日本フィルハーモニー交響楽団 第777回定期演奏会|鉢村優
日本フィルハーモニー交響楽団 第777回定期演奏会
Japan Philharmonic Orchestra 777th Tokyo Subscription Concert
2026年1月17日 サントリーホール
2026/1/17 Suntory Hall
Reviewed by 鉢村 優(Sophie=Yuu Hachimura):Guest
Photos by 山口敦/写真提供:日本フィルハーモニー交響楽団
〈演奏〉
日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:広上淳一
チェロ:カミーユ・トマ*
〈曲目〉
ファジル・サイ:チェロ協奏曲 Op. 73 「Never give up」*
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 イ長調 Op. 141
本日のソリストはパリ生まれのチェリスト、カミーユ・トマ。ステージ上に控えるオーケストラの前で、トマはマイクを取った。
これから演奏される『チェロ協奏曲《Never Give Up》』(2017年)は、トルコ出身のピアニスト・作曲家のファジル・サイ(1970~)が彼女のために作曲したもので、ヨーロッパとトルコで起きたテロ事件に焦点を当てている。トマは「人間の声に近い」といわれるチェロで奏でるこの音楽を、戦禍に苦しむ人々に捧げる……と言う。プログラムノートに記された作曲家の言葉によれば、この作品は「自由と平和への叫び」でもある。
ここまで聞くと、本作そして今日の演奏は、政治的メッセージを訴える手段なのかな、と身構えてしまう。音楽を聴く喜びは、聴覚の快楽はもちろんのこと、簡単にはわからないものに何とかして近づきたいという探求心だと思う。だからもし、問題意識に特化するあまり作品が一面的になってしまうとしたら、そのメッセージがどんなに同意できるものであったとしても、物足りない。探求心を呼び起こさないのだ。
第1楽章〈ネヴァー・ギブ・アップ〉はチェロの激しいカデンツァで始まり、オーケストラもコル・レーニョやバルトーク・ピツィカートによる激烈な音が印象的だ。
第2楽章は〈テロの哀歌〉。打楽器によるさざ波の音に導かれ、独奏チェロがむせぶように歌う。トマの透明ながら翳りのある音は、かすかに芯があり、まるで弦の厚み半分だけで鳴らしているような独特の響きだ。オーケストラは下手にスネアドラム、上手に小太鼓を配置して(ロッシーニの歌劇『泥棒かささぎ』序曲を思わせる)、舞台の両翼から銃撃の音を響かせた。ごくまれに報道で本物の銃声に接することがあるが、その音は全く悲劇的ではなく、乾いていることに驚かされる。淡々と、心無く、スネアドラムの銃声は響く。むせび泣くチェロの声の人間味とは鋭い対比を成していた。
第3楽章〈希望の歌〉は、第2ヴァイオリン奏者たちが自由な音程で高音を鳴らす。ほうぼうから湧き上がるヒーッという音は、森にさえずる鳥たちのようだ。ヴィオラのうしろ2プルトがチャフチャスというトルコの打楽器をカラカラと鳴らす。やさしく揺らし、持ち上げ、あるいは下げると、カラカラ音は七変化する。(人間をふくめた)自然が謳歌する生を描き、希望を掲げる音楽はとてもダンサブルだ。
全体の印象として特筆すべきなのは、古典的・様式的なまとまりや見通しのよさ。テロをめぐる問題意識を作品の出発点として、そこから広がる音響は、聴き手のイメージをゆたかに広げる。トマはどんなに激しい箇所でも、官能的な音色を崩さない。それは(エロティックという意味ではなく)五感を喚起するという意味であり、海や、川や、森、生物の息吹、そして涙の、あるいは慟哭にまかせて壁を殴る手の痛みを伝える音だ。
指揮の広上が作品全体を巨視的で冷静に扱うことで生まれる様式感との対比によって、チェロが託された心の動きは豊かに描き出されていた。
(ソリストアンコールはJ. S. バッハの「無伴奏チェロ組曲」第1番 ト長調 BWV 1007より前奏曲、A.ピアッティの「無伴奏チェロのためのカプリース」Op.25より 第7番。)
広上の巨視的なアプローチは後半のショスタコーヴィチでも引き継がれる。休憩中にセッティングを変更し、ショスタコーヴィチの『交響曲第15番』はコントラバス10本の大編成になった。ショスタコーヴィチの『交響曲第9番』を思わせる軽快な開始に、木管、金管、打楽器、コンサートマスター(木野雅之)のソロが小気味よく決まっていく。弦楽器はきびきびと粒ぞろいのアンサンブルを決め、機動的だ。日本フィルは温かい音色が持ち味だが、そこに近年は高い機動力が加わっている。特に金管群の充実は特筆すべきもので、ソロだけでなく第2、第4楽章の要を握るコラールは出色だ。つながる音程ののりしろ、アンサンブルの連関も見通しよく、この交響曲らしい室内楽的な推移を的確にとらえていく。ただ、それだけに、ソロや弱奏の多いこの曲に対して16型という弦楽器の最大編成を選んだ意図はどこにあったのか、少し気になった。
第2楽章で長大なソロを奏でたソロ・チェロ奏者(菊地知也)は太く重い音色で、拍節をしっかり立てる演奏。協奏曲のソリスト、トマが高めの倍音に寄せた軽い音色づくりとリエゾン風のフレージングを好んだのと対照的であり、様々なチェロのタイプを聴き比べられたこともこの日の収穫であった。


(2026/2/15)
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鉢村 優(Sophie=Yuu Hachimura)
音楽評論。1988年生まれ。東京大学経済学部卒、凸版印刷勤務を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科(音楽文芸)修士課程 修了。日本語と英語による曲目解説で、ミューザ川崎シンフォニーホール「モーツァルト・マチネ」シリーズなどオーケストラのための曲目解説を多く手掛けている。現在、アルテスパブリッシング「月刊アルテス」にて「あの空の青に手を浸したい──音楽をつかむ方法を探して」を連載中。
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<Player>
Conductor: HIROKAMI Junichi[Friend of the JPO (Artistic Advisor)]
Cello: THOMAS Camille
<Program>
Fazil SAY: Cello Concerto “Never give up” Op.73
Dmitri SHOSTAKOVICH: Symphony No. 15 in A major, Op.141
