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パリ管弦楽団|藤原聡 

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2016年11月24日 東京芸術劇場
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:ダニエル・ハーディング
ヴァイオリン:ジョシュア・ベル

<曲目>
ブリテン:オペラ『ピーター・グライムズ』から4つの海の間奏曲
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
ベルリオーズ:劇的交響曲『ロメオとジュリエット』op.17から
 ロメオひとり-キャピュレット家の大宴会
 愛の情景
 マブ女王のスケルツォ
 キャピュレット家の墓地にたたずむロメオ

パーヴォ・ヤルヴィの後任としてダニエル・ハーディングがパリ管弦楽団の音楽監督に就任する―この一報を耳にした音楽ファンはまず驚いたのではないか? この両者に関係があったのか? どれほどの回数指揮をしたのだろうか? ハーディング自身のインタビューによれば、「初共演は20年以上前。それ以来指揮をしなかったのだが(追記:副コンサートマスターの千々岩氏によれば、その初共演は剣悪なものにすらなったという)2014年に久々に指揮をした。その際にパリ管の芸術監督からすぐに“音楽監督になってくれ”と頼まれた」(以上、プログラム掲載のインタビューより自由な形で引用)。ハーディング自身もオケの素晴らしさに打たれたとのことだが、共演歴が少なくお互いにまだ良く知らないので一旦は断ったようだ。しかし芸術監督の熱烈なオファーとハーディング自身の考えの変化により、2016年秋からの音楽監督就任を承諾したのである。そして、就任早々日本のファンの前で「お披露目公演」と相成った、という訳だ。こういう「そのコンビネーションがどう転ぶのか想像が付かない」実演というものは胸が躍るものだが、本稿は東京芸術劇場での2日連続公演の初日の評文である(別項の2日目もご参照頂ければ幸いである)。

最初はブリテン。ハーディングとしては意外ではないが、それがパリ管との来日公演で取り上げられたとなると「意外」な曲目だ。パーヴォ以来耳にするパリ管実演の第一印象は、パーヴォの時よりもこのオケの特質と言われている明るい音色と色彩感がいささか地味なそれに変質しているかな、というもの。とは言え、この自発的な音楽(ちんまりとまとまらずに奏者1人1人が良い意味で「勝手に」弾く)は明らかにパリ管。この演奏は、例えば第1曲目で繰り返し現れるvnのメロディと管楽器群+vaの上向下降するパッセージの対比を大きく生かし、ともするとモノクロームな印象をもたらすこの曲に違った味わいをもたらしていた。全体に、この第1曲目の「対比」の印象は全体に共通し、いわゆるブリテンらしさとは異なる別の魅力を明らかにしていたと思う。いわば「聴き易いブリテン」。

第2曲目はジョシュア・ベルが登場してのブラームス。ここではベルのソロがかなり独特であった。フレーズをていねいに構築する、というよりはその場の感興と勢いを重んじて大らかに弾き進む、といった印象。これはこれで大変に新鮮な演奏だったと思うし面白かったのだが、それにしても終楽章はちょっと雑だったな、というのが偽らざる感想。ロマ音楽の影響が明らかなこの楽章にそのような味を持ち込む目論見だったのだろうか(尚、第1楽章のカデンツァはベル独自のものであろうか。これは聴き物だった)。また、これはホールのせいとも考えられるがベルの音が細く小さく感じられたのは意外であった。よく響く(響き過ぎる?)東京芸術劇場ゆえ、音が拡散してしまったのだろうかとも考える(聴いた席は2階前方)。

さて、休憩を挟んでのベルリオーズこそはハーディングとパリ管の本領が存分に発揮された快演と言うに相応しい出来栄えであった。ここではブリテンでは抑制気味であったパリ管の明るいブリリアントな音色と木管群のソロイスティックな魅力は存分に発揮され、そのアンサンブルは揃ってはいても躍動感に富む(良し悪しではないが、こういう味は日本のオケからはなかなか聴くことがない)。だから音楽が自在に変化し、うねり、呼吸する。<キャピュレット家の大宴会>で3つの主題が大オーケストラで交錯する箇所のめくるめく大音響―しかしあくまで明晰である―、<愛の情景>での、ハーディングがこのような演奏をするものか、と思うほどの息の長いフレージングと呼吸による陶酔感。<マブ女王のスケルツォ>での徹底的なリハーサルが偲ばれる精密なテクチュア造形とアンサンブル(この曲は薄くかつ弱音主体で書かれているので勢いだけでは絶対に乗り切れない)。最後の<墓場>のシーンでは冒頭の遅いテンポによる重々しさと、クラリネットソロによるレシタティーフを経ての(束の間の)ロメオの歓喜を表す箇所との余りに明快な対比。この「歓喜」のシーンにおけるリズム処理の鮮やかさとキレはハーディングの面目躍如と言う他ない。当初の予定とは異なりこの墓地のシーンで演奏を終えたためコンサートはひっそりと幕を閉じた形にはなったものの、観客の歓呼は相当に大きなものとなったのは当然である。会場に居合わせたファンは、ハーディングとパリ管弦楽団の組み合わせを大いに祝福したに違いない。そして彼らで聴きたい曲目への妄想は膨らむ。『トゥーランガリラ交響曲』とか。どうでしょうか?

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