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瞬間(とき)の肖像| ANTÍPODAS|長澤直子

瞬間(とき)の肖像| ANTÍPODAS
ANTÍPODAS  2025714日 杉並公会堂 小ホール

Photos and Text by 長澤直子 (Naoko Nagasawa)   

ステージに立つのはたった二人。
だがそこに現れるのは、分身、鏡像、そして「かつての自分」と対峙する“もう一人の私”──。
本作は、「二重性」や「影」「ドッペルゲンガー」といったテーマを軸に、“自分自身になる”ための旅路が描かれる。 スペインのフラメンコ界に新たな地平を切り開いたダンサー、フロレンシア・オスが2021年に発表した作品『ANTÍPODAS』。
双子の姉妹でありチェリスト・歌手として活動するイシドラ・オリアンとともに、ミニマルかつ詩的な世界を創り出した。 

始まりは、鳥のさえずりのような繊細な音。
そこに加わる足音、パーカッション、そしてチェロの低音が、ゆっくりと空間を満たしていく。
本作で用いられる音楽は実に多層的だ。
伝統的なフラメンコの曲型だけでなく、カサドの《無伴奏チェロ組曲第3番》、シューベルト《影法師(ドッペルゲンガー)》、さらには彼女たちの故郷チリをはじめ南米で発展したクエッカの要素までが、身体表現と渾然一体となって披露される。 

ダンサーと演奏家、音と動き、記憶と現在。
それらが互いにぶつかり合うことなく、しかし決して完全に交わるわけでもない。
まるで「地球の反対側=ANTÍPODAS」に位置するように、ふたりは遠く、そして近い存在として共に在るのだ。 

とりわけ印象的だったのは、ふたりが隣り合わせに座り、ひとつのチェロを奏でるように見える場面。“演奏”という行為が演劇性と祈りを帯び、舞台がひとつの儀式のような空気に包まれた。 

衣裳もまた象徴的だ。
紙のようなスカート、髪に飾られた白い羽根。
羽根がふわりと舞い落ちるその瞬間には、時間そのものが緩やかに止まったような錯覚すらおぼえる。 

対極にあるからこそ惹かれ合い、離れているからこそ触れられる。
あらゆる表情・あらゆる感情の肖像が、身体表現、音楽、歌となり、舞台に結晶した一夜。 

(2025/8/15) 

 

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フロレンシア・オス イシドラ・オリアン
『ANTÍPODAS』 

2025年714日(月)19時30
杉並公会堂 小ホール 

出演:
フロレンシア・オス
イシドラ・オリアン

原案:フロレンシア・オス、ダビ・コリア
監修:ダビ・コリア
構成:フロレンシア・オス
音楽:イシドラ・オリアン
振付協力:エドゥアルド・マルティネス、ダビ・コリア
照明デザイン:オルガ・ガルシア
音響デザイン:アソル・オラシオ
ミックス・マスタリング:ビセンテ・ジャネス
衣装デザイン:フロレンシア・オス
衣装制作:カルメン・リニェーラ