8月の2公演短評|齋藤俊夫
8月の2公演短評|齋藤俊夫
♪セントラル愛知交響楽団Wコンチェルト2025成田達輝 Vol.2
♪サントリーホールサマーフェスティバル2025 テーマ作曲家ジョルジュ・アペルギス 『レシタシオン』
♪セントラル愛知交響楽団Wコンチェルト2025成田達輝 Vol.2→曲目・演奏
2025年8月2日 愛知県芸術劇場コンサートホール
齊藤一郎の伊福部というと、2014年の伊福部昭100年紀での凄絶な音造りが未だに忘れられない。今回は天才・成田達輝と齊藤が伊福部をやる、ということで新幹線で極暑(気温40℃)の名古屋に降り立ち、その上をいく極熱の伊福部を求めて愛知県芸術劇場コンサートホールを訪った。
伊福部昭『ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲』第1楽章、アダージョの成田の息の長い演奏のどこにも感情の途切れがない。オーケストラもそれに寄り添ってしみじみとした北国的哀愁を。アレグロで全体が華やぎ、成田の音に攻撃性が宿る。「ゴジラ」のテーマの猛々しさや。一時アダージョに転じても成田の激しさが減じず、ダイナミクスとテンポを思うがままに揺るがす。ラストは重々しく、低音と打楽器が轟く。
第2楽章、冒頭のティンパニーの「旋律」、マレットが楽器の音高をはっきりと聴かせるものでなかったため、いささか残念に聴いた。でもその後のオスティナートはタマラン。危険ですらある。そしてもちろん成田も危険。なのだが、伊福部の土俗的オスティナートに対して成田のヴァイオリンがいささか都会的に洗練されており、どこか物足りなくもある。中盤のロングトーンのヴィブラートのかけ方や、そこからのカデンツァにも裸の、生の人間の本能よりも襟の尖ったスーツで着飾った人間の作為を感じてしまう。だがそこからヴァイオリンが先導してのオスティナートの一蓮托生的攻撃性は実に「伊福部」だ。どこまでも、破滅の時までも踊り狂い、成田とともにオーケストラ全員が昇天する!
伊福部昭『SF交響ファンタジー第1番』、全パートユニゾンの音圧たるや!やや早足のゴジラのテーマ。打楽器よりも弦管を大きめに。キングコングも速めに、ティンパニーが乱舞。愛のテーマはやや掘り下げが浅かったか?バラゴン!ゴジラ!三大怪獣地球最大の決戦!再びゴジラ!大胆すぎるユニゾンの剛力!宇宙大作戦!怪獣総進撃!お腹いっぱい!しかしラストの部分でトランペットなど金管楽器が聴いたことのない謎の旋律を吹いていたような気がしたが、筆者の空耳だろうか?
チャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲ニ長調』第1楽章、無駄な力を抜いて優しく始まり、馥郁たるソロの歌声が。この甘さは伊福部にはない。しかして高音・高速域に入るとほとんどメカニカルな、人間というよりサイボーグ的な技巧による攻撃的な音楽が現れる。オーケストラによるあまりにも有名なあのテーマ部分まで駆け抜けた後、カデンツァに至って猛々しい表情と温かい表情が表裏一体となる。オーケストラとソリストの合奏は切なく、笑いながら泣き、泣きながら笑う。そしてソリストがオーケストラの空の中で技巧を突き抜けた楽興で舞い踊り歌いながら飛翔する。
第2楽章、ロシア的・北国的寂寞、これは伊福部にも通じる。皆でいても独り。暖炉の周りに集まった人たちだけの温かさが身に染み入る。ただ、ソリストのチューニングがほんの少しズレて聴こえてきたのは私の空耳だと信じたいが……。
第3楽章、たくましいソリストのイントロダクション!圧倒的技巧!超高速高音域の舞曲的楽想に神が宿る。一瞬ゆったりとした場面に至るもまた超絶技巧へ。そのサイクルを繰り返し、最後に加速装置ON!ソリストがオーケストラと共に暴れまわり、決まった!
「前半終わった後ずっと寝てました」という成田の告白の後、アンコールのパガニーニ2曲は本プログラムにも勝る超高速超絶技巧なのにどこか可愛らしいという2面性をもった曲でまたたまげる。天才という者はいるものであるなあ。
成田・齊藤のセントラル愛知交響楽団の伊福部とチャイコフスキー、実に豊かな一時を楽しませてもらった。昼に食べた味噌カツ、夜に食べたひつまぶしの味と共に忘れられない名古屋旅行となった。
♪サントリーホールサマーフェスティバル2025 テーマ作曲家ジョルジュ・アペルギス 『レシタシオン』→曲目・演奏
2025年8月30日 サントリーホール ブルーローズ
まず前座の『再開』。2人の演者が抱き合い、謎言語で対話しつつお互いの肩をポリリズムで叩きあう。お辞儀。握手。2人で謎言語で話す。聴衆に向かって謎言語で何かを呼びかけながら客席まで降りて歩く。椅子に座って椅子をポリリズムで叩く。テーブルでカップと瓶を擦りながら謎言語で話す。酒(?)を注ぎ、カップと瓶を合わせる。2人で声を合わせてカップと瓶を見ながら立って座って何かを朗読する、もしくはお祈りをする。酒を飲む。くつろぐ。溶暗。
よくわからないがフランス的洒脱さを感じさせる陽性の感触の作品であった。ミュージックシアター、面白いじゃないか。
『レシタシオン』、Récitationとは「暗唱、朗唱」の意味。全14曲からなるこの曲を記述してみると……。
第1曲、言語らしき発音が痙攣的に変容していく。
第2曲、2つの音域、2つの音色で2重の歌がジキルとハイド的2重人格を成す。
第3曲、一瞬一瞬で性格が変わって発音されて何がなんだかわからない。
第4曲、”u-“ というヴォカリーズに特殊唱法が大量に適用され、”a-“ “ka-“ “j-“ “sh-“ “n-“にも聴こえる。発音の感情表現も多様化しつつ。
第5曲、感情的リートっぽい歌唱の後に最高音域の”a—–“が弱々しく、やがてむせび泣くように。
第6曲、”u—–“という発音に適用される高速表情変化はベリオの『セクエンツァ』を彷彿とさせる。発音の脱意味化は第1曲から徹底されているようだ。
第7曲、”lo—lo—lo—“ と歌っていたのに”abgeljitz” とでも表記するしかない痙攣的発音が交じり、その後また”lo—lo—lo—” と穏やかな曲調へ戻る。
第8曲、超高速朗唱内で”He—I!” という絶叫が頻繁に挟み込まれる。
第9曲、フランス語っぽく語られるが、”a-“ “h-“ “s-“ “t-“ “r-“ といった夾雑物が挟まれ、さらに口笛も挟まれ、やがてフランス語っぽい朗唱と夾雑物の図と地が反転する。
第10曲、周りに人がいてその人たちと話し合うような身振りをしつつ歌い、やがて超高速言語と音価の大きな”A—-sh” “H—-sh” “Ho—-sh”が混じり合い後者の絶叫で終わる。
第11曲、超高速早口言葉を表現力豊かに。時折”a-“ “h-“ “ky-“も混ざる。
第12曲、通常の耳であれば凄い早口言葉なのだが、第11曲はじめこれまでが凄すぎたのであまり凄いと感じない同辞反復の早口で表現主義的な”sjw- sjw sjw sh-“といった発音を。
第13曲、”s k t p prrrr tu ta tu sk pt pr”とスタッカートで踊るように軽快に。
第14曲、泣きそうな仕草で、弱音で超高速朗読を息も荒く、やがて息も絶え絶えに発声し、声が出なくなった所で深呼吸して、全曲が了。
面白いのは、「言語的意味」は全く存在しないのに、「人間的意味」を歌手の歌唱朗唱・表情・身振り手振りから読み取ってしまうというこちらの反応である。もともと音楽というものが「言語的意味」から逸脱した「人間的意味」を運ぶ媒体であることから、少し考えるとこのことは自明のようである。だが今回のようにその「言語/人間」を極端に掛け離れさせることによる「意味外体験」は他に例のないユニークなものであった。生アペルギス、実に面白かった。
♪セントラル愛知交響楽団Wコンチェルト2025成田達輝 Vol.2
<演奏>
指揮:齊藤一郎
ヴァイオリン:成田達輝(*)
管弦楽:セントラル愛知交響楽団
<曲目>
伊福部昭:『ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲』(*)
伊福部昭:『SF交響ファンタジー第1番』
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー:『ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35』(*)
(ソリスト・アンコール)
パガニーニ:『24のカプリース』より第1番ホ長調、第17番変ホ長調
♪サントリーホールサマーフェスティバル2025 テーマ作曲家ジョルジュ・アペルギス 『レシタシオン』
<曲目・演奏>
作曲:ジョルジュ・アペルギス
2人の打楽器奏者/役者のための『再会』
打楽器:クリスティアン・ティアシュタイン、飯野智大
1人の声のための『レシタシオン』
ヴォーカル:ドナシエンヌ・ミシェル=ダンサク
(2025/9/15)