガシガシ積まれてゆく音のブロックの堅固壮大なこと、それに第9変奏pfのあわあわアルペジオにのって奏でられるvnとvcの哀切な歌にはほとんど妬ましい気持ちになった(アイコンタクトなどさしてなくとも全員が互いに「背中合わせ」で呼びかわしている、その溢れる幸福感たるや、羨まし)。
「背中合わせ」とは、それぞれ外に向かって自分の音楽を全放出しているのに、ちゃんと一つになって動く、そういう演奏ということ。
そうして、縦横無尽の遠近カメラワーク、ここはピアノ、ここはヴァイオリン、はいチェロ、ではご一緒に、と、それぞれのカットが流れるように切り替わりつつ、全体をダイナミックに構築してゆく。
最後、ピアノの葬列の最終音ののち、しばしの静寂・沈黙がホールを満たす。
聴衆に去来したのは、「偉大な芸術家の思い出」というより、「わが青春の想い出」だったろう。青春真っ只中の弾き手たちが届けてくれたのは、そんな熱く切ない振り返り。

モーツァルトは、チャイコフスキーになったらガラッと音色が変わったので、ああ、こういうモーツァルトだったんだ、と思ったが、逆に言うと、その対比がなかったら掴みにくかった感。今の自分たちの音像(近くて遠い、遠くて近いがモーツァルトの難しさ)、が少し曖昧だった。

3人の個性については、まだ決めつけたくない。
スターになりたいと言う小林(彼の提唱でステラの名が決まった。チャイコフスキーの沸点では思わず、かどうか、立ち上がって弾いた)がその種のギラギラタイプか、とかも含め。それぞれに様々なファクターがうごめいていて、いろんな表情が見える。それがどう形になってゆくかはこれから。楽しみだ。