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Pick Up (2026/5/15)|東京二期会オペラ『ルル』―未完の調べが描く永遠の輪郭|長澤直子

東京二期会オペラ『ルル』―未完の調べが描く永遠の輪郭
Tokyo Nikikai Opera “LULU”  

2026年4月11日 カルッツかわさき
2026年4月17,18,19日 新国立劇場オペラパレス
2026/4/11 Culttz Kawasaki
2026/4/17,18,19 New National Theatre, Tokyo 

 

Text&Photos by 長澤直子(Naoko Nagasawa)   

  

東京二期会オペラ『ルル』オペラ全2幕
アルバン・ベルク 台本・作曲

〈スタッフ〉
指揮:オスカー・ヨッケル
演出:カロリーネ・グルーバー
装置:ロイ・スパーン
衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
照明:喜多村貴
映像:上田大樹
振付:中村蓉
演出助手:太田麻衣子
舞台監督:村田健輔
 

〈キャスト〉
4/11,18
ルル:宮地江奈
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:豊島ゆき
劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生:持田温子
医事顧問:峰茂樹
画家:岸浪愛学
シェーン博士:黒田祐貴
アルヴァ:澤原行正
シゴルヒ:山下浩司
猛獣使い、力業師:菅原洋平
公爵、従僕:市川浩平
劇場支配人:倉本晋児
ルルの魂の声:全詠玉
ルルの魂(ダンサー):中村蓉 

 4/17,19
ルル:冨平安希子
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:川合ひとみ
劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生:郷家暁子
医事顧問:峰茂樹
画家:大川信之
シェーン博士:大沼徹
アルヴァ:山本耕平
シゴルヒ:狩野賢一
猛獣使い、力業師:北川辰彦
公爵、従僕:高柳圭
劇場支配人:金子宏
ルルの魂の声:全詠玉
ルルの魂(ダンサー):中村蓉 

 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団  

 

 

東京二期会によるベルクのオペラ《ルル》が、2026年4月、カルッツかわさきで1公演、新国立劇場オペラパレスで3公演上演された。カロリーネ・グルーバー演出による本プロダクションは、2021年に新宿文化センターで上演された舞台の再演である。ただし前回はコロナ禍の制約下での上演であったので、今回は待望の“完全版”となる。 

本演出の大きな特徴は、舞台上に二人のルルを登場させたことにある。ソプラノ歌手(宮地江奈・冨平安希子 のWキャスト)が演じるルルに対し、ダンサーの中村蓉がもうひとりのルルとして常に舞台上に存在し、言葉にならない衝動や孤独、揺れ動く感情を可視化していく。 

ルルに関わる男たちは、彼女に自分の理想とする女性の姿を投影し、ルルはその像を鏡のように返し続ける。男たちは、その鏡に映った虚像に魅入られているのだ。彼らの眼差しは、ルル自身へ届いているわけではない。彼らが見ているのは、ルルという女ではなく、彼女に映る自己の理想や欲望である。男たちはルルに破滅させられるのではなく、ルルに映し出された自分自身の欲望によって破滅へ向かう。
シェーン博士はルルを所有し、意のままに従わせようとした。彼の息子アルヴァは、恋人であり、母であり、聖母であるかのような救済の像を重ねた。ほかの男たちもまた、彼女の中に自分に都合のよい幻影を見ている。男たちの欲望を一目で示していたのは、2幕の舞台装置だ(装置:ロイ・スパーン )。白い壁で区切られたいくつもの部屋が舞台上に並び、それぞれにマネキンが置かれている。まるで、男たちの理想化されたルルが陳列された展示室のようだ。彼女を閉じ込める檻のようにも見える。 

本作は2幕版による上演であり、ルルの悲惨な最期までは描かれない。終盤、パリへの逃亡を前に歌うアルヴァ(山本耕平・澤原行正によるWキャスト)との二重唱は、本上演における大きな到達点であった。アルヴァはブルーのローブをルルに纏わせ神聖化する(衣裳:メヒトヒルト・ザイペル )。その後彼は床に身を横たえ微動だにしないのだが、そこで死んでしまったのだろうか? 一方ルルは静寂の中でローブを脱ぎ捨て、他者によって形作られた像から離れていく 。

本上演で最も強い印象を残したのは、そこから先、《ルル組曲》からの「変奏曲」と「アダージョ」であった。最後の最後に仕掛けられた罠が、見る者に想像以上の没入感を与え、希望の光を投げかける。全編を通してルルは常に誰かに見つめられ、欲望され、意味づけられていく存在として描かれていたが、ここに来て、それまで沈黙していたルルの魂が、ようやく音楽の中で動き始める。あたかもそれまでの全ての物語が、この場面のために存在していたのではないか――そんなことまでも想像してしまうほどに。2人のルルという構造も、ここで決定的な意味を帯びる。かつて互いを映し合うように存在していた二つの像は、次第に境界を失っていく。二人は絶えず呼応し合い、まるで無言の対話を重ねるように、パントマイム的な動きを繰り広げる。孤独。衝動。恐れ。欲望。憧れ。言葉では表現しきれなかった感情が音楽によって解き放たれ、ついにはルル自身の肉体が、魂と一つになっていく。 

やがて天上から降り注ぐように聴こえる声(ルルの魂の声:全詠玉)。彼女がこれまで決して言葉にできなかった思いの全てが、やっとのことで現実となり清らかに響き出す。ルルはもはや誰かに名づけられる女ではない。欲望の対象でも、罪の象徴でもなく、ひとつの存在として自分を取り戻し、音楽の中へ溶け込んでいく。ラストシーンの強い陰影はルルの表情を捉えるのに難しかった(照明:喜多村貴 )。彼女は微笑んでいたのだろうか? それとも泣いていたのだろうか? いったいどんな表情をしていたのだろうか? それは永遠に解けない謎として劇場に漂い続ける。 

(2026/5/15) 


4/11,18


4/17,19