評論|三善晃の声を聴く(12)遠方より無へ(I)〜『シェーヌ』|丘山万里子
(12)遠方より無へ(I)〜『シェーヌ』
Text by 丘山万里子(Mariko Okayama)
三善の裡なる日本意識の最初の浮上は1963年、訪れた三千院門前の石垣に、自分の前世がそこにひそむ虫であったがごとき安らぎを覚えた、それ。この時の前世感覚、「安らぎ」とはなんなのか。
この「安らぎ」感覚の7年後、『王孫不帰』(1970)で初めて三善は日本の「能」を用いるが、同時にそれは「戦時」の蓋をあける予兆でもあり、2年後に『オデコのこいつ』『レクエイム』(1972)を吐き出す。そこに突如降ってきた母の死(1974年初秋)。法要での法辞の抑揚に心なごみ、「無、空へのいざない」をそこに聴き、『チェロ協奏曲』(1974)には、世界と自分の隔絶から万象の豊かな母胎へ、母なる海へと溶ける自分を感受する三善がいる。前稿で母の故郷奈良井のDNAが三善の「わらべうた」(童声)へ脈々と継がれていることに触れ、『レオス』(1976)には「永遠への回帰という死の安らぎ」を見た。
それにしても、突出した自意識・世界との不協和(隔絶)・人間存在(人間であること)への絶望を抱えた根こそぎ喪失者三善が、母の死にあっていきなり「安らぎ」「無、空」へと誘(いざな)われる、というのは、すぐとは呑みこめない。
母の死の前後を見てみよう。
前年1973年には、ピアノのためのプレリュード『シェーヌ』(CHAÎNES)がある。全体が3部の輪を構成かつ、大小24の前奏曲と4曲の「小さな鎖(Chaînettes)」が一繋がりの持続を形成する作品。三善は「いくつかの構造の因果が全体を締結していること」「創作の内因として常に私を縛っているものの名として『鎖(シェーヌ)』とした」と、第一エッセイ集『遠方より無へ』(1979/p.149)で述べている。私はこの「因果」という言葉、さらに繋がって輪となるイメージに、仏教における「輪廻」を見ないでもない。が、本作は母の死以前の初演で、引用自作解説部分はエッセイ出版に際してのいわば後付け。だが9回現れる<à rien>(無へ)の指示や鎖で繋ぐ輪の構成に、仏教的思惟を何がし感じさせられることは確か。
次いで2人のギター奏者のために書いた『プロターズ』(1974)。初のギター作品である本作については「生が、死の、かりそめの戯れでしかないように、音楽も、しょせん、無音の変容にすぎまい。沈思も華麗な虚空のよそおいである。この曲に、『遠方より無へ』と副題をつけた。」(同上、p.150)この文言も1979年の後付けだが、少なくともこの時期、明らかに三善が「遠方より無へ」の強い想念のもとに創作を続けていたことが知れよう。
翌年、母への回向『変化嘆詠』(1975)、永遠の死への憧憬たる『レオス』(1976)が続き、自身の中の「私の生を許している見識らぬもの」、「遠方より無へ」の志向が明確に意識・音化される。
が、2年後のオーケストラのための『ノエシス』(1978)はタイトルから察知されるように人間の意識構造を「ノエシス(作用)」「ノエマ(対象)」「ヒュレー(素材)」の3概念で説いたフッサールの援用。創作当初、三善はこれを『レオス』の改訂版とするつもりだったが、中途放棄している。この時期、迷いの中にあり、「しかもかなり深みにはまった」(同上、p.161)、「自己離脱的にこのノエシスが強められていった」と述べているのは本作の位置を物語ろう(これについては後述とする)。
と、こう見ると、母の死の前後、三善が「遠方より無」への想念に囚われ、自身が長く馴染んできた西欧的世界観と、実は身裡に宿る(と思われる)仏教的世界観(が、何であるかは難しいが)の狭間にあって、大きく振れていたことが知れよう。いや、『レクイエム』で無数の死者の声を聴き、その声の行方行先、すなわち「葬い」の在り方を探しあぐねていたであろう彼に、その想念はいわば三善の「真言」(真実の言葉)として架かった天の橋梁のようなものではなかったか。ゆえこそ、この辞句は『遠い帆』まで、いや、彼がその創作の最期まで仰ぎ見、彼を導き続ける想念の象徴だったのだ、と今更に思う。
『詩篇』(1979)のわらべうた「はないちもんめ」、オーケストラのための『アン・ソワ・ロアンタン(遠き我ながらに)』(1982)に続き、「かごめかごめ」の『響紋』(1984)が姿を現す。「遠方より無へ」は、『レクイエム』からの三部作、交響四部作のしるべでもあったと言えようか。
* * *
前稿で触れたが、なるほど『レオス』の微小な生命の微かな泡立ちのように始まる流れの静寂と沈思には、永遠の死に浮かぶ生という姿が見えなくもない。初演時プログラム(京都市交響楽団第190回定期)でレオス(ギリシャ語/流れ)について「生の点在を許す永遠の死を、この言葉に観象したい気持ちがあって曲名としました。永遠のレオスへの、かような憧憬を、自分の前世が、そこにあったかと思われるほど慕わしい古都への小さな捧げものとして結晶させることができれば」と述べているように。
ここに私は道元禅師の「永遠の今」(という存在と時間の姿)を見る気がしたが、三善にそのような東洋的存在論の思考があったとは思えない。ついでに言うと、三善との対話本制作での対話で、私が道元の「永遠の今」に触れたおり、氏は全く反応を示さなかった。一方、西欧の言葉やカデンツァにある論理の輪郭は「神の存在」だが、日本は「輪郭のないところに溶け込む感覚、融和性を探している」との発言があり、神仏論議へと突っ込みたい様子であった。私は勉強不足で、そこを深掘りできなかったのはいかにも残念だ。
ともあれ、『レオス』の3年前、<à rien>が肝となる『シェーヌ』にこそ、実は「遠方より無へ」の予像が宿っているのではないか。
創作者は自身の欲動の拠ってきたるところを、定着して初めて知る。いや、作品が世に出、形になった時、そういうことだったのか、と、それを知る。分かったことを書くのではなく、分らないから書くのだ。
では、『シェーヌ』を見よう。楽曲の構図は以下(スコア記載に準ずる)。
[Ⅰère Partie]
<A> <B> <C> <B’> <C’) <B”> <C”> <Retour à A>
Chaînettes (I) (II)
[Ⅱ ème Partie]
<A> <B> <C> <D> <Synthèse brève>
Chaînettes <III> (ABCB’D)
[Ⅲ ème Partie]
Chaînettes < IV (CHA in Es)> <A> <B> <C> <D> Retours et Reflexions <A> <B> <C>
全体は3部の輪から成り、前奏曲は4つのカテゴリーに属し、第1部の「Aへの復帰」、第2部の「総合」、第3部の「復帰と応照」はそれぞれの輪、全体の輪を結ぶ部分。その間に4曲の「小さな鎖」が挟まれる。これらは独立した前奏曲で、全曲を反映する音像とされる。
第1部冒頭、pp<respiration longue>(⻑い呼吸) との表記でのEsは、第3部で一貫して響き続け、その最後の一音は長い尾を引き、<à rien>(無へ)と消え入ってゆく。<peu à peu respirations mortes jusquʼà … demain éternal>との指示のもとに。少しずつ、少しずつ、息は遠のいてゆき、やがて永遠の明日へ、深い、永遠のまどろみへ……。まさに、「遠方より無へ」の図ではあるのだが、その間の音の「相」は、弱奏から強奏、深々たる最低音から硬質な輝度をもつ最高音、静寂残響世界からリズミックで強靭な打音まで、多様多彩な変化を見せる。
詳細は省くが、まず[第1部]<A>で単音Esの余韻に打ち込まれる8bas.最低音Bの響き合いとパタリ停止、の呼吸がなんとも不可思議。
その繰り返し、と思ううち突如、天からぱらぱらアルペッジョだの、ずしんずしんオクターブがやってくる。<C>Prestoからは活気に満ちた行進はたまたダンスの如く音があちこち飛び回った末、ffffで締め、<A>が戻り、最後は8bas.最低音Aから高音Cまでの階梯を単音で余情たっぷりに伸び上がり、最初の<à rien>。
Chaînettes (I) (II)は弱奏世界で和音の水輪が揺れ、教会の鐘のように響く3度下降の頭上で最後は高音Esがmorendo <à rien>。
[第2部]は短い。冒頭、p<respiration contemplativement lente>〜sff<animato>〜sff<calmando>の目まぐるしく交差する一節でまず<à rien>。次の2節目で再び<à rien de rien>。
細やかな動きと重い打音、はしっこい走句とリズミックな躍動、同音連打などくるくる表情を変え高揚、sfff で頂点へ。
Chaînettes <III> は<A>Ges(p)同音連打音を遠くたなびかせつつF~Eと順次下降、そのまま<à rien>。そのしじまに<B>のAが浮かび上がり、鈴振るきららなppアルペッジョが撒かれて空に消えてゆく。
[第3部]は第1部とほぼ同じ長さだが、Chaînettes < IV (CHA in Es)>ppで8vaの高音Esから開始。上述の通りEsを保続音とするが、表情の変化は激しい。
和音のしずやかな音景ののち <presque à rien> 、C. H. A : lamentabile continuatoの楽句が現れ、再び <à rien> 。そこからatacca、ffで入り、野生小動物が駆け回るような敏捷、ユニゾンのいかつい同音連打、ffffでの強靭な打ち込みなど、揺さぶりの大きい<A><B><C><D>を経て、[Retours et Reflexions] <A>へ。その残影をいったん<à rien>に溶かし<C>単声が<heleine calme et douce>がsotto voce(p)で歌われる。簡明な胸に沁みる歌声。そうして、最後Esユニゾンで<peu à peu respirations mortes jusquʼà … demain éternal>、ppp <à rien>……と歩み去るのだ。
第1部2回、第2部3回、第3部4回の<à rien>が置かれている、その「無」への歩みをどう捉えるか。「余韻を残す」「余韻を消す」の指示が細かく表記される一方で、「速度を含むムーヴメントの指示は、人間の呼吸の仕方で示され、奏者の感性にゆだねられる。」(スコア表記)。ゆえ、本作は奏者によりかなり異なる面差しとなろう。余韻に溺れず、呼吸(呼気、気息)は各自。三善はそこにどんな歩みを求めたのか。遠方より無、とは…..。
「いくつかの構造の因果が全体を締結していること」「創作の内因として常に私を縛っているものの名として『鎖(シェーヌ)』とした。」を改めて考える。すなわち、「因果」と「鎖」について。4つのシェーヌはどれも余韻逍遥世界に私には思え、「無へ」の志向、いや、憧憬を宿すように映る。戦時の無数の死者の声を、霊を、いったい何処へ送れようか。盆の迎え火送り火、それら日本の日常にある慣わし。彼岸此岸、いや、向こう岸ではなく……。西欧実存主義、サルトルの「存在と無」(『L’Être et le néant』)ではない、永遠と無、みたいなありよう……。生と死……何処から何処へ?
三善ほどの知性が、後付けであろうと「因果」という言葉を軽々に使うはずはない。「死」あるいは「葬い」をめぐって自身の内奥を探るにあたり、三善が東洋知に手がかりを求めたであろうことは、母の死によって得た了解(実感)からも察知できよう。人は求める方を向き、何かを見出すのであって、蜘蛛の糸は天を見上げてこそ、垂れてくる。深い迷いにあったこの時期、彼がどのような学びをしたか。蔵書は公開されておらず、調査確認はできなかった。むろん、因果律自体は世界的普遍原理で、『シェーヌ』の24の前奏曲を西洋音楽の文脈に載せるのは自然であろう。だが、それを東洋的思惟で読み解くのも不可能ではないのだ。
以下は、『シェーヌ』をめぐり、検証できずに終わった私の妄想である。牽強付会であろうと、仏教的原理としての「因果」に行きたい。
因果の原理を解脱に至る道とし、合わせ語ったのが仏教的因果である。解脱とは悟り、すなわちこの世の苦、輪廻からの脱却。菩提樹の下でのゴータマ・ブッダ(以下ブッダ)悟りの折に「二種の観察」として説かれている『スッタニパータ』(ブッダの言葉/原始仏教経典)に示されるのがそれ。なお、因果応報の考え方はインド古代聖典『ヴェーダ』(紀元前1200~800年頃)時代からあり、その一部の哲学的思索部分である『ウパニシャッド』で「輪廻」「業」「解脱」といった概念が整備され、ブッダもその延長線上に居る。自身の言葉(偈、つまり詩句)に最も近いとされる『スッタニパータ』の教えは、市井の人々(衆生)と修行僧向けとに分けられ、衆生には例え話で易しく、修行僧・学僧には学識をもって説いており、「二種の観察」は修行僧向けで哲学的。苦しみからどう抜け出すかにつき、二種類の観察法を教えるもので、第一は苦しみの「因」そのものが何であるかを見つめること=因。第二にその因が消滅するなら苦しみは生じないと知ること=果。この二つの観察法によって解脱への道が開ける、という話だ。因を原因、結果を現象と捉えれば、内観外観ともいえ、世の中の様々な事象をありのままに見つめれば(二種の観察)悟りに至るという教えである。なお、ブッダの画期は悟りを「瞑想」によって成就し、従来の苦行による修行を否定したところ。瞑想自体は、行の一つとしてすでにあった(いわゆる禅定もその範疇)。ここに『シェーヌ』における「人間の呼吸の仕方」を想起しても、そう突飛ではなかろう。
ともあれ、この因と果の繋がり(これを鎖と想定しよう)を初期仏教は「十二支縁起」という世界観(世界と人生のありよう)とし、理法の根底に置いた(ブッダの偈をそのように整理整頓した)。「十二支」とは、「生老病死」から根本的無知を意味する「無明」に至る連鎖関連の12要素のこと。その連鎖つまり縁起には、苦しみの起因から考えてゆく「順観」と、この苦しみをどうしたら克服できるかを説く「逆観」がある。多少面倒ではあるのだが、三善にとっての「生存の苦しみ」、「創作の内因として常に私を縛っているものの名として「シェーヌ」(鎖)」を思い、もう少しこの因果の鎖に分け入っておきたい。
まず、苦しみのよってきたるところ、起因を考察(観察)する「縁起」の「順観」は以下。
根本的な愚かさ(無明)によって対象に向かう心作用(行)があり、対象に向かう心作用によって判断作用(識)があり、判断作用によってその対象としての名称とかたちあるもの(名色)があり、名称とかたちあるものによって六つの感覚器官(六処)があり、六つの感覚器官によって対象との接触(触)があり、接触によって感受(受)があり、感受によって欲望(愛)があり、欲望によって執着(取)があり、執着によって輪廻的な生存(有)があり、輪廻的な生存によって出生(生)があり、出生によって老いと死(老死)という憂い・悲しみ・苦しみ・嘆き・悩みが生ずる。このようにして、すべてのこの苦しみのあつまりが生起することになる。
これに続き、ではどうしたらこの苦しみを克服できるかを説く縁起の「逆観」は以下。
しかし、根本的な愚かさ(無明)がすっかり滅すれば対象に向かう心作用(行)も滅し、対象に向かう心作用が滅すれば判断作用(識)も滅し、判断作用が滅すればその対象としての名称とかたちあるもの(名色)も滅し、名称とかたちあるものが滅すれば六つの感覚器官(六処)も滅し、六つの感覚器官が滅すれば対象との接触(触)も滅し、接触が滅すれば感受(受)も滅し、感受が滅すれば欲望(愛)も滅し、欲望が滅すれば執着(取)も滅し、執着が滅すれば輪廻的な生存(有)も滅し、輪廻的な生存が滅すれば出生(生)も滅し、出生が滅すれば老いと死(老死)という憂い・悲しみ・苦しみ・嘆き・悩みも滅する。このようにしてすべてのこの苦しみのあつまりが滅することになる。
(『ブッダの言葉』p.156~160)
解説はしない。つまるところ苦の原因は、知の領域では「無明」(無知)に、情緒、感情の領域では「渇愛」にある、という教えとだけ言っておく(ここで私は三善の『吉原幸子全詩・Ⅱ』への寄稿文『渇愛と墓碑銘』を思い出してしまうのだが)。
ついでに、この「十二支縁起」の理法のおおもととなるブッダの偈を紹介しておく(『聖求経(しょうぐきょう、パーリ語:Ariyapariyesana-sutta)』より)。
私もまた、以前に目覚めていない菩薩であった時、自ら生でありつつ生そのものを求め、自ら老でありつつ老そのものを求め、自ら死ぬものでありつつ死そのものを求め、自ら憂いでありつつ憂いそのものを求め、自ら汚れそのものでありつつ汚れそのものを求めていた。そのような私に、次のことが思い浮かんだ。なぜに私は、自ら生でありつつ生そのものを求め、自ら老でありつつ老そのものを求め、自ら死ぬものでありつつ死そのものを求め、自ら憂いでありつつ憂いそのものを求め、自ら汚れそのものでありつつ汚れそのものを求めるのか。さあ、私は、自ら生でありつつ生そのものの中の患いを知って、不生なる無上安穏の涅槃を求めよう。同じように、自ら老・病・死・憂い・汚れでありつつ、それぞれの中の患いを知って、不老・不死・不憂・不汚なる無上安穏の涅槃を求めよう。
(『仏教の根底にあるもの』p.11)
人生が「生老病死・憂悲苦悩」に満ちたものであるのは、人間の根本的な無知、無明にあるのだから、そこをよく観察しよう、という姿勢だ。三善の生存の苦しみもまた、同じであろうし、それが古代も現代も人類普遍の課題であるのはいうまでもない。それをどう「語る」かに、それぞれの哲学・思想の相違があるだけではないか。
なお、この縁起・鎖による「因果応報」、すなわち善悪の行いに応じ、神や人間、猛獣や昆虫といった様々な形で生まれ変わり、生死の苦痛を繰り返す、というのが「業」による「輪廻」思想で、この輪廻からの脱却が解脱・涅槃である。
いずれにせよ、『シェーヌ』が24の前奏曲からなり(十二支縁起の順観逆観で二十四)、3部に分けられ、4つの鎖を持つ、というその型をここに重ねることは不可能ではなかろう。ブッダの瞑想(目覚め)が日没から夜明けまでの時の流れを3つに分け(初夜:夜の初め、中夜:夜の半ば、後夜:夜の終わり)、その経過とともに解脱への階梯が示されるところに、『シェーヌ』の3部の輪、「復帰・総合・復帰と応照」が照応、と言い募り、さらに4つの鎖を仏教における「四諦」(したい/しだい)、すなわち、四つの聖なる真理たる苦諦(苦の現実)、集諦(原因)、滅諦(理想の境地)、道諦(実践・八正道)と、こちらも悟りに至る道筋に該当、など述べ立てれば、もはやこじつけと言うより他あるまいが。
『シェーヌ』作曲時に、三善にそのような思考回路、もしくは仏教的思惟はなかったろう。が、一方で、知情意の巨人たる三善が、母を焼く煙のたなびきや読経になんとなく「安らぎ」を感じ、「無、空」へといざなわれ、安心(あんじん)を得た、との語りはロマンティックに過ぎよう。それは「やっぱり、いた!」という一瞬のいわば「見識らぬもの」からの目配せと同様のある種の「啓示」(「永遠への回帰という死の安らぎ」)であろうが、その感覚をどこまでも知と理によって追うのが三善の質(たち)ではなかろうか。
よしんば、こうした仏教の理法(縁起)を知っていたとして、それは彼にとっては一つの「型」に過ぎなかったろう。同時に、彼がその思考回路を追い、深めることをしなかった、それこそが三善なのだ、ともはっきり思う。
ただ、ここが大事なのだが、『シェーヌ』の音とスコアには、こうした渇愛の鎖に震える三善の魂の身振りと、間に挟まれる静思 <à rien> が、いわば一瞬が永遠である凍った「今」の連なりとして屹立するのが見える、聴こえるのだ。
私の言う道元の「永遠の今」とはそれだが、それを「遠方より無へ」という辞句に沿わせようとは、今は思わない。そうした観念論を回避したからこそ、『遠い帆』への道が拓けて行くのだから。
ふと思う。阿鼻叫喚の『レクイエム』を経て、『詩篇』の「はないちもんめ」は死者と生者が向き合う対置形、『響紋』の「かごめ」は死者生者ともども手つなぎの輪。『シェーヌ』に、すでにそれは、見えていたのではないか。
* * *
私が『シェーヌ』を東洋知で捉えようとしたについては、『ノエシス』(1978)があったから。この作品がフッサールを下敷きとしたものであることは先述の通り。その時期の三善の迷妄と、「遠方より無へ」が、どこからどこへと架けられた橋梁であるのか、については、次回としたい。
いずれにしても、『レクイエム』以降、『詩篇』までの期間に、三善は「遠方より無へ」を畢竟の我が「真言」と自覚した。そうして日本意識は彼にとって最期まで、近づき遠のき、近さ遠さであり続けたように私は思う。
<à rien>……。
(2026/7/15)
参考資料)
◆書籍
『遠方より無へ』三善晃著 白水社 1979
『鬩ぎ合うもの超えゆくもの』丘山万里子著 深夜叢書社 1990
『波のあわいに』三善晃+丘山万里子 春秋社 2006
『ブッダの言葉』中村元訳 ワイド版岩波文庫7 2007
『仏教の根底にあるもの』玉城康四郎著 講談社 1982
◆楽譜
『チェロ協奏曲』 全音楽譜出版社 2011
『レオス』 同上 レンタル
『シェーヌ』 同上 1976
『ノエシス』 同上 1978
◆CD
『三善晃の音楽』〜管弦楽曲と協奏曲・響きの世界・言葉の世界
カメラータ・トウキョウ CMCD-99036-8 2008
『AKIRA MIYOSHI』:『シェーヌ』
DISCOVER INTERNATIONAL DICD 920314
◆YouTube
『チェロ協奏曲』
『レオス』
『シェーヌ』
◆関連評:小賀野久美ピアノリサイタル
