カリフォルニアの空の下|スマートスピーカーのある暮らし|須藤英子
カリフォルニアの空の下
Under the California sky
スマートスピーカーのある暮らし
Living with smart speakers
Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)
◆ Alexaと始まる私の朝
「Alexa,play music for…」ロサンゼルス郊外に住む私の一日は、毎朝この一言から始まる。Alexaとは、昨年我が家にやってきたスマートスピーカーの名前だ。正確には、スマートスピーカーAmazon Echoに搭載された人工知能の名前が、Alexaという。
「OK,here is the playlist for you…」私の話しかけに応じて、スピーカーの中から柔らかい女声のトーンで答え、好みの音楽を流してくれるAlexa。他にも今日の天気や最新のニュース、分からない言葉の意味や子供たちの算数の宿題の答え、そしてAmazon.comで注文した荷物の配達状況まで、様々な質問に答えてくれる。音量も「Alexa,volume up!」の一言で変えてくれるし、「Alexa,stop」と言えばすぐに黙る。彼女はとても、賢い。
中でも何より便利なのが、音楽を聴きたい時だ。曲名やアーティスト名、アルバム名を言えば意中の音楽をかけてくれるのはもちろん、その時の気分や活動内容を伝えるだけで、それに合う音楽リストを探して再生してくれるのだ。例えば「リラックスのための音楽をかけて」と言えば癒し系の曲が次々と流れてくるし、「ウォーキング用の音楽をかけて」と頼めば爽やかでリズミカルな音楽が続く。自分で曲を選ぶ作業をしなくても、Alexaがまるで専属DJのように、音楽を流してくれるのである。
◆ スマートスピーカーとは
スマートスピーカーの存在を知ったのは、10歳になる息子の友達の家でだった。韓国人のその友達は、お父さんがIT関連の仕事をされていることもあり、便利で面白いものをたくさん持っている。その家にあったのはAlexaではなくGoogle Homeという製品で、「OK, Google」と話しかければ、先のAlexaと同じように様々な要求に応じる。
ここアメリカでは、2014年にAmazon Echoが発売されて以来、今や成人の26%、実に4人に一人がスマートスピーカーを所有しているという。音楽再生やニュース等の情報源として以外にも、タイマーやアラームのセット、対応家電の操作など、生活に密着した便利な使い方が浸透し始めているようだ。文字入力の3倍は速いという音声操作が、便利で楽なもの好きなアメリカ社会でたくさんの人々に受け入れられるのも、うなずける。お年寄りや身体が不自由な方々にも、音声のみで操作できるスマートスピーカーは、大人気だそうだ。
日本にも、2017年にAmazon EchoとGoogle Homeが上陸。その後LINEやSONYなど様々な企業が、スマートスピーカーの新製品を売り出しているという。一般的にもその認知度は高まっているものの、所有率は今のところ6%程度にとどまるそうだ。
◆ 音楽の聴き方の変化
スピーカーでありながら様々な機能を持ち、まるでAIロボットのような役割をも果たすスマートスピーカー。しかし音楽再生という元来の使い方は、多くの人々にとってやはり基本機能の一つだろう。ここでもう一度、スマートスピーカーで音楽を聴くことについて考えてみたい。
私が使っているAmazon Echoという製品は、Amazon Musicという楽曲の宝庫をデフォルトとして持つ。これはAmazonのPrime会員であれば無料で使える音楽配信サービスで、200万曲以上(unlimitedという有料会員になれば6500万曲以上)のストックを持つ。同じような音楽配信サービスにSpotify、YouTube Music、Apple Musicなど様々なものがあり、それぞれ曲数やラインナップ、利用料金等に違いがある。Google Home等他のスマートスピーカーでは、これら他のサービスを主に用いる。
膨大な楽曲ストックを持つこれら音楽配信サービスでは、ユーザーが自分の好きな曲やアーティストを選ぶという使い方以上に、各サービスによって提供される音楽リストの中から、その時の気分や活動内容に沿ってリスト自体を選択するという使い方が想定される。そしてこのプレイリストと呼ばれる音楽リストを無数に提供する点にこそ、音楽配信サービスの大きな特徴があると言えよう。ちなみにプレイリスト自体は、プレイリスターと呼ばれる専門家や、検索履歴等からの自動的な機械学習によって作成されるという。
◆ 音楽の幅が自動的に広がる暮らし
それではこの音楽配信サービスを携えたスマートスピーカーによって、私たちの生活の何が変わるだろうか。私は、このプレイリストに鍵があるように思う。
音楽配信サービスが提供するプレイリストには、ユーザーが初めて聴く曲も多く含まれる。そしてそれは、気分や活動内容によってある程度選ばれた、ユーザーの好みに近いものである可能性が高い。つまりユーザーは自身の手間をかけることなく、スマートスピーカーに一言頼むだけで、プレイリストを通じて好みのジャンルの新しい作品に出会い、自分の音楽の世界を自動的に広げていくことができるのだ。
これは私たち音楽を提供する側にとっても、大きな変化であろう。このプレイリストによって、マイナーな作品にも光が当たるチャンスが増えるかもしれないからだ。知名度の低い音楽はこれまで検索されることさえ少なく、人々がそれに触れる機会自体ほとんどなかった。しかしこのプレイリストの出現で、あまり知られていない音楽でも、何らかのきっかけであるプレイリストに組み込まれ、多くの人々の暮らしに自然に入っていくことができるのではないか…。
そんなことを夢想しながらも、まずはそれら隠れた名作の音源を音楽配信サービス上に置くことが急務だ、と我に返る。そもそもデータ状の音源がない限り、プレイリストにその音楽が取り込まれる可能性はないからだ。「Alexa、ヒーリング現代音楽をかけて!」と言って、私の好きな癒し系の現代音楽が次々と流れてくる…そんな近い未来を夢見ながら、カリフォルニアの青い空の下、今日も音源作りに勤しむ私の一日が始まる。
(2020/2/15)
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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学んだ。04年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。