佐藤俊介の現在(いま) Vol.3 20世紀初頭、花ひらく三重奏(トリオ)|大河内文恵   

佐藤俊介の現在(いま)Vol.3 20世紀初頭、花ひらく三重奏(トリオ)

2017年2月11日 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 加藤英弘/写真提供:彩の国さいたま芸術劇場

<演奏>
佐藤俊介:ヴァイオリン
ロレンツォ・コッポラ:ヒストリカル・クラリネット
小菅優:ピアノ

<曲目>
ミヨー:ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための組曲 作品157b
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
ベルク:クラリネットとピアノのための4つの小品 作品5

~休憩~

ハチャトゥリアン:ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための三重奏曲 ト短調
ストラヴィンスキー:組曲《兵士の物語》

(アンコール)
ミヨー:ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための組曲 作品157b 4.序奏と終曲より

 

佐藤俊介がプロデュースするシリーズの最終回は、彼の音楽へのアプローチを如実に反映させたものとなった。共演者として彼が選んだのは、ヒストリカル・クラリネットのコッポラと(モダン)ピアノ奏者の小菅。祝日の午後を室内楽でも聴きながらゆったり過ごそうなどという演奏会にならないことはすでに明白だ。

一方、プログラムをみると、ベルクのクラリネット曲とラヴェルのヴァイオリン・ソナタを別にすれば、ミヨーもハチャトリアンも『兵士』もハチャメチャに楽しい曲である。いったいどっちなんだ?

ヴァイオリンとクラリネットとピアノの三重奏という組み合わせによる曲は、じつはあまり多くはないということが、ミヨーの後のトークで明かされるのだが、たしかにその通りで、佐藤によると今回演奏された3曲のほかにはバルトークに少しあるだけだという。楽譜でみているぶんにはそれほど問題がなさそうだが、実際に音にするとなると、バランスが非常に難しいということが事前にいくつかの音源を聴いてみてわかっていたので、彼らがそれをどう料理するのか楽しみにしていた。

少なくともミヨーでは、そのバランスの鍵の1つをピアノが握っていて、ヴァイオリンとあるいはクラリネットと2人で演奏するときと、3人で演奏する時とで、音量はもちろん音色や弾き方を絶妙に弾き分けていた。もっとも、この曲には第2曲の冒頭や第3曲のように、ヴァイオリンとクラリネットだけで演奏する部分もあり、そこではフランスものらしいエスプリが感じられた。

ミヨーが終わると、佐藤がマイクを持って登場。三重奏から二重奏への転換の場繋ぎかと思われたが、ピリオド楽器とは何かというところから始まって、今日使用のピアノについて、小菅の実演も交えての充実したレクチャーだった。1887年ニューヨークスタイルのこのピアノは、外観こそ現在のピアノとほぼ変わらないが、ハンマーが軽くて小さいため倍音がよく伸びる上、音域によって音色も鍵盤の重さや深さもかなり異なる。これを弾きこなすには相当のコントロール力が要求されると容易に想像がつく。このピアノで先ほどのミヨーを弾き分けていたというのは、驚異的である。

次のラヴェルは、ジャズ的な要素の入った曲だったこともあり、まるでジャズのセッションを聞いているような遣り取りが聴かれた。今回佐藤が使用したヴァイオリンは、高音域はスチール弦、中低音域はガット弦と性質の異なる弦が張られており、音域によって音色や歌い方が変化に富んでいて、ジャズっぽさや技巧だけではないラヴェルの魅力があらわれていた。

コッポラは3本のヒストリカル・クラリネットを携えてこの演奏会に臨んでいた。今回用いられたヴィ―ン式とフランス式は、キー配列や重さが異なるだけでなく、音色も演奏しやすさも断然違うという。これらの楽器を、演奏する曲に合わせて使用していた。ベルクの作品は無調で作曲され、とっつきにくい印象を与えがちであるが、演奏前のトーク(通訳:小菅)でそれぞれの曲について彼のもつイメージが伝えられていたお陰で、「難しい」と捉えられがちなこの作品を「音楽」として愉しむことができたと思う。ごく小さい音の繊細さはヒストリカルならではであったし、ミニマムな作品の凝集力も実感できた。

休憩後はハチャトリアンから。フレンチのクラリネットはときに角笛を吹いているような音色に聞こえ、それが東欧的なこの曲の雰囲気をさらに盛り立てていた。次の『兵士の物語』は変拍子が目まぐるしく交代する合わせの難しい曲だが、彼らはそんなことは億尾にも出さず、完璧なアンサンブルを進めていく。気づいたら、ヒストリカルな楽器で演奏されていることを完全に忘れ去っていた。

佐藤は使用楽器について「いわゆるピリオド楽器」といった表現を使ったが、クラリネットに使われた「ヒストリカル」という表現が今回のコンサートには一番合っていたように感じた。ピリオド楽器と聞くとどうしても18世紀以前というイメージを持ってしまう。しかし、21世紀に入ってすでに15年以上たった今、20世紀だって立派な「ヒストリカル」である。そういった意味で、20世紀の音楽を「ヒストリカル」楽器で演奏したこの演奏会の意義は非常に大きい。

昨今ではかなり少なくなっているものの、古楽器での演奏会というと、モダンでない楽器で演奏されていることに意義があるとばかり、演奏の質が度外視されがちになることがしばしばあり、それが「古楽嫌い」を生むことに繋がっていたと思われるが、上手い演奏者が次々に出てくることによって、「古楽である」ということ自体がもはや売りではなくなってきている。そういった意味で、この演奏会は「古楽」が特別なものではなくなる日はそう遠くはないのではないかという希望をもたせた。1つだけ言わせていただければ、この完璧さの先にさらに「遊び」があれば。というのも、アンコールで演奏されたミヨーが、本編での演奏よりもリラックスした演奏で、奏者も聴き手も楽しめたように感じたからだ。今回のプログラムの特に三重奏曲は、どれも本来底抜けに楽しい曲のはずである。さらに進化したアンサンブルを聴ける日がくるのを楽しみにしている。