Quartet Via Antiqua ベートーヴェンの初期弦楽四重奏曲 第1回|大河内文恵
Quartet Via Antiqua カルテット・ヴィア・アンティカ ベートーヴェンの初期弦楽
四重奏曲 第1回(全3回)
2026年1月7日 日暮里サニーホール コンサートサロン
2026/1/70 Nippori Sunny Hall Concert Salon
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by Lynx Consort
<出演> →foreign language
山本佳輝 ヴァイオリン
及川悠佑 ヴァイオリン
本田梨紗 ヴィオラ
山根風仁 チェロ
主催:Lynx Consort
後援:ヒストリカル・チェロ・アカデミー Accademia del violoncello storico
<プログラム>
F.J. ハイドン:弦楽四重奏曲 ト長調 Op. 33 No. 5
L.v. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第2番 ト長調 Op. 18 No. 2
~~休憩~~
L.v. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第1番 ヘ長調 Op. 18 No, 1
~アンコール~
W.A. モーツァルト:弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 K. 428 (421b)より 第3楽章メヌエット
「今、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第1番と第2番の初演に私は居合わせている」。比喩でも誇張でもなく、そう感じながら聴いていた。そう思ってしまう自分に驚きながら。
まるで今この瞬間に一音一音が紡がれているように、あるいは即興で弾いているように感じる演奏というのは、時おり遭遇する。また、HIP(Historically Informed Performance=歴史的知識に基づく演奏)では、普段聞きなれた曲が、その時代に戻って生き返ったように聴こえることがある。しかし、今聴いているのはどちらとも違う。その相違点とこの演奏の独自性がどこにあるのか、考えてみたい。
会場に入るなりセッティングに驚く。真ん中に奏者の椅子が4脚、内側に向けて置かれ、それを取り囲むように客席の椅子が並べられている。日暮里サニーホール コンサートサロンはフラットで長方形の形をしているので、奥の方で演奏して手前に聴き手が座る一般的な形式のほかに、横向きに使ったり、演奏者が真ん中にいて、それを囲むという形だったりと様々な形態がありうる。ただし、そうしたイレギュラーな形は筆者が知る限り、古い時代の声楽であることが多い。器楽の演奏会でこのような配置になっているのは見たことがない。奏者が入ってきて椅子に座ると、真正面の奏者しか顔は見えず、二人は横顔、一人は完全に後ろ姿のみとなった。
ハイドンの作品は、響きとしてはすでに古典派に入っているものの、曲の構造としてはまだバロック時代の名残りがあり、ある程度のまとまりが繰り返されることで全体が構成されている。彼らの演奏にはその繰り返しをあまり感じなかった。弦楽四重奏曲(以下、SQ)の4楽章というと、速いテンポの舞曲楽章というイメージがあるのだが、この曲のフィナーレはゆったりとした舞曲。それがサロン感を醸し出す。
1曲目が終わったところで山根によるトーク。このシリーズは18~19世紀の室内楽をコンセプトにしており、コンサートではなくサロンで楽しむことを再現し、体験してもらうことを期待しているという。演奏者と聴衆が向かい合うのではなく、1つのフロアで1つの音楽に向かい、観客も参加できることを目指しているとのこと。なるほど、このフロア構成はまさに打ってつけだ。
ベートーヴェンの2番が始まると、同じサロンでも優雅さが消え、スリリングな雰囲気になる。旋律+内声+バスというSQの枠組みを保持したままでハイドンの音楽は進んでいくが、ベートーヴェンのSQでは全員が主役だ。いつどこに主旋律が出てくるかわからないし、主旋律を喰う勢いの対旋律も次々とあらわれる。録音や録画、あるいは生の演奏であっても、向かい合って聞いている時には、ここまで奏者間で丁々発止の遣り取りがなされているとは気づかなかった。次は何が出てくるのだろうと、立ち現れる楽想を追いかけていると、知っている曲なのに初めて聴いたように思える理由がわかったような気がした。
休憩後はベートーヴェンのSQ第1番。休憩前とはフォーメーションが変わり、第1部では正面だった奏者の背中を見ながら聴く。すると、自分は聴衆ではなく、オーケストラの中にいて、たまたま今は最前列の奏者だけが弾くパート(小アンサンブルの部分)なのではないかという気がしてきた。演奏を聴いているというより、一緒に演奏しているような気持ちになってきて、チェロのグルーブ感に自分も一緒に乗っているのがわかる。
曲を聴いているというより、演奏そのものに意識が向くので、ああここのアーティキュレーションは人によって微妙に違っているなとか、この人だけ弾き方がほんの少しだけ違うなとか細かい違いが意識に上ってきて、それが緊張感に繋がっていることがわかる。これ、自分は楽器を持っていないのに、アンサンブルに参加できるアトラクションか何かですか? 微細な違いがみえることによって、ぴっちり合った演奏よりもリアル感があり、それが冒頭の感想につながったのだろう。
ベートーヴェンの作品全般にいえることだが、彼の曲はすぐれた楽想が次々に出てくる一方、楽想同士のつなぎが実は難しい。1つ1つの楽想をきちんと弾こうとするとぎくしゃくするし、逆につなぎをスムーズにしようとするとひどくつまらない演奏になったりする。昨年11月にDuo Yamane(山根風仁&山根友紀)を聴いたときに、彼らのベートーヴェンの演奏が個々の楽想が美しいのに流れがスムーズなことに驚いたのだが、今回も同じことを思った。
アンコールはモーツァルトのハイドン・セットからの1曲。ベートーヴェンの後に聞くと、モーツァルトがメロディーメーカーとしていかに優れているかがよくわかる。にもかかわらず、彼らの演奏はときにルネサンスの作品を聴いているように感じられた。旋律+伴奏のホモフォニーではなく、ポリフォニーとして聞こえるからだ。こんな演奏、聴いたことがない。すでに第2回が6月に決まっている。全3回を聴き終わったとき、どんな景色が見えるのか楽しみだ。
(2026/2/15)
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Quartet Via Antiqua Beethoven’s Early String Quartets The first concert of a series of three
<Player>
YAMAMOTO Yoshiki violin
OIKAWA Yusuke violin
HONDA Risa viola
YAMANE Futo violoncello
<Program>
Franz Joseph Haydn: String Quartet in G Major, Op. 33 No.5
Ludwig van Beethoven: String Quartet No. 2 in G Major, Op. 18, No. 2
–intermission—
Ludwig van Beethoven: String Quartet No. 1 in F Major, Op. 18, No. 1
–encore—
Wolfgang Amadeus Mozart: String Quartet No. 16 in E-Flat Major, K. 428 III. Menuetto



