transit Vol.19 中川優芽花 〜バラード〜|藤原聡
transit Vol.19
中川優芽花 〜バラード〜
transit Vol.19
Yumeka Nakagawa
2025年7月12日 王子ホール
2025/7/12 OJI HALL
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 藤本史昭/写真提供:王子ホール
〈プログラム〉 →Foreign Languages
ブラームス:4つのバラード Op.10
リスト:バラード 第2番 ロ短調 S171
ショパン:バラード 全4曲
第1番 ト短調 Op.23
第2番 ヘ長調 Op.38
第3番 変イ長調 Op.47
第4番 ヘ短調 Op.52
※アンコール
ショパン:ワルツ 第2番 変イ長調 Op.34-1
ショパン:マズルカ ロ短調 Op.30-2
ショパン:マズルカ 変ニ長調 Op.30-3
ピアノ音楽ファンの間で既に中川優芽花の名前は知れ渡っていることと思われるが、筆者がその名前と演奏(録音だが)を聞いた/聴いたのはつい最近のこと、 とあるベテランピアニストが今年10月に開催されるショパン・コンクール予備予選での中川の演奏を激賞していたからである。興味を惹かれて音源を探索、当該演奏ではないが2021年のクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールにおけるショパンのピアノ協奏曲第2番を耳にしたところ確かにこれは生半可ではない。そんな折に今回の王子ホールでのリサイタルが行われると知ればこれは駆け付けぬわけにも行くまい。プログラムはブラームス、リスト、ショパンのバラード尽くし、誠に重量級。
実際、初めて実演で聴く中川の演奏は大変なものだった。1曲目のブラームスから芯のある明快な音を聴かせ、しかし単にそれだけではない細やかなニュアンスに富む。第2曲目では和声的な移ろいを明確に感知しての表現、第3曲での強靭な打鍵も凄い。何より、全ての音が「上っ面」ではなく彫りの深さを伴って鳴りきっている 。フォルムも明快で恣意的な箇所/解釈もない。この年齢でこれだけ確信に満ちた音楽を奏でられるのはまさに天性か。
次のリスト、全体にデモーニッシュさにおいてはやや物足りなさはあれど、例えばアレグロ・デチーソの箇所のあくまでクリアさを保った中での高揚など、このピアニストの知的な楽曲把握が光るが、それでいて情感もある。ちょっとアラウやブレンデルを想像したほどだ。中川の「ロ短調ソナタ」の演奏をぜひ聴いてみたいと思わせる。恐らく大変な演奏となることだろう。
休憩をはさんでのショパンもまた圧巻だ。全体に中川の演奏は非常に線が太く男性的。強靭な打鍵にも驚くが、演奏の方向性はアポロ的にテクスチュアの構造を浮き彫りにする、というものだろう。ショパンの音楽を通じて自己のセンチメントを表出するのではなく、あくまで節度を保ちながら過度に情緒的になることなく雄渾かつ彫りも深く弾き進めていくのだ。こう書くとドライな演奏なのでは、と訝る向きもおられようが、全く逆だ。音色の引き出しが多く、楽想が変転する箇所を的確に表現するので、スケール感だけではないセンシティヴさがある。中川のこうしたスタイルが最も生かされていたのは第4番。穏やかな第2主題から再現部への移行、そして劇的なコーダに至る構成力の卓越。息を呑むとはまさにこのことだ。技術的なミスもあったが大した問題ではない。まだ23歳だという中川、既に大家の風格すらある。脱帽。
アンコールは3曲。さすがに曲が曲だけに軽やかかつリラックスした表情も聴かせるけれど、やはり根本はしっかりとした構えの音楽。これが中川の音楽の要なのだろう。今後このピアニストの演奏をフォローしていく楽しみが増えた。
(2025/8/15)
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〈Program〉
Johannes Brahms:4 Ballades Op.10
Franz Liszt:Ballade No.2 in B minor,S171
Frédéric Chopin:4 Ballades
No.1 in G minor,Op.23
No.2 in F major,Op.38
No.3 in A flat major,Op.47
No.4 in F minor,Op.52
※Encore
Chopin:Waltz No.2 in A flat major,Op.34-1
Chopin:Mazurka in B minor,Op.30-2
Chopin:Mazurka in D flat major,Op .30-3
〈Player〉
Yumeka Nakagawa,piano




