Menu

イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル|西村紗知

芸劇リサイタル・シリーズ
イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル
Yunchan Lim Piano Recital

2026年4月8日 東京芸術劇場 コンサートホール
2026/4/8 Tokyo Metropolitan Theater Concert Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos: ©冨田了平

<演奏>        →foreign language
イム・ユンチャン(ピアノ)

<プログラム>
シューベルト/ピアノ・ソナタ 第17番 ニ長調 D850《ガスタイナー》
―休憩―
スクリャービン/
ピアノ・ソナタ 第2番 嬰ト短調 Op.19《ソナタ・ファンタジー》
ピアノ・ソナタ 第3番 嬰ヘ短調 Op.23
ピアノ・ソナタ 第4番 嬰ヘ長調 Op.30

*アンコール
ラフマニノフ/ヴォカリーズ(ヤコフ・ザーク編)

客席にいるうち、韓国語話者がかなりの数に上ると確信したのは終演後のことだった。
プログラムすべてを演奏しきった直後、一階席の多くの人が即刻スマートフォンを取り出し写真撮影に励んでいた。ちらっと画面が見えたが、日本で多く流通しているスマートフォンとはインターフェースが微妙に違う。ロビーや帰りの込み合うエスカレーターでは、方々から韓国語が飛び交う。外に出たら、ここにも多くの人が会場の外観の写真を撮っている。恐らく彼らも韓国から来た人々だろう。なんとなく「推し活遠征組」っぽい佇まいだなと思う。少なくとも日本のクラシックファンとは大分雰囲気が異なっている。

イム・ユンチャンはまだ22歳。2022年の第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにて、史上最年少の18歳で優勝を果たし一躍脚光を浴びた。決勝で披露したラフマニノフのピアノコンチェルト第3番の様子はYouTubeに上がっており、先ほど確認したところ1916万回再生を記録している。粘り気のない素直なフレージングで、作品の骨格を損ねないきれいな演奏だと思った。
アーティスト写真を見て、アイドル的な人気を誇る人なのだろうか、と思っていたら、ステージに現れたのは長髪を結ったいくばくかワイルドな姿の男性だったので、ギャップに少し驚く。前半、シューベルトの「ガスタイナー」が終わり休憩に入るところ、すでに立ち上がって拍手する人もいて、会場は相当ヒートアップしていた。歓声をあげる人もいた。その声は男性のものだった。ファン層は女性メインだと勝手に思い込んでいたこともあって、これも意外だった。シューベルトのソナタがそこまで聴衆をヒートアップさせているのを、私は初めて目撃した。のどかで、時に内省的で、繊細な魅力のある曲だと思うが、韓国ではまた受容のされ方が違うのだろうか。

プログラムは当初から、一曲残らず変更されていた。当初は、ショパンの幻想曲、シューベルトのソナタ第18番「幻想」、それからシューマンの幻想曲、という言ってみれば「幻想曲縛り」の演目だった。変更後はシューベルトとスクリャービンという、ロマン派・後期ロマン派をメインにしたプログラムとしてはやや傍流に逸れた感じに個人的には思う。それなりにシブい。本人からは「この度、静かで長い迷いの時間を経て、ようやく自分の内奥に本当に息づいている音楽として」変更後のものとしたい、というメッセージが発表されていた。

一貫して、孤独で内省的な世界が展開された。
「ガスタイナー」の、特に第1楽章は三連符の動機が特徴的だが、このテンポ感のコントロールは極めて正確だった。全楽章を通じて、シューベルトらしい同主調の転調など、急な調性感の変化で不安定なところの垣間見える曲だが、あまり音色に変化を来さぬようにして軽やかに演奏し切った。
音色のコントロールも節制が効いている。中期に突入するかしないかくらいまでの時期のスクリャービンのソナタを演奏するにあたり、相性が良いのかもしれない。第3番のソナタは、第1楽章で低音をたっぷり響かせ、第3楽章では高音部のメロディーをきらめかせる。幅広い表現力が求められるこの作品をスマートにやり切った。

よく言えば押しつけがましさがなく上品で、聴きやすい。悪く言えば、粘っこさやぎらつきや、ドロドロした暗さなど、嫌なものがあまりない。これから年を取って、人間の暗部に触れる部分も表現に入り込んでいくだろうか。これから楽しみなピアニストには違いない。

(2026/5/15)

—————————————
<Artists>
Yunchan LIM, Piano

<Program>
Schubert: Piano Sonata No.17 in D Major, D850 “Gasteiner”

-Intermission-

Scriabin:
Piano Sonata No.2 in G-sharp minor, Op.19 “Sonata-Fantasy”
Piano Sonata No.3 in F-sharp minor, Op.23
Piano Sonata No.4 in F-sharp Major, Op.30

*Encore
Rachmaninoff (arr. by Yakov Zak): Vocalise, Op. 34 No. 14