藤原歌劇団《カルメン》|藤堂清

藤原歌劇団公演
ジョルジュ・ビゼー作曲:カルメン(シューダン旧版によるギロー版)

2017年2月3日 東京文化会館大ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>
指揮:山田 和樹
演出:岩田 達宗
合唱指揮:須藤 桂司
美術:増田 寿子
衣裳:半田 悦子
照明:大島 祐夫
舞台監督:菅原 多敢弘
振付:平 富恵
副指揮:安部 克彦、水戸 博之、丸山 貴大
演出助手:喜田 健司

<キャスト>
カルメン:ミリヤーナ・ニコリッチ
ドン・ホセ:笛田 博昭
エスカミーリョ:須藤 慎吾
ミカエラ:小林 沙羅
スニガ:伊藤 貴之
モラレス:押川 浩士
フラスキータ:平野 雅世
メルセデス:米谷 朋子
ダンカイロ:安東 玄人
レメンダード:狩野 武
合唱:藤原歌劇団合唱部
児童合唱:東京少年少女合唱隊
舞踊:平富恵スペイン舞踊団
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

 

昨年の12月から今年の3月にかけて、《カルメン》祭とでも言いたくなるほど、このオペラがたびたび上演された(る)。12月はデュトワ指揮NHK交響楽団による演奏会形式、1月は新国立劇場、2007年11月に制作された公演の三回目の再演、2月は藤原歌劇団によるニュープロダクション、3月には小澤征爾音楽塾の公演が、京都、東京、名古屋で予定されている。
《カルメン》なら必ず聴くという人もいるだろうが、同じ演目に短い期間に何度も足を運ぶのはちょっと、と考える方も多いだろう。上演側からすれば、その公演に特色がないと選んでもらえないということになる。
この日の公演の売りは、第一に、国内でも海外でも多くの楽団と共演し高い評価を受けている指揮者、山田和樹が初めてオペラを振るということ。また、彼が正指揮者を務めている日本フィルハーモニー交響楽団が、20年ぶりにオーケストラ・ピットに入ることも注目点。さらに岩田達宗の演出も期待される。

序曲が始まってすぐ感じたのは、音楽の推進力のつよさ。冒頭の闘牛場の場面の湧き立つような旋律が聴き手をオペラの世界に引き込んでいく。暗転する後半でのエネルギー、特に低弦の響きの強さが印象的。さすが山田和樹という出だし。
幕が開くと、舞台は前後が塀と扉で分けられ、前面が兵士の詰所、後側が普通の人の集まる広場という設定になっている。兵士の合唱のけだるい音楽が流れる中、詰所に物を運んできた人を兵士が蹴飛ばしたり、殴ったりしている。こういったパワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントがこの演出ではあちこちでみられた。「演出ノート」で、岩田が書いている、「理不尽な女性差別や、経済格差、ジプシーやバスクなどに対する民族差別」による抑圧を受ける人々の物語であることの可視化であろう。
舞台上には、背景にある「赤い月」とそれを映したような「赤い大地」が常にある。赤はまた血の色、カルメンが殺された後、床面の赤い部分が拡がっていく。
岩田の演出は、「赤い月」によって突き動かされる、いわば夜の人間、カルメン、ホセ、エスカミーリョといった人々と、ミカエラに代表される昼の人間との相克が基盤となっている。ホセを彼の母親のいる昼の世界へと連れ戻そうとするミカエラだが、第1幕、第3幕で一旦は自分の方に引き寄せながら、結局は失敗に終わる。
第2幕のリーリャス・パスティアの酒場での踊りは、平富恵スペイン舞踊団の迫力あふれるもので、オーケストラの熱い音楽とともに圧巻であった。
演出は筋が通っており、また、狭い舞台にもかかわらず上手に人をさばいていた。

音楽面だが、山田の指揮のもと、オーケストラだけの部分ではアンサンブルもテンポもしっかりして、オーケストラの熱気が感じられた。課題に思えたのは、舞台の歌唱が入ると安全運転となるのか、いささか温度が下がってしまう印象をうけた。こういったアンバランスがあることで、オペラ全体としての統一感が薄くなり、推進力が失われてしまう。歌手が舞台の一定の場所で歌う演奏会形式の公演であれば、山田ももっと踏み込んだ演奏ができただろう。オーケストラ・ピットの指揮台上からオーケストラと舞台上の歌手の双方に指示するということは、彼にとっても容易なことではなかったようだ。それを克服するには、結局オペラの指揮経験を重ねていくしかない。次の機会は、今年の11月日生劇場公演、ドヴォルザークの《ルサルカ》、今回の経験が活かされることを期待しよう。
一方、歌唱面では歌手に問題を感じるところがあった。タイトルロールを歌ったミリヤーナ・ニコリッチ、セルビア出身、経歴から考えると40歳前後のメゾソプラノ。声そのものは力があり、気になるようなくせはないのだが、音程がぶらさがり気味になることが多かった。せっかく海外から招聘したのに残念。エスカミーリョの須藤も、聴かせどころの<闘牛士の歌>で、リズムに乗り切れずオーケストラとのずれが気になった。ドン・ホセの笛田はこういった中で健闘、声に安定感がある。もう少し言葉に応じた表情が歌い出せるようになると良い。

最後に版などの問題。今回は昔から使われてきたグランド・オペラ・タイプのギロー版により演奏された。オペラ・コミックの版では日本人歌手がセリフに対応できないというのが理由だろうが、そこを抜け出す冒険があってもよい時期ではないか。また、レチタティーヴォ部分を中心にかなりのカットがあった。話がつながらなくなるような変更は好ましくない。

結果として満足できた点と不満な点があったが、岩田の演出、山田の指揮に今後も注目していきたい。