びわ湖ホール プロデュースオペラ「トゥーランドット」|能登原由美
びわ湖ホール プロデュースオペラ「トゥーランドット」
Biwako Hall Produce Opera “Turandot”
2026年3月7日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
2026/3/7 Main Theatre, Center for the Performing Arts, Shiga
Reviewed by 能登原由美 (Yumi Notohara)
写真提供:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
〈演奏〉
指揮|阪哲朗 →foreign language
演出|粟國淳
振付|伊藤範子
装置|横田あつみ
照明|原中治美
衣裳|増田恵美
音響|小野隆浩(びわ湖ホール)
合唱指揮|大井修司(びわ湖ホール声楽アンサンブル指揮者)
舞台監督|山田ゆか
管弦楽|京都市交響楽団
合唱|びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱|大津児童合唱団
〈キャスト〉
トゥーランドット|谷明美
皇帝アルトゥム|大野徹也
ティムール|妻屋秀和
カラフ|宮里直樹
リュー|吉川日奈子
ピン|晴雅彦
パン|与儀巧
ポン|中井亮一
役人|市川敏雅
トゥーランドットは何故男を惹きつけるのか。問いに答えられねば死の宣告を受けるというに。にもかかわらず、数多の者が彼女を求めた挙句、屍となってきた。それでも手に入れたいと望む理由は何なのか。美貌のためか。多くの民を支配する力と財のためか。あるいは単に、マゾヒスティックな欲望を満たす存在であったのか。
だからこそ、物語の根幹となるこの女の描かれ方が気にかかる。とりわけ本作の場合、第1幕ではタイトル・ロールといえども彼女は声を発しない。ゆえに、人間を超えた神のような聖性が与えられる――かつてどこかの国のエンペラーがそうであったように――。見えないものへの想像力を掻き立てるのは世間に流布する噂だ。見えないからこそ好奇の念も駆り立てられる。その姿を見せるまでの空間と時間をいかに作り出すか。どのように姿を現すのか。音楽を統率する指揮者と舞台の構成を担う演出家、両者の解釈とその相互作用が鍵を握る。
この日のセットは民衆を底辺に、役人らを中段に配し、社会構造が見た目に明らかなピラミッド型であった。さらに、遠近法を用いた仕掛けで視線を舞台中央へと向かわせる。ボロ布を纏った民たちは塊となって舞台上を這い回り、居合わせたティムールやリューもその渦に巻き込まれて抗えない。鬱屈した空気に澱む大地を見下ろす天の頂に現れたトゥーランドットは、極彩色の衣裳に身を包み、強烈なライトによって照らし出された光の玉が眩いばかりに客席に降り注ぐ。男たちを虜にしてきた美、権力、富の全ての要素を備えし者の姿は、粟國淳演出のこの舞台においては露骨とも言えるほど大胆に視覚化されていた。
音楽もそのオーラを巧みに描き出す。その場限りの大音響ではむしろ白々しさを残すだけ。冒頭から頂点に向けた大きな息の流れが必要だ。その点、阪哲朗のタクトは見事であった。低音をどっぷりと効かせた始まり。ゆったりとした歩みとともに、言い寄る者をことごとく死に至らしめたその非道ぶりが語られる。合唱の比率が格別に高いこの幕において、阪はテンポ、ダイナミクスの双方でこの巨大な音の塊を自在に伸縮させ、空間を大きく揺らしていった。仁王立ちする重臣たちの声も、その大きなうねりの前では虚しく響く。こうして、底から激しく噴き上がる、人々の抑圧された心情とそのエネルギーの上に現れた彼女は、聴覚においてもその超越性が示された。
第2幕。いよいよ彼女が声とともに実体をなす時だ。ギリシャ神話に登場するセイレンはその歌声により人々を破滅へと導いた。死を呼び寄せるのはむしろ、姿形、権力や財力ではなく、「声」なのか。前幕の流れから破壊的な響きを予想したが、この日のトゥーランドット(谷明美)の声音は艶やかでみずみずしく、透明感さえ湛えている。あの数々の残虐行為からは到底想像できないものだ。そのギャップが一層男たちを惹きつけるのか。にしても、これまで聞いてきたなかではもっとも可憐な謎かけの姫であった。
実はこの幕ではもう一つ、他のプロダクションと異なる印象をもつ場面があった。本幕の前半を賑わすピン、パン、ポン(晴雅彦、与儀巧、中井亮一)の、3人の道化師的存在は滑稽さが強調されることが多い。が、阪はむしろ、牧歌的な空気感を管弦楽にまとわせ、彼らの語る望郷の念を終始ノスタルジックに描いていった。舞台の色合いも水彩画のように柔らかだ。それだけに、その後カラフが謎解きに挑むシーンの荒々しさとのコントラストが際立った。あるいは、先のトゥーランドットとともに、二面性をもつ人間の性が露わになったといえるかもしれない。
二面性。それが、この日の作り手たちの意図したことなのだろうか。いやむしろ、彼女の残虐性は虚構だったようにも思われる。第3幕に入り、愛に命を賭したリュウ(吉川日奈子)やカラフ(宮里直樹)の熱い想いを前に心を動かし始めるトゥーランドットはか弱く、かつて名を轟かせたあの冷酷無情な一面は感じられない。一体、彼女は本当にあのような行為をしたのだろうか。玉座を取り巻く者たちの仕業ではないのか。あるいは威光を与えるための、偽りの出来事だったのではないか。第1幕で過剰なほどの光彩を放っていたその姿は、ここではすっかり影を潜めている。愛する男を前にした心変わりともいえるが、全ての鎧を脱ぎ捨てた彼女の本性はこちらであったのかもしれない。とはいえ、愛の成就とともに下ろされる幕を見ながら、彼女の真意を疑う気持ちは最後まで拭えなかったのだが。
(2026/4/15)
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[Staff]
Conductor: Ban Tetsuro
Stage Director: Aguni Jun
Choreographer: Ito Noriko
Stage Designer: Yokota Atsumi
Lighting Designer: Haranaka Harumi
Costume Designer: Masuda Emi
Sound Designer: Ono Takahiro
Chorus Master: Okawa Shuji
Stage Manager: Yamada Yuka
Orchestra: City of Kyoto Symphony Orchestra
Chorus: BIWAKO HALL Vocal Ensemble
Children Chorus: Otsu Children’s Choir
[Cast]
Turandot: Tani Myongmi
L’Imperatore Altoum: Ohno Tetsuya
Timur: Tsumaya Hidekazu
Calaf: Miyasato Naoki
Liu: Ina Yoshikawa
Ping: Hare Masahiko
Pang: Yogi Takumi
Pong: Nakai Ryoichi
Un Mandarino: Ichikawa Toshimasa






