9月3公演短評|大河内文恵
9月の3公演短評
♪フィッリは天を仰ぎ~フィレンツェの大詩人リヌッチーニの詩と音楽~
♪知られざる作品を広めるコンサート(13) 女性作曲家に魅せられて ルイーズ・ファランク没後150年記念コンサート(その命日に)
♪ドルチェアマーロ第9回公演 バルバラ・ストロッツィのマドリガーレ あるいはサッフォーの再来
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
フィッリは天を仰ぎ~フィレンツェの大詩人リヌッチーニの詩と音楽~
2025年9月11日(木)@日暮里サニーホール コンサートサロン→曲目・演奏
特定の作曲家や時代に光を当てた演奏会はよくあるが、詩人をテーマにしたコンサートは珍しい。当日配布の冊子に、代表の井上が「『音楽と詩の融合』を主題とし」と書いていたように、音楽というフィルターを通すことによって、それぞれの詩の持つ多面性が浮かび上がる。同じ詩に複数の作曲家が曲付けしたものを並べて取り上げることや、その歌の前に歌詞の朗読がなされることで、より理解が深まった。
《フィッリは天を仰ぎ》のカッチーニ版はチェンバロのみの伴奏で演奏され、淡々と進むのに対し、サンチェス版は1連めと2連~4連とを、解説の中巻寛子の言葉を借りるなら「レチタティーヴォとアリア」のように書き分けている。本日の演奏では、1連を細岡が担当し、2連からを井上が歌うことにより、ト書きの部分とセリフの部分が描き分けられており、2連から3拍子になってモンテヴェルディを思わせる劇的な表現がみられた。
コンサート全体は歌だけでなく、器楽曲も演奏された。これらはチェンバロ独奏、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロ、さらにリコーダーも加わる多彩な編成で繰り広げられる。低音にオスティナート旋律を持つものが多く、それぞれの作品がどこか緩くつながっている。その一方で、フレスコバルディではこの時代にこんな音使いがあったのかと驚く旋律が聞こえ、ベルトーリでは急速なパッセージが現代音楽のように響き、カッコイイ。
そうした器楽陣と声楽とが一体になって奏でられたのが、最後の《西風の》であった。カスタネットがリズムを刻み、井上と細岡の二重唱が抜群のアンサンブルを奏でる。詩の良さは、詩と音楽とそれを歌う歌手と伴奏をする楽器奏者、すべてが一体となって実現されるものなのだと実感された。アンコールは冒頭器楽で演奏された《嘆きと苦悩》を歌で。器楽だけの時には1連ごとに編成を変えて演奏していたものを、リコーダーと歌とを巧みに使い、彼女らならではの世界を作り上げていた。今回、日暮里での回を聴いたが、同じ公演が二日後に小田原でも行われた。都心だけでなく、少し離れた場所でもいい演奏会が聴ける機会をつくるという心意気に敬意を表したい。
知られざる作品を広めるコンサート(13) 女性作曲家に魅せられて ルイーズ・フ
ァランク没後150年記念コンサート(その命日に)
2025年9月15日(月・祝)@音楽の友ホール→曲目・演奏
「知られざる作品を広めるコンサート」は2002年から始まったコンサートシリーズである。「知られざる作品を広める会」の代表をつとめる谷戸は、「今日のような高度情報化社会になればなるほど、却って画一的な価値観が押し付けられ、クラシック音楽が本来持っている多様性が失われがち」と看破している。近年、女性作曲家を取り上げる演奏会は増え、あまり珍しくなくなってきている。
古楽の世界では、バルバラ・ストロッツィやエリザベト・ジャケ・ド・ラ・ゲールのように完全に標準的なレパートリーになった女性作曲家がいること、さらに、そもそも大作曲家の作品を演奏することにインセンティブがないため、「知られざる作品」という言葉が前面に出ることはあまりない。しかし、19世紀以降の作曲家となるとまだまだこうした地道な掘り起こしが必要なのだと実感した。
こうした演奏会の場合、最も重要なのは、いい作品を見抜く目とその作品の良さを余すところなく表現できる演奏である。そうでないと「やっぱり無名な作曲家は、、、」と、意図に反して、大作曲家主義の片棒を担ぐことになってしまいかねない。
このシリーズはその点抜かりない。特に前半の最後に演奏されたチェロ・ソナタは、チェロの歌わせ方を熟知した作曲家の書いた曲だと伝わってきた。機会があれば、この曲をオリジナル楽器で聴いてみたいと強く思いながら聴いた。後半の最後に演奏されたフルート三重奏曲は、ファランクの最高傑作と谷戸が太鼓判を押す作品で、フランス風の旋律とフルートの音色の相性が非常によいということが伝わってくる。かなり長さのある曲だが、構成がしっかりしているので、長さをまったく感じない。フルート三重奏というと、ピアノとチェロは伴奏のようになりがちだが、この曲の三者は対等である。そしてなにより、二楽章のような緩徐楽章の旋律が素晴らしく、美しい旋律を書く天賦の才があったことがよくわかる。
このコンサートシリーズは10月(大阪)と来年1月(名古屋)のみが決まっており、その先は未定だという。是非とも続けて欲しいと強く願う。
ドルチェアマーロ第9回公演 バルバラ・ストロッツィのマドリガーレ あるいはサッ
フォーの再来
2025年9月30日(火)@豊洲シビックセンターホール→曲目・演奏
バルバラ・ストロッツィは、ソプラノソロのレパートリーではすでに定着しており、おなじみの作曲家であるが、多声の作品が演奏されることは少ない。今回、ドルチェアマーロが取り上げたマドリガーレ集第1巻は、2~5声の25作品からなる。そのなかから厳選された17曲が演奏された。
マドリガーレと一口に言ってもさまざまな作品があるのは承知しているが、ストロッツィのマドリガーレはそれ以上の多様性をもつ。いわゆるマドリガーレらしいものから、ストロッツィ特有の一種の毒を含んだもの、モンテヴェルディを思わせるオペラ的な作品などで、彼女が過去から(当時の)最新に至るまでのさまざまな様式に通じていたことを示している。
ドルチェアマーロのメンバーはソロでもアンサンブルでも活躍するメンバーが揃っており、アジリタなど技巧的な部分が安定していることはもちろん、二重唱や三重唱のアンサンブルの美しさが抜きんでている。普段はもっと古い時代のマドリガーレをレパートリーにしているために、ここまで「新しい」ものは珍しいというが、古さと新しさが違和感なく並び、その様式感の違いが実感できる。声部の組み合わせがソプラノ2人やソプラノとアルト、ソプラノとテノールと2声だけでもさまざまで、もちろん女声だけや男声のみの作品もあるなかで、各々がこれ以上ない、よく考えられた組み合わせだった。
プログラムの後半は作品のレベルも演奏のギアもあがる。《有害な静寂》での歪んだ旋律、《愛についての忠告》のオペラ的なソロとマドリガーレ的部分の対比、《誰よりも》では声質の異なるテノール2人が一緒に歌うとなぜかうまくかみ合うのが面白い。《慎ましい恋する人》は5人なのに、オペラの最終場の合唱を聴いているように感じた。
今回はチェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバの2人のゲストを迎えての公演だった。2人のアシストが演奏にさらなる立体感を与えていた。辻のトークで、ミーントーンで調律したために、きれいでない音程があると実演付きで解説がなされ、さらにそれが歌詞とむずびついていると説明されたのが非常に腑に落ちた。この団体は年2回とそれほど公演の回数は多くないが、その分、準備に手間と時間をかけていることが当日配布の冊子からも演奏からも感じられた。次は100年ほど遡ってチプリアーノ・デ・ローレを取り上げるという。ルネサンス・マドリガーレのまさにど真ん中の作曲家をどう扱うのか、彼らの手腕が楽しみである。
(2025/10/15)
フィッリは天を仰ぎ~フィレンツェの大詩人リヌッチーニの詩と音楽~
2025年9月11日(木)@日暮里サニーホール コンサートサロン
出演:
井上美鈴 ソプラノ
細岡ゆき アルト/リコーダー
なかやまはるみ ヴィオラ・ダ・ガンバ
寺村朋子 チェンバロ
ミケランジェロ・ピエトロニーロ 朗読
プログラム解説:中巻寛子
字幕:宮崎展子
曲目:
G. カッチーニ:嘆きと苦悩のあいだにも(器楽のみ)
G. カッチーニ:フィッリは天を仰ぎ
G.F. サンチェス:フィッリは天を仰ぎ
G. フレスコバルディ:ラ。ソル。ファ。レ。ミによるカプリッチョ第4番
G.A.ベルトーリ:ソナタ第7番
B. de セルマ:2声のカンツォン第1番
~休憩~
A. ノターリ:カンツィーナ パッサンジャータ
A. ノターリ:獣も石も涙にくれて
S. ロッシ:ロマネスカの旋律によるソナタ第3番
S. ディンディア:獣も石も涙にくれて
C. モンテヴェルディ:西風の神は戻り、その優しき音色に
アンコール
G. カッチーニ:嘆きと苦悩のあいだにも(歌)
知られざる作品を広めるコンサート(13) 女性作曲家に魅せられて ルイーズ・ファランク没後150年記念コンサート(その命日に)
2025年9月15日(月・祝)@音楽の友ホール
出演:
瀬尾和紀 フルート
江口心一 チェロ
栗田奈々子 ピアノ
山田剛史 ピアノ
司会進行:谷戸基岩
プレ・トーク:小林緑
譜めくり、ピアノ:弘中佑子
曲目:
ルイーズ・ファランク:
ガュ夫人のヨーデルによる協奏的変奏曲op. 22
すべての調による30の練習曲op. 26より
第5番、第9番、第10番、第11番、第16番、第29番
チェロ・ソナタ 変ロ長調 op. 46
~休憩~
ピアノ曲選:
華麗なるワルツ 変ホ長調
即興曲 ロ短調
メロディ 変イ長調
ベッリーニの歌劇《ノルマ》の「カヴァティーナ」による変奏曲
フルート三重奏曲 ホ短調 op, 45
~アンコール~
アンリエット・ルニエ:宗教的アンダンテ
セシル・シャミナード:銀婚式(4手連弾)
ドルチェアマーロ第9回公演 バルバラ・ストロッツィのマドリガーレ あるいはサッフォーの再来
2025年9月30日(火)@豊洲シビックセンターホール
出演:
ドルチェアマーロ:
森有美子 ソプラノ
森川郁子 ソプラノ
横瀬まりの アルト
市川泰明 テノーレ
中村康紀 テノーレ
阿部大輔 バッソ
ゲスト:
折原麻美 ヴィオラ・ダ・ガンバ
辻文栄 クラヴィチェンバロ
解説:佐々木なおみ
曲目:
バルバラ・ストロッツィ 2,3,4,5声のマドリガーレ集第1(巻)(1)
あなたのおかげだ、わが幸運の星よ
アモーレ、愛の神よ、我らはお前に助けを求める
アモーレの美しい母よ
もう私たちに希望を抱かせるな
お楽しみにご招待
どうした事か、いつもと変わって
私の良い人が帰ってきた
私たちの誰が有能か
フィッリは私をここまで引き留めた
~休憩~
限りなく甘い吐息
あのあわれな小夜鳴き鳥
なんと心地よい事か、あの愛らしい口が
苦しむのか逃げるのか、常に黙するのか
何度お前に口づけしたことか、あぁ愛しき青銅よ
私たちの喜びに風も波も喜び
日々は素早くあっという間に過ぎ去り
お前たちこそ、おぉ麗しき瞳よ
~アンコール~
バルバラ・ストロッツィ 2,3,4,5声のマドリガーレ集第1(巻)より
誰よりも哀れみ深いアモーレ
(1)各曲にはタイトルの前に添え書きがあり、プログラムには併記されていたが、ここでは煩雑になるため省略した。ご了承ください。